デルトラ
今回は三人称です。
「誰だお前!? ここで何してる!?」
部屋に入ってきたシュヤクが、デルトラに向かってそう叫ぶ。するとデルトラはニヤリと笑ってその問いに答えた。
「私が誰であるか? その問いに、私はこう答えヨーウ。私こそがお前達にとっての裏ボスでアールと」
「裏ボス!? お前もこっち側なのか!?」
「待って、邪神は!? ここにいた邪神はどうなったわけ!?」
「ああ、それナーラ倒しておいたよ」
「倒した!? 嘘でしょ、どうやって!?」
「どうと言われテーモ、普通に戦って倒しただけダーガ?」
「だからそれがあり得ないって言ってんのよ!」
何てことのないように告げたデルトラの言葉に、モブリナが懐疑的な叫びを叩きつける。だがそれも当然だろう。邪神は自分達……この世界では破格の能力を持つ主人公やヒロイン達が五人集まってようやく倒せる程の強敵。それを単独で倒せる存在などいるはずがない。
しかしその声にこそ、デルトラは笑みを深める。
「ふっふっふ、確かにそうダーネ。でもそれは、私が君達と同じ側だったらの話ダーヨ」
「同じ側? 何を……」
「っ……そうか!」
「シュヤク? 何が『そうか』なのよ?」
「簡単な話だ。魔物だったら、俺達とはステータスの上限値が違うのは当然だろ?」
「あっ……」
苦々しげな表情を浮かべるシュヤクの言葉に、モブリナがハッとする。そう、デルトラのレベルは邪神と同じ二五〇。そしてデルトラは主人公でもヒロインでもなく、倒されるべき魔物。故にそのステータスは邪神と同じく、プレイヤー五人と単独で渡り合えるものなのだ。
「ハッハッハ、ようやくわかったカーネ? 無論邪神は私と同じくらいのステータスだったケーレど……ふふふ、決められた通りにしか動かぬ人形など、私の相手ではなかったのダーヨ」
「チッ、マジの強敵ってことか……」
「シュヤクよ、どういうことだ? この男が強者だというのはわかったが……」
「あー、あれだ。こいつは魔物みたいに単純な攻撃を繰り返すんじゃなく、俺達みたいにフェイント使ったり裏をかいたり、そういう小技を使ってくるってことだ」
「それは……強いな」
シュヤクの言葉に、アリサが盾の柄を握る手に力を込める。魔物の能力は、総じて人間よりもずっと高い。だが知能はあっても知恵はなく、人のように努力して体を鍛えたり、新しい戦い方を身につけたりはできない。だからこそ人は魔物に勝つことができているのだ。
だが、魔物の力と人の知恵を兼ね備えた存在がいたら? それはただ強いだけの魔物とは違う、本物の強者。アリサの背筋にツッと冷たい汗が流れ、その目でデルトラを睨み付ける。
するとそれを受け、デルトラは苦笑しながら小さく肩をすくめた。
「おお、怖い怖い。そう睨まないでくれたマーエよ」
「だったら睨まれるようなことをしないで欲しいわね! ほらシュヤク、こんな奴さっさとやっつけちゃいましょう!」
「まあ待てってリナ。そんな簡単な相手じゃねーだろ」
息巻くモブリナを押し留め、シュヤクが慎重にデルトラを観察する。邪神ならばその能力や使ってくる技、行動パターンなどが把握できていたが、目の前にいる敵はそうではない。
自分と同じ視点を持ち、自分達と同じ思考ができ、それでいて自分達より遙かに個として優れる邪神を倒している相手……油断などできるはずがない。
全員が静かに動き、いつもの隊列を組んでいく。そんなシュヤク達を前に、デルトラは意外にも感慨に近い思いを抱いていた。
(ふー、ようやくここまで来まシータか……)
シュヤク達が知るはずもないことだが、デルトラもまたこの舞台を整えるのに大変な苦労をしていた。何故なら、そして当然ながら、デルトラにしてもまさか邪神の復活がここまで前倒しにされるなど計算外にも程があったからだ。
世界が定めたシナリオの半分以上が吹き飛び、次の瞬間には世界が壊れてしまってもおかしくないような状態。当初予定していたプランE……魔王に働きかけることで学園への襲撃を前倒しさせ、どちらが勝っても負けてもその時点で世界を強制ループさせるプランE……「Enter the Next」を悠長に実行する余裕はあっさり失われた。
こうなればかなり強引であっても、自らの手で確実にシュヤクを殺し、今の世界を強制終了させるしかない。エラーの出まくった今の状態でそんなことをすれば様々な不具合が出ると予想されるが、それでも世界の根幹に致命的な問題が生じるのに比べれば、まだ対処可能なはずだと読んだ。
しかし、その対処法には一つ大きな問題がある。デルトラ自身が前に出てしまえば、無自覚のまま「知能デバフ」を受けてしまうということだ。
全ての敵は、主人公に倒されるために存在する……その根幹設定は、デルトラにはどうすることもできない。ならその設定のなかで最大限力を発揮するにはどうすればいいか? ガズやアルマリアと同じ轍を踏まず、確実にシュヤク達を倒すには? その思考の行き着く先は、たった一つの結論だった。
(お前達が邪神を復活させたときはどうしようカート思いましたが、それがいい方に動いてくれマーシた)
邪神のレベルはカンストの二五〇。ならばそれを倒すためにやってくるシュヤク達もまた、必ず同じ二五〇レベルにまで強くなっているはず。そしてデルトラも二五〇レベル……同じレベル同士であればこそデルトラには「弱体化」が発生せず、こうして相対していても、デルトラは自分の全ての力が十全に使えることを実感している。
(ガズ、アルマリア、これが答えだったのデースよ。相手に合わせて自分が弱体化するナーラ、相手がこちらと同じだけ強くなってくれればいい! 自分の力を完全に発揮できれば、私達が負けるはずがナーイのですよ!)
「さあ、いくぞ主人公……メモリ解放、邪神リアドリオン。『Re:Brith |Engineering』!」
神の言葉を呟けば、デルトラの力が完全に発動する。するとボロボロの黒いローブを身に纏い、ほんの少しだけ宙に浮いた身長五メートルほどの人型の何かが出現し、その姿を見たシュヤク達が叫び声をあげる。
「何だあれは!?」
「嘘!? まさか邪神を召喚した!?」
「あれが邪神なんですか!? そんな、どうして……!?」
「落ち着け! 復活魔物は弱いってのは相場だ! それに俺達は邪神を倒しに来たんだぞ? ならあのくらい余裕で倒せる!」
「そうだニャ! クロ達ならやれるニャ!」
突然の増援に、しかしシュヤク達の動揺はすぐに静まる。それを確認したシュヤクは、ニヤリと笑ってデルトラの方を見る。
「てわけだ。当てが外れたか? 俺達はこのくらいでビビったりしねーぜ? その偽物ごとお前も倒してやる!」
「クックック……」
「……? 何だよ、何がおかしい?」
「いやいや、何か勘違いしているヨーウなのでね。これはあくまで時間稼ぎの盾なのダーヨ……メモリ解放、ガズ、アルマリア。『Re:Brith |Engineering』」
「は!?」
邪神の後ろに隠れたデルトラが、新たに力を解放する。するとその左右には、邪神と同じく青白い……だが幾分かその体がザリザリと揺らいだガズとアルマリアが出現した。
「何でその二人が!? アンタ本当に何者なのよ!?」
「マズいぞシュヤク! 何をするつもりかわからんが、見逃せばろくな事になるまい!」
「わかってる! つっても片手間で相手できるわけねーし、全員まずは事前の作戦通りに、あの偽邪神を倒すぞ!」
「「「オー!」」」
「アルマリア、この場所の座標をサーチ。ガズ、ここと私の本体を接続せよ」
「「了解」」
シュヤク達が復活邪神と戦っているなか、デルトラはそう指示を出す。酷い頭痛に耐えながら待っていると、程なくして人の形を保つのもギリギリという状態まで崩れたガズとアルマリアが作業の終了を告げた。
「二人共、最後までよく頑張ってくれたでアール……メモリ消去、ガズ、アルマリア」
その言葉を口にした瞬間、デルトラの脳の中から二人の情報が消える。己の魂を削り取ったような感覚を、デルトラは歯を食いしばって耐える。
「よし、倒したぞ!」
と、その時、背後からシュヤク達の声が響いた。見れば呼び出した邪神が倒され、その青い体が宙に溶けていっている。
「さあ、後はお前だけだ!」
「おっと、そうはいかないのでアール。私の仲間達が、最後にきっちり仕事をしてくれたカーラね。『Reconnect』!」
その発言と同時に、石造りだった大広間の壁が消え、そこに大量のガラスケースが並ぶ。その内部、薄緑色の溶液のなかに浮かぶのは、赤く蠢く人の脳。
「うっわ、何コレ気持ち悪っ!?」
「何……だこりゃ…………!?」
「ふふふ、これが私の本体でアール。ああ、そう言えば名乗っていなかったでアールな」
謳うように言いながらデルトラが両手を広げると、壁一面に敷き詰められた脳瓶の中身が蠢くと、ガズとアルマリアを消したことで空いたメモリに邪神のデータが転写され、数え切れないほどの邪神が次々と出現していく。
「ちょっ、これは流石にチートすぎるでしょ!?」
「予想より弱かったとはいえ、邪神がこれほど大量に……!?」
「あ、あはははは……これはちょっと無理そうですよね……」
「シュヤク、これどうするニャ!?」
「お前……お前は一体…………!?」
唇を戦慄かせるシュヤクに、デルトラが真っ赤な三日月のように口を歪めて言う。
「改めて名乗るでアール。我が名はデルトラ……万脳のデルトラ! さあ世界よ、我等の覚悟と決意の前に、諦めて跪くでアール!」
一万の脳瓶の主が、一万の邪神を引き連れ、高らかに絶望を叫ぶ。世界に勝利を約束された主人公と、世界全てを滅ぼせる魔軍の戦いが、今ここに幕を開けた。