その仕込みは分かりやすすぎるって
「アルマリア!? え、アイツ生きてたのか!?」
「そんな馬鹿な!? 彼女が生存していたなら、デルトラがあんな行動に出るはずがない! 何かの間違いじゃないのかい?」
「まあまあ、落ち着きなさいよ」
思わず身を乗り出す俺とカイルを、リナがニヤニヤと楽しげに笑いながら手で制する。
「アルマリアがいたのは、ゲームには出てこなかった……カイルが言うところの『今までは存在しなかった』辺境の小さな町よ。テュラル子爵領のホレイルって町なんだけど……一応聞くけど、心当たりはある?」
「いや、俺は全然知らねー名前だな」
「僕もそうだね……そこにアルマリアがいたと?」
「そうよ。でもね、その人は間違いなくアルマリアだったけど、アタシ達の知ってるアルマリアじゃなくなってたの。見た目はそっくり同じだし、名前もアルマリアだったけど、アタシ達と戦った記憶とかを何も覚えて無くて、ただのNPCになってたのよ。性格まで違うからビックリしちゃった」
「……? 見た目も名前も同じだけど、記憶もなけりゃ性格も違う? それは同一人物……なのか? ただのそっくりさんとかじゃなく?」
「さあ? 確証なんてないから、ひょっとしたらガワだけ使い回された別人だったかも知れないわね。でもアタシは何となく……本当に何となくだけど、あれは本物のアルマリアだったと思ってるわ」
「そう、か……まあ、リナがそう思うならそれでいいだろうけど」
落ち着いて語るリナに頷きつつ、俺は自分の中で考えを整理する。ゲームなら、見た目が同じNPCなんてごく普通だ。だがそれはあくまで「キャラデザが使い回される一般人なら」である。あんな個性的なボスの見た目を一般NPCと共用するのは常識的にはあり得ない。
なら本物か? リナの言う通り確かめる方法はない。黙った俺を見て、リナが更に話を続けていく。
「でね、そのアルマリアお婆ちゃんも、職業は占い師だったの。ならせっかくだからってことで『いなくなった仲間に会うには、どうすればいいの?』って聞いたの。そしたらアルマリアが『その者に会うには足りないものが二つある』って言われて、やっぱりアタシの知らない場所を教えられたわ。
他に手がかりもないわけだし、なら行くじゃない? するとそこには、今度はガズがいたのよ」
「はぁ!? 二連続って、それは流石に……」
「うん。どう考えても偶然じゃないでしょ? それもアタシがアルマリアを本物だって思った理由の一つよ。まあそれはそれとして、ガズもやっぱりアタシ達と戦ったこととか、前に何をしてたのかとかを全部忘れて普通の鉱夫になってたの。
で、話をしてみたら『鉱山に魔物が住み着いていて困ってる。解決してくれたらとっておきのアイテムをやろう』なんて如何にもなクエストが発生したから解決してみたんだけど……」
「何をもらったんだ?」
ゴクリと唾を飲み込みながら問うと、リナが特に溜めることもなくあっさり答えを教えてくれる。
「ツルハシよ。何かすっごく光ってるツルハシ」
「ツルハシ? 何でそんな……いや待て、ツルハシ?」
俺の脳裏に、ピンと閃くものがある。するとそれに気づいたリナが、ニヤリと笑って話を続ける。
「そうよ! 前にガズからツルハシをもらったことあったでしょ? そしてそれより前に、ガズはアタシ達に『最強の武器』をくれるって言ってたわよね?」
「まさかあの時もらい損ねた『最強の武器』が、そのツルハシだったと?」
「これもやっぱり、『かも知れない』ってだけだけどね。まあとにかく何か凄いツルハシを手に入れたから、アタシ達は教えられたもう一カ所に向かったの。そしたらそこにいたのが……」
「……デルトラか」
「あーっ!? 何で言うのよ! アタシが言いたかったのに!」
「知らんがな」
抗議するリナを、俺はあっさりそう切り捨てる。この流れでデルトラじゃなかったら、むしろそっちの方がビックリだと思うんだが……まあいいや。
「ぶーっ。いいわよもう、確かにそこにはデルトラがいたの。ただし今度は人間じゃなく、魔物枠ね。真祖の吸血鬼、デルトラ。レベルは……手応え的に多分七〇くらいだったんじゃないかな? こう言ったら何だけど、今のアタシ達の敵じゃなかったわね」
「それは何と言うか……残念だな」
限界突破してカンストの二五〇レベルまであがったリナ達からすれば、表の限界である一〇〇レベルにすら達していない敵など勝負にもならないだろう。かつて死力を尽くして戦い、最終的には相打ちとなった相手の大幅な弱体化は同情を禁じ得ない。
「ということでサクッと倒したんだけど、そうしたら明らかに致命傷なのに次元を超える技術がうんたらかんたらって長い台詞を言い出して、最後に虹色のオーブと研究日誌を落として消えたの。
で、その日誌に書いてある内容を実行すべく、学園の広場に虹色のオーブを置いて光るツルハシで思いっきりぶっ叩いたら、両方が砕け散るのと同時にここに繋がる裂け目ができたってわけよ!」
「おぉぅ……何か最後の方、スゲー雑じゃないか?」
「そんなのアタシに言われたって知らないわよ! ただ言えるのは、この一連の流れって、どう考えても仕組まれてるわよね?」
「そうだな。そこまで言ったら偶然ってのはねーよな」
いなくなった俺をリナ達が探すのはまあいいとして、その旅先でアルマリアにそっくりな……あるいは記憶や能力を全部失ったアルマリアに出会い、その言葉でガズとデルトラにまで再開して必要なアイテムを揃え、こんな場所までやってきた? 現実世界なら一兆歩くらい譲って凄い偶然と言えなくもないだろうが、この世界……ゲームの世界なら何らかのフラグが働いたとしか思えない。
てか、今までもそういう突発イベントって何回かあったしな。なら今回もそういうのが発生したと考える方が自然だろう。
「クッ……アッハッハッハッハ……!」
「おい、カイル?」
「え、突然何!?」
と、そこで不意に笑い出したカイトに、俺とリナのみならず、他の皆も眉根を寄せてその姿を見る。すると腹を抱えてひとしきり笑い続けたカイトが、目に浮かぶ涙を拭ってから俺の方を向き直った。
「いや、すまない。まさかこんなに面白い話が聞けるとはね」
「そ、そうか? まあ興味深い話ではあったけども」
「クックック……そうだね。とても興味深くて面白い。まさか世界がこんな舞台を用意してくれるとは!」
ガタッと椅子から立ち上がったカイルが、そのままテーブルから離れていった。俺達に背を向け、両手を広げながら天を仰ぐ。
「そうとも! そんなのが偶然のはずがない! 世界が君達をここに送り込んだんだ! 最後の決戦のために、仲間全員が合流したんだよ!
やはり世界は君達を選んだ! 僕は今、君達に……主人公に倒されるべき敵に認定されたんだ! ハッハッハッハッハ!」
「……皆、気をつけろ。戦闘準備だ」
カイルから溢れる尋常では無い気配に、俺もまた席を立ちながら仲間達にそう告げる。戦いを望む気はないが、この状況でボーッと座っているわけにはいかない。
するとカイルがクルリとこちらを振り返り、ギラギラと輝く瞳で俺達を見つめてくる。
「僕が選んだ、望んだ通り、君達は裁定者となった。きっとこのままなら、僕は最後の最後で君達に負ける……そういうシナリオになっているはずだ。
でも、それは違う。僕はあくまで君の、君達の力で僕に勝って欲しかったんだ。世界に結果を押しつけられるのは、僕達の選択じゃなくなってしまう! だから……」
カイルが、そっと右手を挙げる。
「世界よ、僕の意識をお前にやろう。だからお前の力を僕によこせ!」
「なっ!? おい、それは……っ!?」
その言葉の意味するところと結果を知っているだけに、俺は思わずカイルの方に手を伸ばしてしまった。だが当然それが届くことはなく、カイルの瞳が虹色に輝いて……やがてその口元が血の三日月のようにニヤリと歪んだ。
「さあ、これで対等だ。世界に選ばれた君達と、世界の力……神の如き全ての力の実行者を取り込んだ僕。どちらの願いが選ばれるか、これが最後の勝負だ!」
ふわりとカイルが飛び上がると、その背に黄金の翼が広がる。世界の終わりを賭けた最後の戦いが、今俺の意志とは無関係に始まった。