イベントバトルにまともに付き合う気はねーぜ!
「で? アタシはどうすればいいわけ?」
「皆を起こしてくれ。その間カイルは俺が何とかするから」
「何とかって……できるの?」
俺の言葉に、リナが懐疑的な視線を向けてくる。まあさっきまでのやられっぷりを見ていれば当然の反応だが……
「多分な。ちょっと思いついたことがあるんだよ」
「ふーん? ま、アンタがそういうなら信じてあげるわ! じゃあ頼んだわよ!」
口元を猫みたいに歪めたリナが、そう言って走って行く。その背中を見送ると、俺はずっと黙ってこっちを見ているカイルに声をかけた。
「待たせたな……にしても、見逃してよかったのか?」
「勿論だよ。僕がその気になれば全員簡単に倒せるだろうけど……でもこれ、そういう勝負じゃないでしょ?」
「だな。ま、そもそもお前がアリサ達を殺すとは思ってねーけど」
俺の言葉に、カイルは小さく肩をすくめて応える。そう、これだけ能力が開いているなら、殺すのなんて簡単だ。でもカイルは絶対にそんなことをしないと確信があった。そうじゃなきゃ、こいつがパワーアップした説明がつかない。
(多分これ、負けそうになった主人公が仲間の力で覚醒……みたいなイベントバトルだよな? なら普通にやったら俺の負けは確定だ)
こんなシーンを、俺はゲームでも漫画でもアニメでも、それこそ数え切れないほど見てきた。だからこそ俺は、今目の前にいるカイルこそ「本物の主人公」だと認識する。
勝ち確の演出に入ったのだから、俺が勝つ見込みはないが……ふふふ、そこは目標の違いだな。
「さあ行くぜ主人公! やられ役の意地、見せてやる!」
「何っ!?」
踏み出した俺の体が、とんでもない勢いでカイル目がけてすっ飛んでいく。残像を引きながら剣を振り下ろすと、カイルは驚きの表情を浮かべつつもそれを自分の剣で防いだ。
「何故急に強くなったんだ!?」
「そりゃこっちの台詞だろ! おらおらおら!」
「くっ……!」
ガキンガキンと剣を撃ち合い、黒い世界に火花が咲く。だが俺の優勢はほんの数秒で終わりだ。
「確かに強くなったけど、それでも僕ほどじゃないね?」
「当たり前だろ? これはそういう調整さ」
覚醒した主人公が、その力で宿敵を討ち倒す。燃える展開ではあるが、そこには絶対に必要な要素が二つある。
「俺はお前の敵になって、お前はアホほど強くなった! でもその強さを見せつける相手がクソザコのままじゃ格好つかねーよなぁ?」
「チッ、鬱陶しい!」
せっかく強くなった主人公が、その強さを発揮せずに敵を倒してしまったら台無しだ。なら俺には覚醒主人公とそこそこ戦える程度の戦闘力が与えられなければならない……この世界はそういうお約束でできていることを、デルトラ達が教えてくれた。
「なら、これで決める! 皆の想いを、この剣に――」
「そいつは通さねーよ! inventory.exe起動!」
最後のとどめは、主人公の必殺技。それもまたわかっていたからこそ俺は素早く剣を鞘に収め、代わりにインベントリから聖剣を取り出す。
「シュヤク!」
「アリサ!」
左腕をあげ、右腕を体の前に巻き付かせるようにして握った刀身を背後に。振り向く勢いに合わせて、アリサに向かって斬りつける。
アリサの顔が驚きに染まる。だが俺はまっすぐにアリサを見つめる。言葉を交わす余裕はない。アリサが避けたり防いだりすればそれで終わり。だが……
「来い!」
「disconnect.exe起動!」
両手をあげて微笑むアリサの胴体を、横に薙ぎ払った聖剣の刀身がスルリとすり抜ける。それはアリサの体にかすり傷の一つもつけなかったが、代わりにアリサの目から光が消え、抜け殻となった肉の塊が床に倒れた。
――アリサの愛が消失しました。全ての被ダメージが五〇%アップします
「なっ!? 君は一体何を――っ!?」
「何をそんなに驚いてんだ? お前がやろうとしたことを、俺が先にやってやっただけだろ?」
「それは……」
「さあ、次だ!」
俺は跳ね上がったステータスを利用して、仲間達の元に素早く駆け寄る。
「まったく、シュヤクは仕方ないニャ!」
――クロエの愛が消失しました。スキルの消費MPが倍になり、一定確率で発動に失敗します
「この貸しは高いですよ?」
――ロネットの愛が消失しました。全ての状態異常抵抗にマイナス五〇%の補正が入ります
クロエとロネットが、アリサに続いて倒れ伏す。残るは二人だが……
「ちょっ、先輩!? いきなり何やってんスか!? って、うわっ!?」
「セルフィとオーレリアはお前がやれ! 俺を……いや、お前と二人の絆を信じろ!」
俺は聖剣をモブローに投げ渡すと、再び普通の剣を抜いてカイルに斬りかかる。すると呆気にとられていたカイルがそれを防ぎ、再び俺達は近接戦闘に入る。
「どうしたカイル、動きが悪くなってるぞ? 俺に勝たなくてもお前の願いが叶うってわかって、気が抜けたか?」
「そんな、ことは……っ!」
「なら何で弱くなる? 決まってる! 主人公のパワーアップはヒロインありきってのが相場だもんなぁ!」
このゲーム……「プロミスオブエタニティ」においても、ラストバトルはヒロインが全員参加する。であればこの場にいないヒロイン達がカイルに力を与えているのは明白だ。
なら、その接続が切れたら? たとえ中身が別人になろうとも、この世界が定義するヒロインが変わるわけじゃない。そんな彼女達の意識が世界から切り離されたら、当然カイルに力を与えているヒロインもまたその力を失うはず。
あくまで予想、確実ってわけじゃなかったが……
――セルフィの愛が消失しました。HPとMPの回復にマイナス八〇%の補正が入ります
――オーレリアの愛が消失しました。敵の全ての魔法攻撃に高確率でクリティカル判定が発生します
「ぐあっ!? また!?」
「うん? どうやらモブローの奴がやってくれたみてーだな」
またも弱体化した様子のカイルに、俺は作戦の成功を確信した。
(やっぱり皆、俺なんかにゃ勿体ないいい女だぜ……モブローの方はどうだか知らねーけどな)
思いつきで始めたこの作戦にもまた、二つほど大きな問題があった。その一つは言わずもがな、「いきなり斬りつける」というところにある。
何も言わずに斬りつけたら防御や回避、下手すりゃ反撃だってされても文句は言えない。かといって時間をかけて説明するのは、流石にカイルがやらせてくれなかっただろう。
だがアリサもクロエもロネットも、何も言わずに俺の攻撃を受け入れてくれた。セルフィやオーレリアとはそこまでの信頼を結べている実感が無かったからモブローに任せたが、そっちも上手くいったようだしな。
だが、そうなるともう一つの問題に関しては何の説明もしてないってことになる。そっちが失敗したら恨まれるどころじゃすまねーだろうが……ま、それはその時だ。いざとなればどんな言葉も受け入れるし、どんな処罰も受け入れよう。
しかしそれもこれも、この場を乗り切った先の話だ。まずは目の前の勇者様をどうにかしなければならない。
「まだだ! 僕にはまだ、アナスタシアの想いが……!」
「そうだな。でもこっちだって俺一人じゃねーんだ……ぜ!」
ドンと強く当たっていき、俺とカイルの距離が縮まる。半ば密着するような状態となったところで、俺は剣を手放し代わりにカイルをギュッと抱きしめる。
「何を!?」
「リナ! 聖剣で俺ごとぶっ刺せ!」
「えぇ? ならいくわよ……えいっ!」
「「うぐっ!」」
リナの手により、俺とカイルは仲良く串刺しとなる。痛みとは違うが強烈な異物感が腹の辺りにあって落ち着かないが、それを無視して俺はカイルの背中から出ている刀身を掴み、力を込める。
「connect.exe起動!」
瞬間、デルトラに殺された時のように俺の意識がギュインと捻れる。俺の体が淡い光に包まれて消えていくと、ぼんやりとしていた視点が切り替わり、「俺」の目の前には消えゆく主人公の体。その身が全て消え去ると、その奥には心配そうな顔つきでこっちを見ているリナの姿があった。
「ど、どうなったの? ひょっとしてカイルの方が残っちゃった感じ?」
「半分……いや、三割くらい正解かな?」
腹に刺さった剣を引き抜き、俺はニヤリと笑みを浮かべる。
「本当の意味で、今度こそ僕達は一つになった。カイルもいるが俺も消えちゃいねーから、心配すんな」
俺が僕で、僕が俺。今この時を以て、俺はようやくシュヤクではなく、カイル・アーランドになることができたのだった。