選ばれし者と選ぼうとする者
今回は前半だけ三人称です。
(ああ、ここまでか……)
シュヤクに剣を突きつけられ、カイルは内心で自嘲に近い笑みを浮かべた。長い永い時を強い意志で戦い抜いたカイルであったが、自分の中に燃え盛っていた火が静かに消えていくのを感じる。
(世界の力を宿しても、彼に……彼らに勝てなかった。ならこれが『正しい』選択なんだろうね……)
無限のループを、永遠の牢獄を終わらせる。それだけを願ってここまで辿り着いたカイルだったが、その願いが潰えることに何処か安心感すら覚える。
(アリサ、ロネット、クロエ、セルフィ、オーレリア……それにここにはいないけれど、アナスタシアも。今を生きる皆の意志は、僕じゃなく彼を選んだ。ならこの敗北こそが皆の望み――っ!?)
不意に、どくんとカイルの心臓が跳ねた。敗北を認めたことでG.A.M.Eの力が抜けていき、元のカイルに戻ったその身に、押しつぶされていた記憶が蘇ってくる。
――「愛しているぞ、カイル。この想いは永遠だ」
――「大好きです、カイルさん! 一緒に幸せになりましょうね!」
――「ずーっと一緒にいるニャ!」
――「ふつつか者ですが、どうぞ宜しくお願い致します」
――「好き、です……うぅ、恥ずかしい…………」
――「妾のハートを射止めたのじゃ! 責任は取ってもらうぞ!」
(僕は皆が好きだった。皆も僕を好きだと言ってくれた。でも……)
「おいシュヤク、どうしたのだ?」
「トドメは刺さないんですか?」
「いや、それは……」
カイルの視線の先には、自分と同じ姿をした、だが自分ではないシュヤクの姿がある。その周囲にはアリサやロネット達もいて……だが彼女等もまたカイルの知る存在ではなく、その瞳が写すのはシュヤクの方だ。
(そうだ、あれはアリサだけれどアリサじゃない。ロネットだけどロネットじゃない。クロエも、セルフィも、オーレリアも……僕の知ってる彼女達じゃない。
死んだんだ。彼女達の想いは世界のループに飲まれて消え、同じ姿をした別人になったんだ。そんなやつらに負けて、僕の大事な彼女達の想いを諦める? そんなこと……)
ヒロイン達と過ごした日々が、思い出が。魂に焼き付いたその光景が、カイルに眠っていた誓いを呼び覚ました。
(卒業したら、一緒に狩りに行こうと約束していた)
――勇者カイルの体に決意が満ちる。状態異常:毒 を解除します
(商会を立ち上げて、二人で大儲けしようと笑い合った)
――勇者カイルの体に決意が満ちる。状態異常:凍結 を解除します
(故郷の森を一緒に駆け回ろうと誘われた)
――勇者カイルの体に決意が満ちる。MPが全回復します
(世界を巡って、苦しむ人々の助けになろうと決めていた)
――勇者カイルの体に決意が満ちる。HPが全回復します
(あらゆる神秘を解き明かし、いつか星の光に手を伸ばすと夢を語った)
――勇者カイルの体に決意が満ちる。全ステータスに三〇〇%の補正がかかります
(全ての民に幸福を贈ろうと手を取り合った)
――勇者カイルの体に決意が満ちる。世界の意志をはねのけ、己の力で未来を掴むことが可能になります
「――そうだ、僕はっ!」
「うおっ!? 何だ!?」
驚くシュヤク達の前でカイルの背に生えた翼がハラハラと抜け落ち、その体はただの人と成り果てる。然れどその背後には六人の少女の幻影が浮かび、その微笑みがカイルに力を与える。
――アリサの愛を獲得 あらゆる攻撃ダメージの九九%をカットします
――ロネットの愛を獲得 状態異常に対する完全耐性を獲得します
――クロエの愛を獲得 スキルの消費MPが三〇%カットされ、全てに必中を付与します
――セルフィの愛を獲得 HPとMPが毎秒五%ずつ回復します
――オーレリアの愛を獲得 全体攻撃以外の魔法攻撃を自動反射します
――アナスタシアの愛を獲得 愛を獲得したヒロイン一人につき一度致命傷を無効化し、都度HPとMPを全回復します
「皆の想いを唯一無二にするために! 僕は必ず……この世界を終わらせてみせるっ!」
――祈る者から挑む者への復帰を確認。”主人公”をカイル・アーランドに再設定します
「おいおいおいおい、何だこりゃ!?」
這いつくばってプルプル震えていたカイルが突如として起き上がり、何かキラキラしたエフェクトを放ち始めたことに、俺は思わず声をあげてしまう。そして驚いたのは、当然俺だけではない。
「何と言う存在感! さっきまでとは比較にならんぞ!?」
「どうするんですか、シュヤクさん!?」
「どうするって、戦うしか……」
突然カイルが覚醒したっぽくなったのは、偏に俺が「本当にカイルを倒していいのか?」と迷っていたせいだ。倒しても倒さなくてもその先にハッピーエンドと思えるものがないのに、妥協でこんな重大な決断をしていいのかと悩んでいる間に、カイルが何か凄い感じになってしまった。ひとまずその責任は取らねばと改めて剣を構えてみたが……
「いくぞっ!」
「なっ!?」
瞬きすらしていないのに、カイルの姿がかき消える。そして次の瞬間、俺の側で仲間の声が響いた。
「ぐあっ!?」
「アリサ!?」
悲鳴を聞いて素早く振り向く。だがその時には既にアリサがぐったりと床に横たわっていた。ぱっと見では怪我をしている様子はないが、それでもあっさり仲間を倒されたという事実で頭に血が上り、俺は静かにアリサの側に立つカイルを怒鳴りつけた。
「何が……!? カイル、テメェアリサに何しやがった!」
「ふふふ……見てわかるだろう? このアリサは君のアリサで、僕のアリサじゃない。だから排除したんだ。僕のアリサを唯一無二にするために」
「お前……っ!」
「さあ、次はクロエがいいかな?」
「待っ!?」
「フギャッ!?」
叫んで腕を伸ばすが、目にもとまらぬ速さで動くカイルを捕らえることはできない。目の前からカイルの姿が消え、背後からクロエの悲鳴が聞こえ、俺が振り向いた時には全てが終わっている。
「……これで二人目だ。君はアナスタシアを仲間にしていないようだから、あと三人だね」
「くっ……!」
思い切り歯噛みしてカイルを睨み付けるが、それで状況が変わるわけではない。どれほど目を凝らし意識を集中しようと、俺にはカイルの動きが何一つ把握できない。
「なら自分が抱きついて守……ふぎゃっ!?」
「モブロー様!? あうっ!?」
「フレ……っ」
「そんな!? シュヤクさ……きゃあ!」
「モブローにセルフィ! オーレリア! ロネット!!!」
次々と仲間が倒れ伏し、あっという間に残ったのは俺とリナの二人だけ。当然カイルはかすり傷一つ負っておらず、変わらずキラキラした粒子を放ちながら俺達に対峙するように立っている。
「ふぅぅ…………まさかここまで簡単に事が運ぶとはね。これも皆が僕を応援してくれているからだ。僕が正しいと、世界を終わらせるべきだと、皆が思ってくれているからだ。
さあ、どうするシュヤク君。今度は君が負けを認める番だよ?」
「俺は…………」
余裕の笑みを浮かべるカイルに、俺は言葉を詰まらせる。確かにこの状況、どう考えても俺に勝ち目がない。だがそんなことより大事なのは……
「ねえ、シュヤク。結局アンタはどうしたいの?」
「リナ? どうって……?」
突然の問いに、俺はリナの顔を見る。するとリナはキュッと眉根を寄せ、何とも渋い表情で言葉を続けた。
「だから、アンタはこの世界を……アタシ達をどうしたいの? さっきからアンタが情けない動きしかできないのは、結局それが決まってないからでしょ?
ならさっさと決めなさいよ。アンタはこの先をどうしたいわけ?」
「それは……」
動かないカイルを横目に、俺はどう答えるべきか迷う。だがすぐに「今更リナに格好つけても意味がない」と思い至ると、自分でもわかるくらいしょぼくれた顔つきで口を開く。
「……わかんねー。わかんねーんだ。カイルの言うこともデルトラの言うこともわかる。だからどっちがいいかわかんねーっていうか、どっちを選んでも後悔する気がするんだ」
「ふーん……なら何で悩んでるの?」
「へ? いや、だからどっちを選んでも後悔しそうだからって今言っただろ?」
「じゃなくて! どっちを選んでも後悔するなら、何で後悔しない選択を考えないの? 今までのアンタは、ずっとそうしてきたじゃない!」
「後悔しない……選択…………!?」
「そうよ! ここはゲームの世界だけど現実と同じだって、アンタ散々言ったじゃないの! なら目の前にある選択肢を選ばないで、もっと自由に、自分の好きな未来を選べばいいのよ!
ほら、言って! アンタはどうしたいの! どうなったら皆が幸せになれると思うわけ!?」
「皆が幸せに…………」
リナの言葉に、目が覚める。まるで朝日が昇るように、黒く重く塗り込められた思考に鮮やかな光が差していく。
そうだ、俺は何を悩んでたんだ? どっちも駄目なら第三の選択肢を検討するべきだ。現実ならそれが許される。
カイルの無念は何だった? デルトラの望みはどんなものだった? 神ならぬ俺にはそれを完全に満たすのは無理だが、それでも双方の妥協点を探れないか?
「……そうか、俺達に必要だったのは、バトルじゃなく話し合いだったのか」
その結論に、思わず苦笑が漏れる。それこそ俺がデルトラに言った「まずは話をしろよ!」という指摘が綺麗なブーメランとして返ってきた形だ。
「流石はリナ、いつだって頼りになるな」
「あったり前でしょ! で、どうするの?」
「そうだな……」
俺はキラキラクールな勇者様を見てニヤリと笑う。
「あのキラキラは話し合いには邪魔そうだ。まずはあれをどうにかしようぜ」
「了解!」
戦力差は絶望的だが、人数差ならこっちが倍。ピンチでパワーアップできない系の主人公の戦い方、たっぷり教えてやるぜ!