最近の流行は分かりやすい勧善懲悪なんだがなぁ
「その剣は……!? 何でお前がそれを持ってるんだよ!?」
「何を言い出すかと思えば……僕と君は一心同体なんだから、君の体に吸い込まれたものを僕が持っているのは当然だろう?」
「いや、まあ、それは……でもそれ、俺が何度やっても出てこなかったんだぞ!」
ちょっと不貞腐れた感じで言う俺に、カイルが弄ぶように剣を揺らしながら楽しげに笑う。
「それはそうだよ。この剣は概念的なものだからね。むしろ物理的に形を保っていることの方がおかしいんだ。世界がこれを『剣』と定義していなければ、きっと最初から形にならなかっただろうね」
「えぇ? そんなこと言われても……」
「違うと思うかい? この剣の力を知っている君が?」
「むぅ……」
苦笑するカイルを前に、俺は思わず顔をしかめて唸る。俺が持っていった太陽鋼でミモザが造った剣は、その製造方法で言うなら間違いなくごく普通の剣だ。
だがその性能の方で言うなら、これは確かに普通でも剣でもない。人の意志をプログラムコードに変換して直接実行できる翻訳機……それがこの剣の本質だ。
ならそれは物質的なものではなく、スマホのアプリみたいなもんだと言われると納得しかない。実際俺の中に吸い込まれたそれは、形を失い物理的な干渉力が一切なくなったかわりに、その機能で俺を助けてくれていたわけだしな。
「この剣の正式名称は、正鍵SoulWriter。人の魂、そこに書き込まれた意志を世界に伝わるように変換し、世界の理に干渉することのできる神器さ。僕の願いを叶える為にはどうしてもこれが必要で……でもどうやってもこれを手にすることはできなかった。
だってそうだろう? この剣は邪神を封じている一本しかなくて、それは邪神の封印を解くと砕けてしまう。かといって封印されている状態では邪神から引き抜くこともできない。つまりどうやっても入手できないってことさ。
だから君がこの剣を新たに造り出した時はビックリしたし、その後ずっと不可能だと思っていた『封印を解かずに邪神から剣を回収する』なんてことをやったときは、腹を抱えてわらっちゃったくらいだよ。君は本当に自由だよね」
「あー、そうかい。ま、楽しんでくれたなら何よりだよ」
「そんな顔しないでくれよ。僕は本当に感謝してるんだ。君にも……そして君が剣を手に入れる決定的な手助けをしてくれた、彼らにもね」
「彼ら? デルトラ達のことか?」
不意に予想外の名前を出されて首を傾げる俺に、カイルが大きく頷いて答える。
「ああ、そうだよ。さっき彼らが僕を消すために君の魂を上書きしたって言っただろ? 特別な役をもってない人になら後付けで上書きすることもできるけど、僕に対してそれはできない。
だって僕は、この世界が始まった瞬間から終わるその時まで、ずっとシナリオに関わり続け、動き続けているからね。一度も休止状態にならないんだから、上書きするタイミングなんてないでしょ?」
「ふむ、そりゃそうだな」
稼働してるアプリのコア部分を稼働させたまま上書きアップデートなんて、どんな天才プログラマーでも無理だろう。やれるとしたらプログラムを細分化し稼働部分と休止部分に分け、休止部分だけを少しずつアップデートしていく方法だが……人間の魂とか意識なんてもんが細分化できるとは思えねーしなぁ。
「でも実際に俺はお前のなかにいるわけで……じゃあどうやったんだ?」
「簡単さ……いや、考え方としては簡単ってだけで、実行するのは難しかっただろうけどね。僕が僕として活動を始めてしまったらもう『上書き』はできない。だから彼らは活動前の世界を……この世界に『過去』を追加したんだよ」
「へ?」
言っている意味がわからず、俺は間抜け面で首を傾げる。
「過去を追加って……過去は普通にあるだろ? いやまあ、この場合は設定になるのか?」
「そう、設定はある。でもそれは『そういうことがあった』というだけで、実際にその時間が存在しているわけじゃないんだ。たとえば僕は母さんの息子だけど、それはそう設定されているだけで、実際に母さんが僕を産んだわけじゃない。ただ『産んで育てた』という設定があるだけでね。
君の生きた世界には、こういう状況を現す言葉があるだろう?」
「うん? ああ、世界五分前説ってやつか……」
世界五分前説。それは読んで時の如く、世界は五分前に誕生したばかりで、それ以前の歴史は単なる記録でしかないという、昔からあるトンデモ理論だ。だがこの世界においてはそれが正しい。何故ならこの世界……プロミスオブエタニティの世界は、まさしく主人公が学園生活を送る三年分しか存在しないからだ。
「世界に未来を追加することはできない。何故ならそれは『今』から繋がりまだ何も決まっていない白紙の時間だから。
でも過去は違う。今に繋がる過去はシナリオによって存在が確定したものであり、だからこそそれに矛盾しないなら、その世界を『本当にあった』ことにできる。そう信じて彼らは努力し……僕が生まれた瞬間、本来の世界が始まる一五年前までの世界を造ることに成功したんだ」
「おぉぉ……? え、じゃああの世界には三年じゃなく、本物の歴史が一八年分あったってことか?」
「そうだね。正確には君が死んで世界が終わってしまったから、一六年分くらいだったけれど。そして生まれたばかりの僕は、まだシナリオと無関係だ。だからそこに君の魂を上書きし、ゆっくり時間をかけて馴染ませていって……その結果がどうなったかは、君自身のことだからわかるだろう?」
「まあ、な……」
それは俺がこの世界でシュヤクとして目覚めた日。確かにあの日、俺のなかには「田中 明」の意識と一緒に、シュヤクとして過ごした記憶もあった。なるほど、だから俺の名前は「カイル」じゃなく「シュヤク」だったわけか。
そもそも別人だから別の名前が与えられなければならず、だが「カイル」以外の名前は登録されていなかったから、やむを得ず役職としての「主役」がそのまま名前になった……とかか?
まあ、うん。わからん。とにかくあの日俺の記憶にゲームの設定では存在しない母親の記憶なんかがあったのは、その過去が「実際にあった」からだということだけはわかったが、それ以上は何もわからん……うん?
「俺のシュヤクとしての記憶が設定じゃなく本物だったってのはわかったけど、それと聖剣と何の関係があるんだ?」
「わからないかい? 過去の世界を拡張するということは、僕だけじゃなくこの世界に生きる全ての人の……とりわけヒロイン達の過去もまた再現されるということなんだ。
だから君は、本来なら訪れることのできないガーランド伯爵領に行けただろう? アリサの過去が現実となったから、世界がそこまで広がったんだよ。
そしてそこで、君は本来の世界には存在しない太陽鋼を発見し、ミモザに頼んで二本目の聖剣を造りだした。そしてその力を利用することで、一本目であるオリジナルの聖剣も手に入れて……」
「邪神が復活。その結果が今のこれってことか」
「そういうこと。皮肉だよね、彼らは『僕』を消すために必死で頑張ったのに、その努力こそが絶対に叶わないはずだった『僕』の願いを叶えてくれるんだ」
手にした聖剣を頭上に掲げ、カイルが無邪気さと狂気を併せ持った笑顔を浮かべる。そしてその様子に、俺はようやくガズやアルマリア、デルトラのことが理解できた気がする。
世界を滅ぼそうとする魔王から、無限に繰り返し永遠に終わらない平穏な世界を守る勇者。一人また一人と仲間をやられ、最後の一人がようやく相打ちに成功して世界を守ったと思ったら……
「…………ああ。確かに皮肉としか言いようがねーな」
カイルの想いもデルトラ達の願いも、どちらもわかる。だからこそ俺は何とも中途半端に唇の端を吊り上げることしかできなかった。