たとえどれほど小さくたって、希望は常にそこにある
「くっそ、ふざけんな! 皆下がるぞ、固まれ!」
目の前に現れた理不尽を超える光景に、俺は仲間に叫びながら全力で後退する。前方三面と違って背後だけは元の壁のままだったので、何とかそれを背にすることで囲まれることは防いだが……それで事態が好転するほど、この状況は温くない。
「「「グォォォォォォォォ……」」」
「魔法が来ます!」
「アリサ!」
「イージスシールド!」
現れた光の盾が、邪神達から降り注ぐ闇の魔法を受け止める。ギシギシと音を立てるそれは、辛うじてその猛攻を防ぎきっていた。
「ぐぅぅ……何とか防げているが、長くは保たんぞ!」
「わかってる! 俺とクロエが飛び出すから、ロネットとリナは援護を頼む!」
「ちょっ、流石に無茶でしょ!?」
「わかってるけど、このままじゃジリ貧だからな。少しでも減らさねーと……」
焦る俺の言葉に、しかしリナがガッシリと肩を掴んで引き留める。
「わかってないわよ! 敵がどれだけいると思ってんの!? こんなの少し減らしたって何の意味もないわよ!」
「それは……」
「でも、減らさなかったらずっと減らないニャ! ここにいてもいつかやられちゃうニャ!」
「そうだけど……だからこそ冷静になって考えましょ。今のアタシ達に何ができるのか」
必死にそう告げるリナの声もまた、恐怖に震えていた。それに気づいた俺は体から力を抜き、煮えていた頭から熱を逃がすように大きく息を吐く。
「ふーっ……わかった。ロネットはアリサをサポートしてくれ。俺とリナとクロエで作戦を考えてみる」
「わかりました。ポーションは……」
「全部使い切ってもいい。アリサの防御を破られたら、どっちみちその時点で全滅だろうしな」
俺の言葉に、ロネットが頷いてアリサの側による。それを確認すると、俺は改めてリナ達に向き直った。
「さて、どうするかだが……そもそもこいつら、どれだけいるんだ?」
「沢山すぎて数え切れないニャ」
「一〇〇や二〇〇じゃないのは確実ね」
「つまり、倒すことにほぼ意味がないってことか……」
俺達は五人という小集団なので、敵がどれだけいても一度に攻撃してくる……こんな小さい的に攻撃できる数は精々四体か五体くらいまでだろう。
だが逆に言えば、敵が五体以下になるまではどれだけ倒しても実質的な被害は変わらないということでもある。確かにこれじゃ俺の切り札を切って数十体の邪神を倒したとしても、戦況が好転することはないだろう。
「アンタが持ってる聖剣は使えないの? それって邪神を封じてた剣なんでしょ?」
「ん? あー……」
リナの指摘に、俺は手の中に邪神を封じていた武器、聖剣ソルブライトと思われる剣を出現させる。くたびれてはいるもののしっかりと形を保っているそれに、しかし俺は苦い表情を浮かべる。
「いや、無理だろ。どう使えばいいのかわかんねーし、仮に使えたとしても剣は一本しかねーんだぞ? あんだけの数の邪神を封印は物理的に無理だろ」
「むぅ。細かく砕いて破片を刺していくとか?」
「邪神を縦に並べて、お団子みたいに串刺しにするニャ!」
「ハッハッハ、どっちも難易度高そうだな。でも……ふむ?」
冗談みたいな提案だったが、クロエの方のアイディアに俺のなかで浮かぶものがある。
(武器を増やすってのは無理だが、敵をひとまとめ……そう、ゲームなら。これだけ大量の軍勢なら、ゲーム的には『邪神の群れ』みたいな一つの存在として扱えねーか?)
例えば戦略シミュレーションゲームなら、一〇人の軍隊を一ユニットとして操作したりする。ドラゴンを倒すような超有名国産RPGだって、全体攻撃・グループ攻撃・単体攻撃の三つに分かれていた。
つまり、多数を一とするのはゲームとしてよくある仕様なのだ。プロエタはアクションRPGなので範囲攻撃はあってもグループ攻撃はないのだが、もし上手いことゲームを騙すことができれば……
――SYSTEM G.A.M.E Standby......
(……今か?)
俺の脳裏に、かつて掴んで投げ捨てた救いの手が伸びてきているのを感じる。あれなら、あの力なら。世界の根幹に影響を与えられるあの力なら、目の前にいる大量の邪神を「邪神の群れ」という一塊に変えられるのでは?
今ならわかる。あの力は本当に何でもできる。ちゃんと受け入れさえすれば、この世界を自由自在に変えられる。だから――
『そっちじゃない。こっちだよ』
「……ん?」
「何? 真剣な顔で黙り込んでたけど、何か思いついたの?」
「あ、いや……」
リナに言われて、ハッと我に返る。あれ? 俺は今何を……違う、あのヤバい力を受け入れて、この状況を打破しようとしてたんだ。覚えてる、ちゃんと覚えてるし、やろうと思えばできる気もするんだが……
『気づいて。思い出して』
「むーん…………なあリナ、俺なんか忘れてることあるか?」
「は? アンタが何を忘れてるかなんて、アタシにわかるわけないでしょ?」
「そりゃそうだな。でも……」
「シュヤクさん! マナリジェネポーションを使い切りました!」
「すまん! あと一分だ!」
「っ!? わかった。必ず何とかする!」
横から聞こえた声に、俺は無責任にそう告げる。未だ何も思いついちゃいねーが、ここで「もう駄目だから諦めろ」なんて言えるはずもない。
「何か……何かないの!? 一発逆転の手段とか、こういうときのお約束でしょ!?」
「ねえ、シュヤク。その剣は邪神を封印してたんだよニャ?」
「ああ、そうだけど?」
「何で剣が刺さってるだけで邪神は封印されてたニャ?」
「へ!? 何でって……!?」
クロエの疑問に、俺は答えることができず言葉を失う。この剣というかミモザに造ってもらった剣というか、とにかく「聖剣」には極めて特殊な力があったが、しかしそれは「刺した対象を封印する」なんてものではなかった。
ならこの剣は、どうやって邪神を封印してたんだ? こいつの本来の使い方を考えると、どうすれば封じられる?
封印……なら削除じゃないだろう。stop? それともinterruptionか? どっちであっても結局対象の一体しか止められないから、今の状況じゃ……いや、違う? あの男は、デルトラは何て言って邪神を召喚してた?
――『Reconnect』
(そうだ。あいつはそう言って邪神を呼び出してた。リコネクト……再接続? 邪神はあの大量の脳みそに繋がって召喚されてる? それなら大層な力に頼らなくても、俺の手持ちの札でアレを使えば…………!)
まるで誘導されるように正解に辿り着き、俺の視界にバチバチと閃光が走る。ああ、いける。そのための札は、ちゃんと俺の手の中にある!
「俺が単独で集団を突っ切る! 少しでいい、敵の気を引いてくれ!」
「っ……わかった! 一〇秒で一旦スキルを解除し、二秒で再展開する! 皆、準備を!」
「ちょっ、正気!? あーもう、仕方ないわね!」
「クロエさん、これを投げてください!」
「任せるニャ!」
無茶苦茶な俺の頼みを、皆が何も聞かずに受け入れてくれる。その信頼に応えるべく、俺はアリサのスキルが切れた瞬間、全力で邪神の群れに向かって走り出した。
「お願いアタシ、力を貸して……っ! 『ウルト・ウォーターボルト』! くぅぅ……」
「『ゼロポイントオーブ』、いきます! えーいっ!」
「『破滅の雷霆』、全力投球ニャ!」
「閉じるぞ! イージスシールド!」
援護の魔法とアイテムが飛んできて、邪神の群れに炸裂する。極太の水の矢が降り注ぎ、絶対零度の冷気があらゆる存在を凍てつかせ、天から降る裁きの雷が凍った邪神を打ち砕く。その激しい攻撃で邪神達の気が逸れた隙に、俺はその脇を素早くくぐり抜けていく。
無論そんなことをすればすぐに俺に注目が戻るわけだが……
「女神の加護を今ここに! 絶対障壁!」
ここまでずっと温存していた切り札の一つを発動。仲間と離れているので効果範囲は俺だけだが、体を包む無敵のバリアは邪神の攻撃すら無効化し、どんな攻撃を受けてもよろけすらせず走り続けることができる。
(走れ! 走れ! 少しでも奥に!)
レベル二五〇の超人的な身体能力を十全に生かし、その上で限界を無視した圧倒的な疾走。途中で絶対障壁の効果が切れ、迫る邪神の攻撃を防ぐ溜めに振るった腕が吹き飛んだが、それでも俺の足は止まらない。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!! おぐっ!?」
走って走って走り抜いて、そんな俺の足を邪神の攻撃が吹き飛ばす。そのままズベッと床に転がり……辿り着いたのは壁の端、巨大な脳の入った水槽が大量に並ぶ場所。
「女神の加護を今ここに……完全治癒!」
そこで俺は、切り札の二枚目を切る。その瞬間俺の体を光の粒子が包み込み、千切れていた腕や足どころか肩こりや目の疲れまで全部まとめて綺麗に治った。
「inventory.exe起動! 女神の加護を今ここに! 必殺必中!」
万が一にも壊れないようにインベントリにしまっておいた聖剣を取りだし、俺は覚醒イベントで覚えられるようになる三つの切り札、その三枚目を切って剣を構える。命中率とクリティカル率が共に一〇〇%になることで、アホほど脆い剣は小さなヒビすら入ることなく、スッと巨大な脳の一つに突き刺さった。
「ぐぁぁぁぁ!? 貴様、何を……!? だがそれを一つ潰した程度で、この私は倒せナーイぞ!」
「だろうな。だからこうするんだ……disconnect.exe起動!」
プロエタはオフラインのソロゲーだが、今時のゲームならネットワークを介してアップデートパッチが当たるのは常識。ならばこそこのゲームのプログラムには「接続を切る」ためのものがあった。
無論、本来の用途とは違う。だが「接続されているもの」を「切断」するという効果を適用できるなら……
「「「グォォォォォォォォ…………」」」
不気味なうめき声を残して、邪神達が無に返っていく。光の洪水が吹き上がった後には、俺達とデルトラしか残らない。
「ウギャァァァァァァァ!?!?!?」
「……さあ、振り出しに戻したぜ? ここからが本当の勝負だ」
頭を抱えてのたうち回るデルトラを前に、俺は改めていつもの剣を腰から引き抜き構えた。