え、この流れからそういう感じになるの!?
「……さて、大分お喋りしたね。それじゃそろそろいいかな? gravity.exe起動」
「うおっ!?」
聖剣を構えたカイルがそう口にすると、俺の体が見えない床の上にドスンと落ちる。どうやら重力の発生により、この空間に上下の概念が発生したようだ。
「いたたた……お前、そういうのはやる前に言えよ!」
「ははは、ごめんごめん。それじゃ、はい」
文句を言う俺に、カイルが持っていた聖剣をクルリと回し、柄を俺の方に向けて差し出してくる……?
「え? 何?」
「返すよ。これは君が持つべきものだから。それにここからの戦いには、これが必要になるだろうからね」
「戦い? 今から何かと戦うのか?」
普段使いには向かない聖剣をインベントリにしまい込みつつ問う俺に、しかしカイルは無言のまま距離を取り、元々腰に佩いていた剣を引き抜いて構える。
「カイル……?」
「終わりがあるからこそ、世界は尊い。僕はその考えが正しいと、今でも心の底から信じてる。でもね、世界を終わらせたくないと頑張った彼らのことを、間違っていると否定するつもりもないんだ。
ガズも、アルマリアも、デルトラも……きっとそれぞれの想いを抱いて、僕から世界を守る為にずっと戦っていたんだ。でも僕からすると、彼らの言葉は世界に言わされているだけの台詞としか思えなくて……僕は彼らと戦う道を選んだ。
正直、それには後悔してる。彼らにも心が、それぞれの意志があるのだと気づいた時には、僕達の間にはもう戦いしか成り立たなかった。どちらかがどちらかを倒し、どちらかの願いだけが叶う未来しかなかったんだ。
そしてそんななか、彼らは彼らなりに最善をつくして僕に、君に立ち向かい……そして敗れた。なら僕もそうするべきだろう? そうじゃなきゃフェアじゃない」
構えた剣の切っ先を、カイルが俺に向けてくる。決意に満ちたその顔は、しかしどこか揺らいでいるようにも見える。
「君だ。君が決めるんだ。僕は僕の正しさを証明するために、今こそ君に挑む!」
「いやいや、ちょっと待てよ!? 何となく言いたいことはわかるけど、何で俺が……」
「ならいいのかい? 君の仲間や友人、君を好きだと言ったあの子達もまた、僕が勝って世界が終われば一緒に消えてなくなるんだよ?」
「それは……っ」
その言葉に、俺は思わず口籠もってしまう。皆の生き様を無駄にしたくない一方、当然ながら皆に死んで欲しいなどとは思っていない。そんな矛盾する感情を抱く俺の姿に、カイルは優しく微笑みかけてくる。
「そうだ、それが普通だ。それが君なんだ。何度もある偽物の人生なんていらないと言いつつも、じゃあ彼女達が終わって……消えてしまっていいとも言えない。
迷って悩んで、何が正しいかなんてわからない。そんな君だからこそ、この世界の未来を委ねられるんだ」
「そうか? 普通そういうのって、ズバッと決められる奴を選ぶんじゃねーの?」
「でも、君はその『ズバッと決めた奴』を倒してここまで来たんだろう?」
「うぐっ!? ま、まあ結果的には……?」
「そういうことさ、外からやってきた自由な君。君が彼らの正しさを自分の正しさで蹴散らしたように、僕もまた僕自身の正しさを証明するために、彼らと同じく君に立ち向かい、彼らと違って勝利してみせる! さあ、いくぞ!」
「くっそ、何でこんな……っ!?」
気合いを入れるカイルを前に、俺はやむを得ず剣を構えて身構える。でも正直、今のこの気持ちで剣を振れる気がしない。俺は……俺はどうすれば……っ!?
ドカーン!
「どっせーい!」
「やったッス! 開通したッス!」
「「…………は?」」
突如背後で巻き起こった爆発音に振り向くと、そこには如何にも空間の裂け目っぽいものが生じていた。あまりにも予想外な展開に俺とカイルが揃って間抜けな声をあげると、そこから見慣れた人影がこっちの世界に入ってくる。
「リナ!? それにモブロー!?」
「あ、シュヤク! ほら見なさい! やっぱり生きてたじゃない!」
「流石は先輩ッス。ゴキブリよりしぶといッス!」
「やっぱり? てかゴキブリってお前……っ!?」
思い切り人を指差してくるリナと、出会い頭にディスってくるモブローに声をかけようとした俺の体に、不意に軽い衝撃が走る。
「シュヤク!」「シュヤクさん!」
「アリサ!? それにロネット……!?」
リナ達の脇を走り抜けてきたのは、アリサとロネットだった。アリサが俺の首に手を回し、ロネットは俺の胴体にしがみつくように抱きついてくる。。
「よかった……よかった。本当に、本当に生きていてくれたのか……っ」
「まさかまた会えるなんて……っ!」
「二人共……心配悪かったな。俺はこの通りピンピンしてる……でいいのか?」
鳴きながら抱きつく二人を優しく抱きしめ返しつつ、俺はカイルの方に顔を向ける。俺の感覚的には今までと何も変わらないのだが、俺がここにいるのは間違いなく俺が死んだからのはずなので、果たして自分が無事なのかどうかがわからない。
だがそんな俺の問いかける視線に、カイルもまた酷く混乱した表情を見せる。
「何で、どうして君達がここに……一体どうやって?」
「それは勿論、皆で頑張ったのよ!」
「そうッス! 自分達の英知を総動員したッス!」
「あの、お二人とも? あちらの方はその過程を聞いているのではありませんか?」
「ニャニャ!? シュヤクが二人いるニャ! あ、でも片方はしょぼくれてるニャ! ならそっちがシュヤクに間違いないニャ!」
「おぉぉ……世界の壁の向こう側にこんな空間があるなんて! 死後の世界? でも私達は生きて辿り着けている……不思議。今すぐ調べたい」
「クロエにセルフィにオーレリアまで!? 皆で来たのか」
「そうよ! こんな豪華メンバーでアンタを迎えに来てあげたんだから、感謝しなさいよね! で、そっちのしょぼくれない方のシュヤクは、ひょっとして……?」
「……ああ、カイルだ」
「おおー、まさか本当に『もう一人の僕』がいるとは! 凄いッス! 燃える展開ッス! 狂戦士の魂が発動しちゃうッス!」
「いやいや待て待て! もうお腹いっぱいだから! また会えたのはスゲー嬉しい……心の底から嬉しいと思うけど、状況に理解が追いつかないっていうか……」
喜びと戸惑いでどうしていいかわからない俺が頭を抱えながらそう告げると、リナが腰に手を当て身を乗り出すようにして声をあげる。
「それはこっちだって同じよ! アンタここで何してるの? てか、ここ何?」
「真っ暗っていうか、真っ黒ッスね。ラスボスが潜んでる系の謎空間ッス!」
「いや、俺も詳しくはわかんねーけど……?」
俺が再びカイルに視線を向けると、釣られて皆もカイルの方を見る。するとカイルが持ち前のイケメンフェイスを、レモンを丸かじりしてもそこまではならないだろうというしかめっ面を向けてきた。
「えぇ? この流れで僕に説明を丸投げするのかい!?」
「そう言われても、俺には説明しようがねーし……駄目か?」
「…………君達がどうやってここに来たのか、その情報と引き換えなら教えよう。どうだい?」
「いいわよ。別にこっちは隠すことなんてないし」
「そうッスね。そもそもここにいる人にここに来る方法を教える意味があるのかはわからないッスけど」
「んじゃ情報交換会だな。なあモブロー、お前なんか飲み物とか食い物とかある?」
「あるッスよ。いつ何時でも配れるよう、鈴猫亭の最新フレーバーは常にストックしてるッス!」
「え、そうなの? ならアタシ泡雪エッグタルトに復興記念のサンライズティーね」
「わかったッス。他の皆はどうするッスか?」
「む? そういうことなら、チーズケーキと紅茶はあるか?」
「私はバームクーヘンとノンシュガーのカフェラテをお願いします」
「クロはサバケーキとサバクッキーがいいニャ! 飲み物ははちみつレモンがいいニャ」
「私はミルクだけで……ケーキはその……」
「我慢はよくない。それに今はウェストのサイズより場の空気を優先すべき。私はとろけるバターのホットケーキを三段に、レグナス産のアールグレイがいい」
「オーレリア様!? うぅぅ……ショートケーキを追加でお願いします」
「なあリナ? 俺の知らないメニューが結構あるんだけど?」
「ふふふ、時代は進んだのよ! で、アンタは何にするの? カイルは?」
「…………ティラミスをくれ。それとブラックコーヒー」
「はぁ、こんな流れになるはずじゃなかったのに……それじゃ僕はガトーショコラと……そうだ、ヘップシコーラはあるかな?」
「あるッスよ。コカ……じゃない、コケットコーラもあるッス!」
「懐かしいな……あっと、流石にテーブルくらいはあった方がいいね」
カイルがパチンと指を鳴らすと、俺達の前にでかい丸テーブルと人数分の椅子が出現する。そこにおのおののおやつと飲み物を並べると、暗い世界に場違いな雰囲気と共に俺達は情報交換を始めていった。