残された方だって苦労はしてるよな
「へー、そんなことになってたのね」
俺が聞いたのと同じ話を一通りカイルから聞き終えると、そう言ってリナがお茶を啜る。長い話だったので最初のお菓子はとっくに食べ尽くしており、今は煎餅と緑茶を飲んでる感じだ。
何でそんなもんがあるかって? 魔物がカットケーキを落とす世界で野暮なこと言うなよ……ふむ、お茶ってあんまり飲まなかったけど、割といいな。
「まあ、うん。そうなんだよ……おかしいな、こんな間延びした空気感が出るような内容の話じゃなかったと思うんだけど……世界が同じ時間を繰り返しているとか、かなり衝撃の内容じゃなかったかい?」
「いや、アタシは知ってたし……」
「自分も知ってるッス!」
「衝撃ではあるが、実感が全く湧かないのがな」
「そうですね。それにカイルさん? の話からすると、私達の主観ではどうやってもそれを認識できないんですよね? そうなると尚更……」
「クロには難しくてよくわかんなかったニャ。とりあえずクロが困るわけじゃないっぽいからそれでいいニャ」
「神の大いなる意志がそうお決めになったのでしたら、私はただ従うだけです」
「研究したい。凄く研究したい……」
「だって。あとはアンタの境遇の話の方だけど……同情の余地とか納得出来る部分もあったけど、基本的にはアタシ達ってアンタの願いに巻き込まれて消される側なわけでしょ? そうなると……ねぇ?
それにこういうのって変に同情される方が嫌っていうか、すっごい真剣に『大変だったね、辛かったね』とか同情されると、『話を聞いただけの奴がわかったようなことを!』って、逆にムカついたりしない?
かといって『その程度のことで甘えるな』なんて言ったらブチ切れるでしょ? だからこのくらいのゆるーい感じで流すのが一番いいのよ」
「それは……あー、うん。確かにちょっと否定はしきれないかな……」
リナの言葉に、カイルが何とも言えない渋顔になる。うーん、俺は特に何も考えず自然に対応してたけど、これ変な反応してたらその場で戦闘になってたんだろうなぁ。
「ふぅ……よし、それじゃこっちの話は終わりだ。約束通り、次は君達がどうやってここに来たのかを教えてくれるかい?」
「いいわよ。アタシ達はね……すっごい頑張ったのよ!」
睨むような目をするカイルに、リナがそう言って胸を張りドヤ顔を決める。するとカイルが目を細め、その体から威圧感が滲み出てくる。
「一応聞くけど、まさかそれで終わりじゃないよね?」
「そんな顔しなくてもちゃんと話すわよ! ただ全部を話すのは流石に面倒……ゲフンゲフン、ちょっと長くなりすぎるから、ある程度要点を掻い摘まんでね。ということで、まずはシュヤクが、その…………死んじゃった時のことよ」
リナの言葉に、アリサとロネットがビクンと体を震わせる。するとすぐにクロエがロネットに、セルフィがアリサに寄り添い、それを横目で見たリナが話を続けた。
「あの後ね、アリサ様もロネットたんもすぐに我に返ったんだけど、だからこそ大変だったって言うか……半狂乱になったロネットをアタシが必死に押さえ込んで、茫然自失してたところから突然自分の首を斬ろうとするアリサ様の手からクロちゃんが剣を奪い取ったり、そりゃあもうゴチャゴチャしてて……
でも、その時よ。突然アンタの死体が消えたの。それこそ魔物を倒した時みたいに、何の痕跡も残さずフッとね。それでアタシはピンときたのよ。あ、これ死んでない……死んだのは死んだんだろうけど、一般的な死亡と違って、どっかで復活してるやつだって。
だからアタシは二人を説得して、まずは最奥の転移魔法陣から第一階層に戻ったの。で、そこで学園へのショートカットが使えるようになってからそのまま跳んだんだけど……予想に反して、アンタの体は保健室になかった。
でも、だったらアンタは何処にいるの? わからない。わからないなら探しにいけばいい。そうしてアタシ達は、アンタを探す旅に出たのよ!」
「出たのよって、随分勢い任せだな」
確たる根拠もなく、目標すら曖昧な出発宣言に、俺は思わずツッコミを入れてしまう。するとリナが改めてアリサとロネットをチラ見してから、苦笑しつつ口を開く。
「仕方なかったのよ。当時はそうするしかなかった。そうしなきゃいけない状況だったの。アンタが生きてる、絶対何処かで復活してる……そうじゃなきゃ駄目だったのよ」
「……ああ、そうか」
自分で言うのも何だが、俺なんて「たかが女に振られただけ」であっても、立ち直るのに何年もかかった。ならば自分の好きな相手を、操られたとはいえ自分の手で殺してしまったら、その心にはどれほど深い傷が生まれるだろうか? アリサもロネットも、きっと俺が想像もできないくらい苦しんだんだろう。
希望が、救いが。あの二人には……いや、平気そうにしてるリナやクロエにだって、たとえそれが蜃気楼であったとしても、踏みとどまって耐えるだけの未来が必要だったのだ。
「邪神が倒されて空が元に戻って……結局世間では『あれは単なる異常気象だった』ってことで落ち着いたわ。遠方に避難してた生徒達も戻ってきて、授業も再開されたけど、アタシ達は学生には戻らず、アンタを探すことを選んだ。
もしアンタが学園に戻ってきた時のことを考えてモブロー達には留守番してもらって、アタシとアリサ様、ロネット、クロちゃんの四人で、世界中を探し回った。ゲームでは見られない景色も山ほど見られて、そりゃあもう大冒険だったんだから! そうよね?」
「あ、ああ。そうだったな」
「そうでしたね、あはは……」
不意にリナに話題を振られ、アリサとロネットが引きつった笑みを浮かべる。その表情がやや暗いのは、当時の旅路を思い出したからだろう。
長距離移動ならあの馬車を使っているはずだから、クロエは御者だ。となればリナが一人で頑張って盛り上げたのだろう。アリサやロネットが少しでも元気になれるように、その旅が悲しく辛い贖罪の道にならないように、きっと手を尽くしてくれたのだとわかる。
「すまなかったな、リナ。当時の私は……」
「いいのよそんなこと! もう終わったことだし……何よりちゃーんとシュヤクと生きて再会できたんだから、もう変なこと考えないでしょ?」
「うむ! いや、シュヤクが求めるのなら、この首を差し出す覚悟くらいはあるが……」
「いやいや、求めねーから! なら改めて言っとくけど、俺はアリサもロネットも全然恨んでねーし、むしろうっかり不意打ちを食らっちまったせいで二人を傷つけたことをこっちが謝りたいくらいだからな?」
「馬鹿を言うな! そんなことをされたら、私の立つ瀬がないではないか!」
「そうです! 遠慮せず何でも言ってください! シュヤクさんのためなら、裸エプロンだって逆バニーだって、私何でもしますから!」
「ブホッ!? おいロネット、それ誰から聞いた話だ?」
「え? どうにかしてシュヤクさんに謝りたいと悩んでいた時に、モブローさんが『男ならこれが一番ッス!』と教えてくれたものですが……?」
「先輩のためにバッチリ教えといたッス!」
「お前なぁ……」
心底呆れた声が出るが、そういう馬鹿な話だってロネットの罪悪感を薄れさせる要因だったかも知れないと考えると、素直に怒るのも……いや、怒ってもいいか? でもモブローだしなぁ。こいつなら本当に善意でそういうことを言ってる可能性も微粒子レベルで存在しているかも……
「すまない。君達の心情に関してのあれこれを蔑ろにするつもりはないんだが、ちょっと話の本筋からはずれてるんじゃないかな?」
「え、ああ、ごめん。なら話を戻すけど……そうやって世界を巡った先で、アタシ達は驚きの人物と再会したの。誰に会ったと思う?」
「うん? 再会して驚く人物……ミーア先輩とかか?」
リナの問いに、俺は少しだけ考えて答える。王都の外に行ってそうな知り合いなんてミーア先輩くらいしか思いつかなかったんだが、そんな俺の答えにリナはチッチッと舌を鳴らしながら立てた人差し指を振る。
「フッ、甘いわねシュヤク! アタシ達が出会ったのは……なんとアルマリアよ!」
「「……は?」」
あまりにも予想外のその答えに、俺とカイルの間抜けな声が見事なハーモニーを奏でた。