難易度調整入りました? 聞いてないですけど?
「あ、あれ……?」
そうして帰り道。時々襲ってくる魔物を蹴散らしつつ通路を歩いていると、本日のマッピング担当であるロネットの口から、何とも不安な気分にさせる声があがる。
そのまま足を止めてしまったので全員で停止すると、幾度か地図と通路を見比べたロネットがその口を開く。
「ご、ごめんなさい! 道を間違えちゃったみたいです……」
「ハハハ、そんなに恐縮しなくてもいいって。間違いくらい誰でもあるさ」
「そうよ! そこまで切羽詰まってる状況ってわけでもないんだし、もっと力を抜いてもいいのよ?」
「うぅ、お恥ずかしいです……」
俺とリナの言葉に、ロネットが顔を赤くして言う。ま、俺達全員駆け出しの冒険者……じゃない、討魔士だ。皆が笑ってロネットを許し、少し戻ってまた歩き出したのだが……
「え? え!? そんなはずは……!?」
「どうしたのロネット、また間違えちゃった?」
「は、はい。そうみたいです。でも、これは……?」
「ロネット、ちょっと地図を見せるニャ」
戸惑うロネットに、クロエが声をかけて地図を覗き込む。するとすぐにその表情が険しくなり、クロエが真剣な表情でロネットに問いかける。
「ロネット、お前はうっかり見逃したところとか、よくわからなかったところを適当に描いたりしたニャ?」
「そんなことしません! それにその……間違えた自分が言うのは何ですけど、そこまで複雑に入り組んでいるというわけではないですし……」
「だったらこれは、すごーくおかしいニャ」
「何だ何だ?」
その様子に、俺達も揃って地図を覗き込む。そこに描かれていたのはロネットらしい綺麗な線で描かれた地図で、ぱっと見では不備は見当たらない……というか、ぶっちゃけ俺やリナが描いた地図よりずっと出来がいいと思える。
だが……
「現在地がここ? だと、この先はまっすぐの通路なんだよな?」
「でも、左に曲がってるわよ?」
「はい。だから私が道を間違えたんだと思ったんですけど……」
「それはちょっと違うと思うニャ」
俺達の会話に、クロエが待ったをかける。
「初心者なら間違った地図を描くなんて珍しくないニャ。でも間違った地図を描いたら、絶対どっかに変なところが出るニャ。どうしても通路が繋がらなかったり、同じところに通路が被ったりするニャ。
でも、ロネットが描いた地図にはそれがないニャ。間違ってるのに変なところがない地図なんて、そっちの方がおかしいニャ」
「確かに、間違えた辻褄を合わせようとすれば、妙に歪な小部屋や不自然に長い通路などで調整しなければならないだろうが、そういうのは見受けられない……だが現実として目の前の通路は地図と違う。これはどういうことだ?」
「そこまではわからないニャ。でもクロはこの地図が間違ってるとは思えないニャ。間違いを間違いと気づかないでこの地図が描けるなら、ロネットは逆に天才ニャ」
「えっと、それは喜ぶべきなんでしょうか……?」
「よし、じゃあちょっと状況を整理しよう」
俺はパンと手を打って、皆の注目を集めながら言う。訳がわからない時は、まず情報整理だ。「わからない」を軽視して放置すると、謎に謎が積み上がって最後には本当に「何が何だかわからない」になっちまうからな。
「出てくる魔物が妙に強くなったから、俺達は今ダンジョンの外に引き返しているところだ。だがロネットの描いた地図がおかしくて、俺達は元来た道がわからなくなってる。ここまではいいな?」
その言葉に、全員が頷く。なので俺自身も小さく頷いてから、更に言葉を続けていく。
「ポイントは二つ。出てくる魔物が強くなったってことと、ロネットの地図が使えなくなってるってことだ。
なら、可能性。一つ目は単純にロネットがクロエの言う天才的な感性で間違った地図を矛盾なく描き上げていたってことだが……これは一旦横に置いとこう。無事にダンジョンを脱出できたあと、本当にそうだったと判明したら、皆でロネットをつっつき回すってことで」
「え、私つつかれるんですか? それはちょっと……」
「発想がキモいニャ」
「変態の所業だな」
「腐り落ちればいいんじゃないかしら?」
「……………………」
ヒロイン達の……モブ娘も若干一名混じってるが……心ない言葉が、俺の繊細な精神をズタボロに引き裂いていく。
泣いてない。泣いてないぞ。過去イチしょっぱい顔をしている可能性は否定しないが、俺はまだ泣いてない。グッと唇を噛みしめると、耐え難きを耐え忍び難きを忍び、そのまま言葉を続けていく。
「……二つ目だ。全く自覚できない状態で、俺達が七階層くらいまで転移してしまっている可能性。これなら急に魔物が強くなったことも、地図がおかしくなったことも説明できる」
「なるほど? 確かにそれなら矛盾はないが……それ以前の問題として、五人もの人間が誰も気づくことなく転移させられるなどということがあり得るのか?」
「それは何とも……一応俺とクロエはいきなり違う場所に転移させられたことはありますけど」
眉をひそめるアリサに、俺はそう言って肩をすくめる。まああれは予定されたイベントだったわけだが、でもあの時は何か黒い渦? そういうのが出現して、そこに吸い込まれたはずだった。
だが今回はそういうぱっと見でわかる異常は発生していない。故にこれで確定とはならず、まだ説明は終わらない。
「んじゃ最後に、三つ目。俺達に何かがあったわけじゃなく、ダンジョンそのものに異変が起きてる可能性ですね」
「ダンジョンそのものニャ?」
「そうそう。出現する魔物がいきなり強くなるってのはわかんないけど、ダンジョンの構造が変わるのは心当たりがなくもない。まあ『久遠の約束』で起こる現象じゃなく、もっと別の……そういう特徴があるダンジョンを知ってるってだけだけどさ」
やり込み用の裏ダンジョン「絶望の逆塔」は、特定のイベントフロアを除くと残りのほとんどがランダム生成のダンジョンになっている。その理由は、アホなディレクターのこだわりに付き合って、六六六階もダンジョンを作りたくなかったという制作スタッフの呪いの結晶である。
あとはまあ、そういう作りにすることで何度も宝箱を配置できるので、繰り返し挑戦することで素材を集められるとかって意味もあったが、とにかく「プロエタ」のシステムのなかには、ランダムダンジョンを作り出す素地があるということだ。
無論、それがメインダンジョンに……しかもこんな浅い階層に適応されるなんて仕様は一切ないわけだが…………
(最近の様子を考えると、あり得ないとも言えねーんだよなぁ)
流石に全く未知の現象が起きるとは思えないが、仕様として盛り込まれていることを本来とは別の場所やタイミングでねじ込んでくるのは、ありそうに思えてならない。
となると、これはランダムダンジョン+難易度変更とか? でも難易度は魔物のステータスが軒並み上昇するだけで、出現する魔物そのものが大幅に変化するわけじゃなかったと思うんだが……うん、今は考えてもわからんな。
「ふーん。大体わかったけど、結局は道のわからないダンジョンを踏破して、外に出る階段を探すしかないって事ね?」
「身も蓋もねーな……まあそうだけど」
「何がわからないのかを把握するのは、重要な事だと思いますよ?」
「その通りだ。『右も左もわからない』と『右と左がわからない』には大きな違いがあることだしな。
ひとまずこれまでの地図が役に立たなくなったことはわかった。故にロネットにはリナと協力して、ここから新たに地図を描いてもらおうと思う。クロエはやや先行して未知の罠や魔物の警戒を、私がその後ろに続くから、シュヤクには殿を頼みたい」
「了解!」
「わかったわ」
「わかりました」
「任せるニャ!」
アリサの仕切りに、全員が答えて隊列を組み直す。真綿で首を絞めるようにジワジワと危険度が増していくダンジョン。これで仕掛けは終わりか、それともまだ何かあるのか……警戒しながら行きますかね。





