Promise of Eternity
最終回なのでボリューム2倍でお届けします(笑) たっぷりお楽しみください。
(にしても、まさかこんな形になるとはなぁ)
自分の体をペタペタと触りながら、俺はそんなことを内心で呟く。俺の想定では、今回は俺がカイルに吸収されるみたいな感じになると思ってたのだ。そうなったらカイルの内側から説得していこうと思っていたんだが……
「ふむ、主導権は完全に俺だな?」
(みたいだね。でも以前よりは自由に話せる気がするよ)
俺の呟きに、俺の中のカイルが答える。同時にカイルの感じているであろう無念や諦念が俺にも伝わってきて……むぅ、これは何とも違和感が凄いな。
「なら、これで目的は達成? 次はどうするの?」
「そうッスよ! 自分にセルフィやオーレリアを斬らせるなんて! 二人はちゃんと元に戻るんスよね!?」
「おう! ……多分な」
「多分って!? 冗談じゃないッスよ!?」
「いやいや、落ち着けって。初めてなんだから仕方ねーだろ。ま、とりあえず見てろって」
いきり立つモブローを押さえ、俺は剣を手にまずはアリサの前に立つ。床に転がるアリサの体にそっと剣を刺すと、今度もまたコマンドを発動する。
「connect.exe起動……戻ってこい、アリサ」
小さく呟き、剣を引き抜く。すると程なくしてアリサの体がピクッと動き、すぐにむっくりと起き上がった。
「う、む…………?」
「おおー、やったぜ!」
「アリサ様!」
「シュヤクに、リナ? 私は……」
顔をしかめていたアリサが、しかしすぐに記憶を取り戻し、周囲を確認してから俺を見る。
「……やったのだな?」
「まあな」
「先輩、これどういうことッスか!? 説明して欲しいッス!」
「それより他の皆を起こす方が先でしょ! あ、でも、そうしたら説明しなさいよね!」
「ははは、わかってるって。んじゃサクサクいくか」
俺は同じ手順で、他の皆も目覚めされる。そうして問題なく全員が揃ったところで、今回の種明かしを口にした。
「まあ、そう難しい理屈じゃねーんだよ。ほら、邪神ってこの聖剣で封印されてただろ? でも聖剣を抜いたら復活したじゃん? つまりこの聖剣にはそもそも『他者を封印する』能力があって、そいつは解除したら対象を元の状態に戻せるもんだと読んだんだ」
聖剣の封印を解くと、邪神は復活する。それはこのゲームのシナリオによって確定された事象だ。なら多少手順は違っても、同じ事ができると考えたわけである。
もしこれが再現できなかったら、ごり押しで最終プランを実行するしかなかったんだが……どうやらちゃんと説明する時間が取れたようでホッとしたぜ。
「さて、それじゃ皆無事に復活したわけだけど……悪いな、多分全員、もうすぐ消える」
「えっ!? 何で……って、あ、そうか。三年……」
俺の言葉に食いついたリナが、すぐに悔しげな表情で納得する。そう、この世界の寿命は三年。より正確には俺達が学園を卒業するまでだ。そしてその期限は、おそらくここに来た時点で終わっている。何せここは世界の終わりから新たな始まりに入るための場所らしいからな。
「俺も色々考えたんだけどな。でもどうやってもこの世界の寿命そのものを伸ばす方法は思いつかなかったんだよ。だから……すまん! 全員が納得できる最高のハッピーエンドってのは、俺には無理だ!」
俺は深く腰を折り、皆に頭を下げる。短い時間なりに一生懸命考えてはみたものの、カイルの理想を……真の世界と人生をという夢を叶えるのは、どうやっても不可能だった。
だがまあ、それは当然とも言える。何故ならそれこそカイルが、そしておそらくはデルトラ達だって長い年月をかけて解決策を考えてきたのだ。それでもなおどうにもできなかったことが、ほんのちょっと俺が考えた程度で思いつくはずがない。
俺は確かに主人公だが、その中身は単なるサラリーマン。神でも勇者でもないので、できないことはできないのだ。
「……まあ、そうよね」
「そうッスね。凄い不満ッスけど……でも自分だってどうしていいかわからないッスから、何とも言えないッス」
頭上からかかる言葉に顔を上げると、リナとモブローが苦笑を浮かべている。失望や諦めが見て取れるその顔に、しかし俺を責める様子はない。そしてそれは他の仲間達も同様だ。
まあそちらは未だに現実を受け止めきれないというのもあるんだろうが、とにかく全員が文句を言うわけでも、恐怖に震えるわけでもなく、ただ穏やかに俺を見ている。
「でも、じゃあアンタはここからどんな結末に持っていくわけ? それによってはぶん殴ってでも止めるんだけど?」
「そうッス! 次は自分が主人公になって、イチャイチャハーレムライフを楽しむッス!」
(僕も興味があるな。君は結局、どんな未来を描くつもりなんだい?)
「ああ、それなんだがな……」
「…………ふがっ!?」
春も間近だというのに肌寒い感触に、俺はビクッと体を震わせ飛び起きる。どうやら微妙にしまい損ねている炬燵で寝てしまったらしく、窓の外は既に明るい。
「うわ、マジか!? ヤバい、遅刻する!」
時計を見て大いに慌て、俺は急いで身支度を調える。襟元をビシャビシャにしながら顔を洗って歯を磨き、朝食代わりのゼリー飲料をエナドリで流し込むと、ヨレヨレのスーツを着込んで家を飛び出した。
「あー、体イテェ……歳か?」
俺も今年で二九歳。来年には三〇歳になるのだから、そろそろ体の無理も利かなくなってくるんだろう。今の仕事は給料はいいんだが、徹夜が続きまくるし……そろそろ転職も考えるべきか?
ぐぅぅ…………
「……腹減ったな」
競歩選手もかくやという勢いで駅まで歩いて行く最中、俺の腹が「油を、脂肪を、肉を食わせろぉぉぉ!」と訴えてくる。どうやらビタミンとカフェインだけでは満足してくれなかったご様子だ。
仕方ない、多少のロスにはなるが、コンビニで何か買おう。丁度目についた青い看板のコンビニに入り、そのままカウンターのところに行く。
「しゃっせーッス!」
「からあげどんのごっつぁん醤油味ください。あとホットカフェラテのMを」
「からあげどんのごっつぁん醤油と、カフェラテのホットのMッスね! 只今用意するッス!」
漫画みたいな語尾をつける変なバイト店員からタンパク質と追加のカフェインを……カフェラテにしたのは胃腸を労るせめてもの抵抗……入手すると、俺は再び町を歩き出す。すると近くのビルに設置されたモニターから、何とも賑やかな声が聞こえてきた。
『プロミスオブエタニティ・LINK! 事前登録受付中です! 今登録して、もれなく☆5ヒロインをゲットしちゃいましょう!』
「あー、そういえばもうすぐローンチか……」
プロミスオブエタニティ……それは俺が以前に開発に関わったゲームだ。基本的には普通の学園物ARPGなんだが、ヒロインの容姿や性格などが全てランダム生成され、かつシナリオもそれに合わせてちょこっと変わったりするので、「何度遊んでも唯一無二の青春を味わえる!」という謳い文句で売り出した作品である。
まあ、実際には目が10パターン、鼻が10パターン、口が10パターン……みたいなのを掛け合わせて「事実上無限」みたいに言ってるだけなのだが、これがなかなか売れたようで、二匹目のどじょうを狙うべく、つい先日までソシャゲ版プロエタを開発していたのだ。
「にしても、ガチャで引くヒロインをランダム生成するって、今考えても正気じゃねーよなぁ。まあだからこそ『俺の嫁、最高!』みたいなのも出てくるんだろうけど」
ふと、俺の脳裏にヒロイン達の顔が浮かんでくる。デバッグ作業で遊んだときに生成されたキャラだったはずだが……うーん?
(えぇ、何この記憶?)
そこまで細かい描写なんてあるはずないのに、何故かヒロイン達の日常生活とか、一緒に冒険してるときのちょっとした仕草とか、そんなことがありありと思い出されてしまい、焦る。
俺は一体いつからこんなに想像力がたくましくなったんだ? これならシナリオライターに転向できそうだけど……!?
「うおっ!?」
「きゃっ!?」
そんな益体もないことを考えていると、不意に近くを歩いていた人にぶつかってしまった。俺の目の前では俺より幾らか年下であろうスーツを着た女性が尻餅をつき、痛そうに顔を歪めている。
「す、すみません! 大丈夫ですか!?」
「いったー……ちょっと、何すんのよ!」
「ごめんなさい! ちょっとボーッとしてまして……本当に申し訳ないです」
俺が手を差し出すと、女性はしかめっ面をしたままその手を握って立ち上がる。その後落ちていたバッグを拾って手渡そうとしたところで、持ち手のところにプロエタのキーホルダーがついているのが目に入った。
「あ、プロエタ……」
「ん? 何、アンタもこれ好きなの?」
「え、あ、はい。好きっていうか、それを作ったのはうちなんで……」
初対面の相手……しかも女性に「アンタ」なんて呼ばれて面食らってはみたものの、今現在こっちの立場の方が圧倒的に悪いので気にせずそう返す。すると女性は大きく目を見開き、俺の手をガシッと握ってきた。
「制作者!? 何よアンタ、凄いじゃない! アタシこのゲームの大ファンなの! 特にヒロインのアリサ様をとかロネットたんとか、クロちゃんとかが……」
「ちょっちょっちょっ、ちょっと待ってください! いきなりそんな……それにプロエタのヒロインはランダム生成ですから、名前を出されても…………?」
と、そこでさっき俺の脳裏に浮かんできたヒロイン達の名前が、彼女の口にしたそれとすっかり同じだったことに気づく。
えぇ、嘘だろ? 流石に人名は完全ランダムじゃないとはいえ、それでも派生とか組み合わせで何十万通りとあるんだぞ? 一人くらいならギリギリ偶然でも納得するけど、出てきた名前が全部同じって……
「でね、うちの主人公の名前が何故かシュヤクってなってて……笑っちゃうでしょ? いくらランダムだからって主人公が主役って何よって、思わずモニターに突っ込んじゃったもの!」
「あ、はあ……そうっすね」
「何よ、テンション低いわね? よーし、決めたわ! アンタ連絡先教えなさいよ! このアタシがプロエタのなんたるかをしっかり語って聞かせてあげるから!」
「いや、そういうのは間に合ってるんで……」
グイグイ来る女性に、俺は思わず身を仰け反らせる。数年前の一件以来、どうも女性は苦手……なはずなんだが、あれ?
「……………………」
「どうしたの? 急に人の顔ジッと見て……まさか一目惚れ!? ふふーん、そうよね。このアタシの溢れる魅力があれば……」
「いや、貴方からはあまり女性を感じないというか……げふっ!?」
「失礼にも程があるでしょ!」
女性の肘鉄が俺の腹にめり込む。とても痛いが、確かに今のは俺が悪い。
「全くもう……はい、これ」
くの字に体を丸めた俺の前に、QRコードを写したスマホが差し出される。何かもう登録しないと逃げられない気がしたのと、これ以上時間をかけると本当に遅刻しそうなので、俺は諦めて自分のスマホにそれを登録した。
「八凪 楓さん……?」
「そうよ。アンタは……田中 明って、もの凄くモブっぽい名前ね」
「うるせーな! モブはそっちだろ、人の名前馬鹿にすんじゃねーよ!」
「誰がモブよ!? 主役だからって調子に乗ってんじゃない……?」
不意に、目の前の女性……八凪さんの目から涙が零れる。それを見た瞬間、俺の焦りが一瞬で限界を突破した。
「うぉぉぉぉ!? ちょ、何で泣くんだよ!? ごめん! すまん! 悪かった! 何だかわかんねーけど、俺が悪かったから!」
「何言ってるのよ、急に泣いたのはそっちでしょ? え、あれ? アタシも……?」
「俺が泣いてる……?」
言われて手を触れると、確かに俺の頬にも涙が一雫伝っていた。何だろう、何もわからないが……何かとても大切なものが溢れて零れたような気がする。
「はーっ……よくわかんないけど、まあいいわ。これ以上のんびりしてると会社に遅れそうだし」
「ハッ!? 俺もだよ! うわ、電車まだ間に合うか!?」
「仕事が終わったら連絡するわ! そしたら一緒にお酒でも飲みましょ! じゃあまた後でね、明!」
「は!? そんな一方的に……!?」
手を振りながら走り去る八凪さんに手を伸ばすも、俺の指先は空を切るばかり。あーもう、何だこれ? しかも女からの誘いなんて……うちは残業だってあるのに……………………
「あーもう、仕方ねーなぁ」
頭をボリボリ掻きながら、俺は早足で駅に向かう。仕事はまあ、何とか誤魔化せばいいだろう。男の同僚以外と飲むなんて久しぶりだが、不思議と思っていたより気分も悪くない。
「……うし、まずは今日の仕事を頑張りますかね」
結んだからには、約束は守りたい。俺は確かな足取りで、未知の未来へ続く道を踏み出していくのだった。
――Ending No.00 「永遠の果てにまた会おう」
「……で、終わると思ったんだがなぁ」
見渡す限りの大平原。目の前にはでかい砂時計みたいなのがあり、その台座にはガチャッと回すのに最適な感じのハンドルがついている。
意味がわからない。訳がわからない。でもそんなのが前にあったら、そりゃ回すしかないだろ? だから本能に任せてガチャってみたところ……
「ほほぅ、ここが新しい世界か! 何とも冒険のし甲斐がありそうだな!」
「裸一貫からの商売なんて久しぶりです! 腕が鳴りますね」
「このでっかいのからサバ缶は出ないニャ?」
「新たな大地に、神の教えを広めませんと」
「うっすら見える星の配置が違う……興味深い。今すぐ調べたい」
「あの、本当に私はここにいていいんですか? 何か『学園の教師風情が出るのに、何故妾は出られんのじゃ! 妾、姫じゃぞ! メインヒロインじゃぞ!?』という空耳が聞こえるんですけど……?」
「これはまた、不思議なことになってるニャーア?」
「何でウチがこんなとこに!? 絶対人数合わせやろ!」
「……………………」
ガチャから出てきたカプセルがピカッと光る度、中から姦しいヒロイン達が姿を現していく。ここに来た時点で完全に記憶が戻ってたので誰かはわかるんだが……何だろう、凄く声がかけづらい。それに……
「うぅ、☆1のノーマル……わかってたけど、男キャラには厳しい世界ッス……」
「諦めなさいモブロー。アタシ達はそういう星の下に生まれたのよ……星だけにね!」
「何スか!? 自分だけ☆2にランクアップした自慢スか!? うわーん、自分もせめてアンコモンくらいにはなりたかったッスー!」
「それ違うやつじゃない? それよりシュヤク……」
「はーっ……ああ、わかってるよ。でもこれだけは言わせてくれ」
久しぶりに会った仲間達に見つめられ、新たな冒険に対する期待の眼差しを受け止めつつも、俺は大きく息を吸い込んで叫ぶ。
「また『ゲーム主人公転生』かよー!?」
そんな俺の魂の叫びは、高く澄んだ青空に吸い込まれて消えていくのだった。
――EX Ending No.∞ 「Promise of Ever Eternity」......XD!
これにて完結となります。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。