知ってます? 世界には自分以外の人もいるんですよ?
「おはようリナ」
「あら、おはようシュヤク……って、アンタその顔!?」
明けて翌日の朝。学園の廊下で出会い挨拶をした俺の顔を見て、リナが驚愕の表情を浮かべる。というのも……
「何で目があるの!?」
「いや……何か、朝起きたらあったんだよ」
そう、俺が自分で引っこ抜き、この世界で最高の回復薬であるエリクシールでも治らなかった俺の左目は、一晩寝て起きたら元に戻っていたのだ。勿論ステータスを見る能力は失われていたが、それ以外の視力とかは何の問題もなく……つまり完全な健康体というわけである。
「起きたらあったって……アンタそれ、どうなってんの?」
「さあ? でもほら、ゲームなら寝たら全回復じゃん?」
「そうだけど……えぇ?」
戸惑いの表情を浮かべるリナを前に、俺も何とも言えない引きつった笑みを浮かべる。ちょっと前なら「うぉぉ、流石ゲーム仕様だぜ!」と無邪気に喜べたかも知れねーが、今となっては正直ちょっと怖い。
が、だからといってもう一回左目をどうにかしたいとは流石に思えない。あれはなんかこう、色んな勢いがあったから実行できたことであって、HPによる苦痛の無効化もなくなった今、同じ事をやれと言われたら断固としてお断りである。
「大丈夫、なの? その……頭とか?」
「言い方ぁ! まあその通りだけども。俺の感覚では大丈夫なはずだけど……でももしおかしかったら、またぶん殴ってでも止めてくれ」
「仕方ないわねぇ。ま、アタシもローンを払ってもらわないとだからいいけど」
俺の言葉に、リナがそう言って笑う。ちなみに昨日はあの後、保健室に包帯を取りに行くついでとして、リナが本当に借用書を持ってきた。まあ内容がトイチだったので秒でビリビリに破いてやったが、金自体はちゃんと払うつもりでいる。こういうのはケジメだからな。
「む? シュヤクとリナではないか」
と、そんなことを話していると、廊下の向こうからアリサが声をかけてきた。
「アリサ様! おはようございます! 今日もお美しいですね!」
「おはようございます、アリサ様」
「うむ。おはよう二人共」
朝から憧れのヒロインに会えてテンションの高いリナといつも通りの俺に、アリサもまた挨拶を返してくれる。ふむ、これは丁度いいか。
「アリサ様、ちょっといいですか? 今後のダンジョン攻略のことなんですけど」
「ん? 何だシュヤク」
「その、ですね。昨日はああいったんですけど、割と疲労が残ってるみたいなんで、少し休もうと思うんですよ。で、きりがいいんで来月の一日から改めて活動再開って感じでどうでしょうか?」
昨日の提案は、アリサ達をゲームのキャラクターとして見た俺の言葉だった。だが現実で考えるなら、あれだけの死闘を演じれば心身ともに疲れが溜まっているはずだ。
なのでそれを考慮した俺の提案に、アリサは少しだけ考えてから頷く。
「そうか。私は構わんぞ。実は私も、昨日レッドドラゴンを倒してから、体の動きが少しおかしいのだ」
「えっ!? アリサ様、怪我でもしたんですか!? 回復薬が足りなかったとか!?」
心配そうな顔をするリナに、しかしアリサは笑って首を横に振る。
「いや、違う……というか、逆だ。どうも体が動きすぎるというか、思った以上の力が出るようになってしまってな。遙か格上の魔物を倒すとそういうことが稀に起こるというのは知識として知っていたが、まさか我が身に起こるとは……」
「あー、そういう……」
人間誰しも、経験を積めば成長するのは当然だ。だがこの世界の住人は、魔物を倒して経験値を得ることでレベルアップという成長もする。
だがそれを客観的に観測する手段が、この世界にはないらしい。なので「身の丈に合った魔物と何度も戦って徐々に強くなる」ことは理解できても、「強敵と一度戦っただけでいきなり強くなる」のは意味不明なんだろう。
まあ、そうだよな。地球で言うなら「小学生が東大入試のマークシートを適当に塗りつぶしたら全問正解してしまい、その瞬間実際の知能が現役東大生くらいまで高くなる」みたいなもんだし。そりゃ戸惑うだろ。
「この程度の違和感なら『久遠の約束』の入り口付近程度では問題ないと思うが、休みをくれるというのならその間に感覚を調整しておこう。なに、三日もあるなら十分だ。
それと、クロエには私から伝えておこう。ちょうど教室で会うしな」
「わかりました。宜しくお願いします」
「あ、それならロネットにはアタシが伝えとくわね」
「おう、頼むぜリナ」
こうして伝えるべき事を伝え終えると、俺達は別れてそれぞれの教室に向かう。馬車に揺られての旅からボス戦を経ての久しぶりの授業は、何だか懐かしい気持ちにさせてくれる。
「はーい、皆さん! ここで一つお知らせがあります」
そんな授業の合間、不意にヴァネッサ先生がそう声をあげる。クラスの全員が注目するなか、その口から衝撃の事実が語られる。
「何と昨日、『火竜の寝床』の最奥にいるレッドドラゴンが討伐されました!」
「ブハッ!?」
「きったな!? おいシュヤク、何すんだよ!」
思わず吹き出してしまった俺に、近くにいたキールが文句を言ってくる。だが俺の方はそれどころではない。
(え、嘘だろ!? 何でバレたんだ!?)
今回の遠征において、俺は行き先の申請をを「火竜の寝床」ではなく、もっと近くにある「プロタ草原」にしてあった。というのも最初から帰りはショートカットを使うつもりだったので、「火竜の寝床」だと移動日数が合わなくなるからだ。
それに、これは別に違反とかではない。冒険者……じゃない、討魔士は基本自己責任。申請した場所とは違う場所に行ってはいけないなんて決まりはないし、ちゃんと「プロタ草原」の横を通り抜けて「火竜の寝床」に行ったのだから、嘘だって言ってないのだ。
なので、俺達が「火竜の寝床」に行ったのを知っているのは、俺達自身を除けば鍛冶屋のミモザくらい。アリサ達には「分不相応な評価を受けると面倒だから、しばらく秘密にしてくれ」と頼んであるし、ミモザが学園にそんな報告をする理由はない。
それに討伐報酬というか、証明である火竜のウロコだって、今はまだ俺のインベントリに……っ!?
「あーっ!?」
「うわっ!? ど、どうしたんですかシュヤク君!?」
「あっ、す、すみません。何でもない……いえ、ちょっと寝ぼけただけです」
「こら! 遠征帰りで疲れてるのはわかりますけど、今も一応授業中なんですから、居眠りなんかしちゃ駄目ですよ?」
「あはははは、すみません……」
可愛く怒るヴァネッサ先生に謝りつつ、俺は内心で歯噛みする。
火竜のウロコを武器や防具に加工するには、必須アイテムも依頼料も足りなかった。かといって初めてのドロップだったので、ひとまず売ってお金に……というのも味気ない。なので大事に取っておいたのだが……
「……………………」
「おいシュヤク、お前今日変だぞ? 何もないとこで手を動かして、何やってんだよ?」
「……気にしないでくれ。ちょっと世の無常を噛みしめてただけだから」
「わけわかんねーよ」
憮然とした表情をするキールをそのままに、俺は悲しみを噛みしめる。そうだよな、もうインベントリは使えねーよな。つまり中身も……ガクッ。
「せんせー! 誰がレッドドラゴンを倒したんですかー?」
「地元の討魔士パーティである『レッドライン』の人達ですね。足かけ六年の長い挑戦の果てに、遂に成し遂げたそうです。新たなドラゴンスレイヤーの登場に、シルエスタの街はお祭り騒ぎになってるみたいですよ」
「「「おおー!」」」
(…………ん? あれ?)
地元のパーティがドラゴンを倒した? 俺達の事がバレたわけじゃない? それってつまり……っ!?
「あーっ!?」
「うひゃっ!? シュヤク君!」
「す、すみません! 本当に、本当にごめんなさい!」
またも大きな声を出してしまい、流石のヴァネッサ先生も睨み付けてくる。ぐぅ、割と優等生で通っていたのに、これは大失態……って、そうじゃなくて。
(マジか。俺達があそこでレッドドラゴンにエンカウントしたのは、それが原因だったのか……)
先行しているパーティがいることは知っていたが、まさかそいつらが本来の場所でレッドドラゴンと戦っており、俺達が隠し部屋にいる時にちょうど倒すなんて、いくら何でも想定外だ。そんな不運読めるはずがない。
そして事はそれだけじゃない。今まで漫然と「ボスを倒せるのは俺達だけ」だと思っていたが……そうだよな。現実なら今現在の俺達より強い人くらい沢山いるだろうし、そういう人が他のダンジョンのボスを倒しちまうことだって、十分にあり得るわけだ。
でもそうすると、それらのボスを倒すことで手に入るアイテムが手に入らなくなるわけで……え、これ結構マズいぞ? 重要アイテムを根こそぎ持っていかれたら、三年後に襲ってくる魔王を倒すのが一気に難しくなってしまう。
(裏ボスはともかく、ゲーム知識がありゃ三年でラスボスを倒すのは余裕だと思ってたけど、こりゃ根本から考え直す必要があるかもな……)
何気ない発表からの、強烈な気づき。俺は静かに拳を握り、頭の中でやるべき事リストを作成していった。





