何だか色んなものが蠢いている気がするぜ……
「勝手な勝負を受けてしまい、すまなかった。謝罪する」
先輩達の姿が通路の奥に消えてすぐ。振り向いたアリサがそう言うと、俺達に向かって頭を下げた。俺やリナはこれがアリサのイベントだと知っているので特に何とも思わないが、ロネットやクロエからすれば、正しくアリサが勝手に暴走して巻き込んだ形になるのだから、この謝罪は必要だったのだろう。
だがロネットもクロエも、特に怒っているという感じではない。ただ納得はしていないらしく、ロネットがアリサに声をかける。
「あの、アリサ様? そもそもどうしてあのような勝負を受けたんですか? 正直、受ける意味があるとは思えなかったのですが……?」
「そうだニャ。あんな奴ら、下手したら二度と会わないニャ。そんなのに勝負する意味がわからないニャ」
それは至極当然の疑問。ゲーム時代と違って、ダンジョンの中は大分広い。加えてメインダンジョンは階層数も多く、それぞれに実力によって活動する階層が違うため、あの先輩方がちょうど俺達と同じ感じで成長でもしない限り、早々顔を合わせることなどないのだ。
そしてそんな相手からどう思われるかなんて、猛烈にどうでもいい。仮にあの人達が悪い噂を流したとしてもそれらは全て事実無根なのだし、何より俺達はこれからメインダンジョンの攻略に力を入れるつもりでいる。
つまり、金やコネなど通じない本当の実力が、「到達階数」というわかりやすい形で証明されるため、格下の人間が「あいつは不正してダンジョン攻略してる」なんて寝言を言っても馬鹿にされるのがオチなのだ。
なのに何故、わざわざ勝負なんて形にしたのか? そう問うロネットに、アリサは微妙な表情を浮かべる。
「うむ。それなのだが……こう言っては何だが、貴族社会で生きるなら、あの程度の挑発や皮肉など安いものだ。むしろあそこまでわざとらしければ、いっそ可愛いとすら思える程にな」
「アハハハハ、それはまた……」
アリサの言葉に、俺は何とも言えない笑い声をあげる。ゲームの時はそんな設定なかったはずだが、現実になったらやっぱり権力者ってのはギスギスした感じになるのか……おお嫌だ嫌だ。
「だったら何であんな喧嘩買ったニャ?」
「正直、わからん。激昂して冷静さを欠いたわけでもなければ、あの者達を見下し、やり込めようと考えたわけでもない。
だというのに、どういうわけか言葉が止まらなかった。まるで最初から決まっていたかのように、疑問や違和感を感じる隙もなく、全ての言葉が私の口から流れ出ていたのだ。
……いや、これは言い訳だな。全ては私の未熟が原因だ。改めてもう一度謝罪しよう」
「そうなのですか。酔っ払った方などだと、そういうこともあるようですが……」
「待て、流石に酔ってはいないぞ!? いや、酔っていると思われるほど判断力が失われていたというのなら……ぐぬぬぬぬ」
困惑の表情を浮かべるロネットに、アリサが悔しげに顔をしかめる。そんな二人の反応に、しかし俺は別の想いを抱いた。
(台詞を言わされた? ゲームのシナリオじゃないところでも、キャラクターとして設定された何かが、アリサの意志に影響を与えてるのか?)
我が身で味わったからこそ、その怖さがよくわかる。だがそれを説明するのはとても難しい。少なくとも「お前はゲームのキャラだから、定められた設定からは逃れられないんだ」なんて言ったところで、俺の正気を疑われるだけだろう。
「そっか。ならまあ、この問題はこれまでってことにしようぜ。人間誰だって、ちょっとくらいムキになる時くらいあるさ」
「……いいのか? 私が言えたことではないが、独断でパーティの行動を決定するというのは、それほど気軽に流していい問題ではないぞ?」
努めて明るく、どうでもいいことのように軽く言った俺に、アリサが眉をひそめて問うてくる。だがその態度を見ればこそ、俺は苦笑して言葉を続ける。
「それを自覚できてる人を、これ以上責めたって仕方ないじゃないですか。それにダンジョンを攻略するのは最初から決まってたことですし……あ、でも、勝負だからって理由で急いだりはしないですよ?
当初の予定通り、この一〇階は魔物との戦闘とかマッピング技術の習熟とかに使わせてもらいます。これを適当に切り上げちゃうと、その後がスゲーきつくなると思うんで」
「無論、問題ない。もしそれであの者達に負けたのであれば、向けられる悪意は全て私が受け止めよう。ガーランド家の名に誓う」
「ハハハ、そこまでされるほどのことじゃないですけど。でもそれなら、俺からこれ以上言うことはないです。皆はどうだ?」
「アタシはいいわよ。あんな見るからに噛ませの先輩なんて思いっきりへこませてやればいいと思ってるから、元々不満なんてないし」
「クロはさっさと潜って、サバ缶を落とす魔物を倒せたらそれでいいニャ」
「私も問題ありません。アリサ様が冷静なようなので、むしろ安心しました」
「だそうです」
「皆……ありがとう」
笑って言う俺達に、アリサもまた笑顔を浮かべて言う。だがそこでハッとした表情をすると、口の端を小さく吊り上げる。
「ああ、そうか。私があの喧嘩を買った理由が、もう一つ思いついた」
「ん? 何ですか?」
「『石の初月』の踏破は、私だけではなく皆の功績だろう? それを馬鹿にされたのが気に入らなかったのだ。皆の努力を不正だと揶揄されるのは、たまらなく不快だ。
うむ、そうだな。それを撤回させるためなら、勝負を受ける理由が十分にある」
「アリサ様……フーッ、よし! ならあいつらの事は気にしねーで、俺達はコツコツダンジョン攻略頑張っていこうぜ! ま、その過程で余裕の勝利を決めちまうかも知れねーけどな」
「「「おー!」」」
ニヤリと笑って言う俺に、皆が気合いを入れた返事をしてくれる。
そうして一丸となった俺達は改めてダンジョンの攻略を再開した。ヘロヘロのマップを見て大笑いした後、自分が描く番になったらその難しさに頭を抱えたり、ゴブリン相手にレベルアップ後の立ち回りを再確認したりしていたんだが…………
「なあリナ、何か敵強くね?」
それから数日経ち、現在はメインダンジョンの三階層。俺のおぼろげな記憶では、この辺に出てくる魔物はゴブリンやキラーバット、ジャイアントラットなどの雑魚だったはずだ。
だが俺達がさっき倒したのは、ボロい装備を身につけたゴブリンファイターやアーチャーなどの強めの魔物。レベルで言うなら三くらいの敵が出るところに、六とか七の敵が出現していることになる。
無論一五レベルほどある俺達ならば余裕を持って倒せる程度の相手でしかないが、とはいえこの差はちょっと見逃せない。
「ファイターとかアーチャーとかって、確かサギ……サハ……半魚人の次くらいに出る魔物じゃなかったか?」
「サハギンね。確かにこいつらがこんな浅い層に出るなんておかしいけど……ねえロネット、これって普通のこと? ひょっとしてアタシやシュヤクの知識が間違ってたりする?」
「いえ、私が集めた情報でも、三階でこのような魔物が出るという話は聞いたことがありません」
「何だかヤな感じがするニャー。クロの尻尾がピリピリするニャ」
「とはいえ、我々の実力からすればまだまだ十分に対処可能ではある。退くか進むか……どうする?」
問うアリサに、全員が考え込む。何だかんだ言ってはみたものの、やはり皆先日の先輩方との勝負のことは意識している。相手が今何階層を攻略しているのかは不明だが、間違いなく向こうが先行しているはずなので、対応できる範囲のイレギュラーは差を詰めるのにむしろ好都合ではあるが……
「アリサ様には悪いですけど、俺は撤退に一票入れます。こう言ったら身も蓋もないですけど、危険を冒してまで勝ちに行くような勝負じゃないですし」
「ならアタシはもう少し進むに一票入れとくわ。異常があるのがこの階だけなのか、それとも四階、五階に行っても元より強い魔物が出るのかを確かめてから改めて決めるくらいの余裕はあると思うし」
「うぅ、クロは帰りたいニャー。尻尾がゾワゾワする感じが止まらないニャー」
「私は……すみません、こういう経験がなさ過ぎて、判断ができません。ただ進むにしろ戻るにしろ、ポーションの在庫はまだ十分あるとはお伝えしておきます」
「撤退二に進行一、白票が一か……なら決まりだな、戻ろう」
「いいんですか? アリサ様が進みたいって言うなら、二対二で同数ですけど?」
問いかける俺に、アリサが苦笑する。
「私の我が儘で始めたくだらない勝負のために仲間を危険に晒すほど、私は愚かではないつもりだ。それにたった一日サボった程度で巻き返せなくなるほど、我々は弱くないだろう?」
「ハハハ、それはそうですね。じゃ、戻るか」
ニヤリと笑うアリサに釣られて笑うと、俺達は来た道を引き返し始めた。





