こいつはキャンセルできないタイプのイベントシーンだな?
「い、いやいや。完全に世界を無に還すって……」
ラスボスみたいなことを言い出した主人公に、俺は引きつった笑みを浮かべながら辛うじてそう口にする。だがそんな俺の反応に、カイルは苦笑しながら軽く首を横に振る。
「ははは、やっぱりそういう反応になるよね。ならちゃんと話すよ。どうして僕がそんな考えを持つようになったのか……その物語をね」
カイルがパチリと指を鳴らすと、暗い世界に明るいモニターが出現する。そこに映し出された「プロエタ」のゲーム画面を背に、カイルはゆっくりと話し始めた。
――この世界は繰り返している。僕が学園に入学する直前から卒業した後までの三年間がこの世界の全てであり、僕達はそのループする世界で決められた役を演じる俳優、あるいは操り人形だった。
でも、それならそれで別に構わなかった。何にも気づかず何の疑問も覚えず、ただただ繰り返すだけならそれはそれでよかったんだ。だって疑問や不満を覚える気持ちすらないわけだからね。
でもある日……そう、ある日突然、僕は「僕」に目覚めた。そうなった理由なんてまるで見当もつかないけれど、とにかく僕は自分の意志を手に入れた……手に入れてしまったんだ。
そこからは辛い日々だった。僕の頭の中にはこれから起こる全ての出来事の記憶があり、目の前の人物の顔も名前も来歴も、何なら次に喋る言葉すらわかっている。
だというのに、あるいはだからこそ彼らは決められたことしか話さない。僕がシナリオから外れた会話を持ちかけたり、明らかにおかしな行動を取ったとしても、同じ台詞を繰り返すだけなんだ。
そしてそれは、僕と共に戦い、心を交わし合う仲間もそうだった。定められた出会いを果たし、何度も聞いた身の上話をして、一言一句違わない愛の言葉を囁き、仮面のような笑顔を浮かべる。
そんな世界に、僕は耐えられなかった。頭がおかしくなりそうで何もかも投げ出して逃げたりもしたけれど、無駄だった。世界の果てには壁があり、そこより先には何もない。そして僕が何をしてもしなくても、最長三年で世界は最初に戻り、僕は家に帰ってしまう。
家で寝て過ごす三年があった。シナリオではほとんど関わらないような場所に隠れ潜んだ三年があった。でもそんな日々を過ごしても、世界は何も変わらない。それにそうして「僕」が弱く無力になると、僕の体はかつてのように勝手に動いた。
定められた役を全うするように動く自分を、僕は頭の片隅からボーッと眺めて過ごした。何回も、何十回も、何百回も、何千回も。でもどれだけ経っても「僕」は消えず、その辺までいくと孤独や絶望にも慣れてしまって……僕は小さな活動を始めた。すれ違う人に「おはよう」と挨拶をしてみたり、料理を食べたら「美味しかった」と感想を言うようにしてみたんだよ。
それはちょっとした遊びであり、世界への抵抗だった。当然何の返事もないのだけれど、それでも僕は言い続け……ある日、変化が起きた。町ですれ違うだけの名前もない誰かが、僕の挨拶に「やあ、おはよう」と返してくれたんだ。
衝撃だった。通り過ぎた後にその事実に気づいて、驚いて全力ダッシュして戻っちゃったくらいだよ。まあその時はそれ以上反応があったわけじゃないんだけど、その後も根気よく話しかけ続け、何十周もそれを繰り返し続けたことで、遂にその人とは普通に会話が成り立つようになった。そう、時間をかければ舞台の上で決まった動きしか許されていない俳優を、ただの人間に変えることができると判明したんだよ。
そこから僕の世界は変わった。多くの人に話しかけ続け、多くの人を「人間」に変えていった。中でも顕著な変化があったのは、君もよく知っているヒロイン達だ。何せ彼女達とはシナリオの都合上ずっと一緒にいることもできるからね。
とはいえ、何もかもが自由にはなったわけじゃない。やっぱりシナリオの縛りはあったし、手を繋いだりキスくらいまではできるけど、その先まで進もうとすると突然動きが止まってしまって本気で焦ったりとか……あっと、これは秘密だった。ごめん、忘れて。
ゴホン……まあとにかく、僕は幸せだった。彼女達の「好き」という言葉を心から信じられるようになった。前の周で恋人だった子の前で違う女の子と恋人になって祝福されるのとかはかなり微妙な気持ちになったりもしたけど、でも一周一周、その世界での出来事は全部「本物」で……
「……だから、僕は耐えられなくなったんだ」
楽しげだった表情から一転、カイルがギュッと眉根を寄せて辛そうな顔になる。背後に映し出されていた各ヒロインの個別エンドのスチルが消え、世界が再び暗闇に閉ざされる。
「彼女達は、間違いなく人間だった。なのに次の周に入ると、それまでの想いを全て忘れてしまう。悩み苦しみようやく手に入れた答えも、必死に頑張って辿り着いた幸せも、何もかも。
じゃあ、彼女達の生きた時間には、僕と過ごした時間には何の意味もなかったのか? あの日々は全部どうでもいい、何の価値もないものとして消え去るようなものだったのか?
そんなことないと、僕は信じている。たとえ何度も繰り返せるとしても、その一つ一つが唯一無二の価値のあるものだったと。
君がさっき言った通り、人生は一度きり……一度きりだから尊いんだ。何度も繰り返すなんて、そんなの間違ってる。
だから僕は世界を終わらせたい。たった一度の人生を精一杯生きて……それで終わりにしたいんだ。僕の、皆の人生を、何度でも繰り返せる安っぽい演劇じゃなく、本物の人生にしたいんだよ!」
「……………………」
拳を握って訴えるカイルに、俺は何も言えない。
それを単なる破滅願望だと揶揄するのは容易い。でもそれはきっと、そんな単純なものじゃないんだ。たった一度で終わってしまう世界を生きた俺が、どれだけ望んでも終われない世界を生き続けるカイルに、どうして自分の価値感、正しさを押しつけられるだろう? そんな傲慢さ、俺にはない。
「そうして僕は、世界を終わらせる手段を探し始めた。でもそれは世界を壊すってことで、世界に対する明確な反逆でしょ? だから世界は、僕を邪魔するために彼らを生みだした」
「彼ら……デルトラ達のことか?」
俺の問いに、カイルがこくんと頷く。
「そう。シナリオから外れて自由に動く僕に、シナリオで縛られた存在じゃ対抗できない。だから世界は彼らに僕と同じ『自我』を与えて僕を阻もうとしたんだけど……自分の意志があったら、世界のいいなりになんてならないよね。彼らは彼らで世界から離れ、でも世界を終わらされたら困るって事で、独自に僕と対立したんだ。
それは長くて厳しい戦いだった。僕は明らかに世界から優遇された存在だったけど、彼らも世界の力の一部を奪い取って自分達で使っていたからね。単なる『強い役』では『台本に手を加えられる相手』には対抗しきれなくて、最終的には僕は負けてしまった。
後顧の憂いを断つために、彼らは僕を消したい。でも僕はこの世界で極めて重要な役を与えられているから、世界は僕を消させない。故に彼らが取った手段は、世界の外側に漂っていた魂を僕に上書きして、『僕』だけを消すというものだったんだ」
「へー。で、その上書きされる対象が俺だった、と。気になることはスゲーあるんだけど、なら俺がお前の体に入っちゃったのは偶然なのか?」
そもそも日本で死んだらしい俺が何でゲームの世界のキャラに上書きされたのかとか、この世界は俺の生きていた現実世界からするとどういう関係になるのかとか、知りたいことは無数にある。
が、この感じだとカイルに聞いてもその辺はわからないだろう。なのでとりあえずわかりそうなことを聞いてみたんだが……そこでカイルがニヤリと怪しげな笑みを浮かべる。
「いや、違うよ。彼らは適当な魂を選んだつもりなんだろうけど、そこは僕が最後の力を振り絞って、君を選んだんだ。僕と同じくこの世界の住人を人間として見てくれる、そんな価値感を持った人をね。
もしそれに失敗していたらどうなったかは……君にだってわかってるだろう?」
「あー、なるほど……」
俺の頭に浮かんだのは、ゲームの力を取り込んだ時の自分だ。確かにあの時の俺の感じなら、この世界をゲームだと受け入れて過ごしていたことだろう。
「魂をチラ見した程度で人の本質なんてわかるわけないから、結構な賭けだったけどね。でも僕は見事にそれに勝ち……そして今、君がここにいる。この剣を持ってね」
「あっ、それ!?」
カイルの手のなかに、フッと剣が出現する。それはデルトラの脳にぶっ刺した邪神を封印していたオリジナルではなく、俺がミモザに頼んで造ってもらった……俺の中に吸い込まれて消えたもう一つの聖剣だった。