クソうぜぇ
「なあ、インベントリの中身の話なんてもういいだろ? それより俺、ちょっと思いついたことがあるんだよ」
「んー? 何よ?」
まだ何か言いたそうだったモブリナが、俺の言葉に首を傾げる。フフフ、このアイディアを聞けば、きっと仰天して大絶賛してくることだろう。
「今の話をしてて思いついたんだけど、せっかくあんないい場所があるなら、しばらくはレッドドラゴン狩りでレベル上げしねーか?」
「は!? アンタ何言ってんの? もうレッドドラゴンに有効な攻撃アイテムはないって、アンタが言ったんじゃない!」
「確かにアイテムは使い切ったけど、でもレッドドラゴンを倒したおかげで俺達のレベルもあがってるだろ? ならギリいけると思うんだよ」
「む、それは…………具体的にはどんな感じの戦闘になると思ってるの?」
俺の言葉に、モブリナが乗ってくる。うむうむ、そうだよな。確実にエンカウントできて、格上ながらも単体で、しかも美味しいドロップアイテムまであるとなったら、ゲーマーなら狙わないわけねーもんなぁ。
「作戦自体は単純だよ。基本的にはロネットのスピードポーションを使ったクロエにタゲとってもらって、その間に全員で攻撃。ブレスが来たらお前のウォーターカーテンをアリサにかけて防いでもらうって感じかな?」
「え? アタシそんな魔法使えるようになったの?」
「当たり前……あー、そうか。ステータスとかレベルは俺しか見えねーんだよな。モブリナも含めて、全員大体一五レベルくらいになってるぜ」
「アンタそんなのまで見えるようになってたのね。それなら……って、待って。いくらバフ盛ったって、レベル一五のクロちゃんじゃ完全回避は無理よね? アリサ様だって火属性抵抗を入れたって相当食らうんじゃ?」
「んー? 確かに食らうだろうけど、三回くらいまでなら死なないだろ? 回復薬はまだあるから大丈夫だよ。いや、それだと流石にもったいねーから、もうちょっと安いポーションを買って……」
「そうじゃなくて! アンタわかってんの? クロちゃん、レッドドラゴンの一撃で死にかけたのよ!? ロネットたんが渡してたポーションが衝撃で割れたからギリギリ助かったけど、そうじゃなかったら死んでたかも知れないの!
それにアリサ様だって、全身にドラゴンブレスを浴びながら皆を守ってくれたのよ!? そんな思いをまたさせるの!?」
「何言ってんだ? 戦闘なんだからそんなの当然だろ?」
必死に訴えてくるモブリナに、俺は呆れた声を返す。
「そりゃリソース管理的にも無傷勝利は理想だけど、そんなのよっぽど格下の相手か、極端に弱い属性があって先制の全体攻撃魔法で倒せるような敵だけだろ? そんなこと言い出したら雑魚狩り以外できねーじゃん」
「そうだけど、そうじゃなくて! もっとこう配慮はないのかって言ってるのよ! それともアンタ、まさか皆に毎回大怪我して戦えって言うの!?」
「そうだけど?」
「……………………」
俺の言葉に、何故かモブリナが絶句する。いやほんと、コイツ何言ってんだ? HPなんていくら減ったって、魔法なり道具なりで回復すればいいだけの話だ。戦闘不能になったら確かに面倒だが、そうじゃないならレッドゾーンなんて気にする必要はない。
そんなこと俺よりずっとこのゲームが好きだと言っていたモブリナならわかりきってるはずなんだが……? あ、ひょっとして?
「そっか、ここはゲームじゃねーから、それ繰り返すと好感度が減るのか? まあそこは適当にプレゼントアイテムを贈っとけばいいじゃん。そうすりゃ好感度なんて簡単に――」
「明!」
スパンと、モブリナの平手が俺の頬に炸裂する。勿論痛くも痒くもないが、俺のHPが二ポイント減った……つまりそれは、明確に攻撃されたということだ。
「……何のつもりだ?」
「それはこっちの台詞よ! アンタこそ何のつもりなの!? アンタ、アタシがヒロイン達を幸せにしたいって言ったの、忘れたわけじゃないでしょ!?」
「あー、そんなことも言ってたなぁ。でも別に虐めてるわけじゃねーし、このくらい十分許容範囲だろうが」
「だからそうじゃなくて! そうじゃなくて…………」
睨み付ける俺の前で、モブリナが言葉を詰まらせる。
「ねえ、明。アタシやアンタからしたら、確かにみんなゲームのキャラなのかも知れない。でもロネットたんもアリサ様もクロちゃんも、ちゃんとこの世界に生きてるのよ? 泣いて笑って喜んで、怖くても立ち向かうし、痛くても我慢するけど……でも辛くないわけじゃないの!
なのにどうしてそんなこと言うの? あの子達の心を、アンタは何だと思ってんの?」
「はぁ…………うっざ」
涙を浮かべるモブリナを、俺は心底軽蔑する。女が泣いて訴えたら、そこまでの経緯や訴える内容に関係なく男が悪者……せっかくゲーム世界の主人公に転生したってのに、ここでまでそんな不条理を押しつけられるなんてまっぴらだ。
「お前もういいよ。パーティから外す。代わりは……図書館の魔女よりも教会の聖女の方がいいか? そうすりゃ回復ポーションを買う費用も浮くし、補助なしで食らっても、今のアリサなら二回くらいはギリ死なねーだろ」
「アンタはぁぁぁぁぁ!!!」
再び、モブリナが殴りかかってくる。だが今度は黙ってやられたりしない。俺は腕を回し、裏拳でモブリナを吹き飛ばす。
「あうっ!?」
「うぜーっつってんだろ! モブのくせに調子のってんじゃねーよ!」
「調子に乗ってんのは……アンタでしょ…………」
吹っ飛んだモブリナが、よろよろと起き上がる。
「何? 特別な力に目覚めたらいきなりクソみたいな性格になって、モブを追放? ははは、定番の小説なら、実は最強の力に目覚めたアタシがアンタを蹴散らしてヒロイン達を助ける、典型的なざまぁ展開ね……燃えるじゃない」
「あのなぁ、現実がそんな風にできてないことくらい、お前だってわかってんだろ? もしそんなのが本当にあるなら、俺はクソ上司の下で六年も社畜やってなかったよ」
「それはご愁傷様。でもアンタとアタシは違うでしょ? アタシは仕事、結構楽しかったもの。趣味も充実してたしね」
「あーそうかい。なら勝手にしろ。お前なんて――」
『貴方なんてもういらないわ』
ふと、前世の記憶が蘇る。二度と聞かないと思っていた女の声が響いたことで、俺の意識に亀裂が走る。
何だ? 俺は何を言おうとした? いやそれ以前に、俺は何をやってたんだ?
「……明? どうしたの?」
足がふらつく。視界が明滅する。自分のなかに、自分ではないものを感じる。明とシュヤクの間の亀裂が広がり、例えようのない不快感が全身を這い回っているのを感じる。
何だかヌメヌメしたものが、全身を包み込んでいる。俺の左目のなかで、でかい芋虫がウゾウゾと蠢いているような感じがする。
体を覆う膜が、俺と世界を断絶させていると感じる。瞳の中のうごめきを意識する度、リナの頭の上にある体力バーの表示がブレる。
そういうことか? そこに在るのか? でもそんなもの、どうすりゃいいんだ?
『力を貸すよ』
その時、また別の誰かの声が頭に響く。おいおい、俺は脳内フレンズを何人飼ってるんだよ? もう勘弁――
「…………あー、そういう? へ、へへへ……マジで?」
「明? 本当にどうしたの?」
俺がぶん殴っちまったリナが、俺を心配して声をかけてくれる。本当なら秒で土下座するところなんだが……悪いな、今はこっちを優先させてくれ。
「フーッ、フーッ、フーッ…………アアアアァァァァァ!!!」
インベントリから回復薬を取り出して床に置くと、破裂しそうな心臓をそのままに、荒ぶる呼吸を無理矢理押さえ込み、俺は今までの人生で一番の勇気を出して……自分の左目に指を突っ込んだ。





