いよいよ最終決戦……って、あれ?
「「グォォォォォォォォ!」」
「色が変わった! あと少しだ!」
最後かも知れない休憩を終え、ダンジョンを駆け抜けて辿り着いた第六六五階層。下り階段の前に立ち塞がる二体の巨大な石像を前に、俺達は決死の戦闘を繰り広げる。
相手は「怒れる魔像」という名の巨大な石像の魔物。浅草あたりにいそうな雰囲気を醸し出すそいつは石像のくせに妙に滑らかに動き、一見すると普通の生物と変わらない。だがその皮膚は間違いなく石の硬さを持っているし、大質量から繰り出される物理攻撃の破壊力は抜群だ。
そんな魔像の色が、灰色から赤に変わる。これは敵の体力が残り二割ほどになった合図であり、同時に「大激怒モード」に変化する兆しだ。この後すぐに二体の魔像による怒濤の連続攻撃がやってくるが……
「うぉぉぉぉ、イージスシールド!」
前に出たアリサが盾を構え、最硬の防御スキルを発動した。巨大な光の盾がアリサの正面に出現し、魔像の拳による滅多打ちを受け止める。
ガンガンガンガン!
「ぐぅぅ……!」
生み出された盾に一撃食らう度にアリサの足が床にめり込み、少しずつ後退していく。だが一〇秒ほど続いた一〇〇発近いラッシュを、アリサは見事に防ぎきった。その場にガックリと膝を突くアリサの横をクロエが駆け抜け、俺はその場から動かぬまま指示を飛ばす。
「よくやったアリサ! ロネット、アシッドだ!」
「いきます! アシッドポーションEX!」
ロネットの投げたポーションが魔像に当たって弾けると、その体を緑色の液体が濡らしていく。酸のダメージは誤差程度しか出ていないが、付随する防御力低下の方は別だ。
「千影閃刃ニャ!」
ガリガリガリガリッ!
「「グォォォォ!!!」」」
影から現れ四人に分身したクロエの攻撃が、柔らかくなった魔像の体に無数の切り傷を刻んでいく。それによって攻撃対象をクロエに変えた魔像達だったが、その時には既にクロエの姿はない。
「いっけー! ウォーターボルテックス!」
代わりに魔像の足下に現れたのは、激しく渦巻く水の奔流。魔像の水属性耐性は等倍であり、「ここまでレベルの高い魔法だと二重化できない」というリナの申告通り、その威力はそれほどでもないのだが……
「「グォォォォ!?」」
クロエの入れたヒビに渦巻く水流がぶつかることで、魔像の巨大な体がよろりとよろめく。ここが現実だからこそのコンボ攻撃、ここまでやってようやくできた隙を見逃すほど、俺はお人好しでも間抜けでもない。
「とどめだ! ブレイブストラッシュ!」
遂に「全力斬り」の縛りから解放された主人公の一閃は、横薙ぎした剣の軌道に光の刃を走らせる。ゲーム的には一ターン、現実だと五秒ほどの溜めを必要とするそれは攻撃倍率二倍で防御無視の範囲攻撃という破格の性能を発揮し、二体の魔像の胴体をまとめて真っ二つに斬り裂いた。
「「グォォォォ……」」
「ふぅ、やっと倒せたぜ」
「今回も手強かったが……ふむ、手強い程度か。何と言うか、感覚が麻痺している気がするな」
「そうですね。このダンジョンに入ってすぐも似たような戦闘をしたはずですけど、正直あの時との違いがあんまりわかりませんでした」
「ゴリラはグニュッとしてたけど、こっちはガチンとしてたニャ。どっちも硬かったニャ」
「ま、アタシ達も馬鹿みたいに強くなってるからねー。今なら近衛兵どころか、国の全軍を相手にしても勝てるんじゃない?」
「いやいや、流石に無理……だよな? 多分」
飲食も睡眠も不要になってきた最近の我が身を振り返ると、リナの言葉を否定しきれなくて思わず顔をしかめてしまう。
ゲーム的なステータスという面では、今の俺達は一般人どころか兵士が何千何万と集まろうと勝てる。でも多分、剣で斬られたらちゃんと傷が付くと思うのだ。範囲攻撃を連発しまくれば相当数は倒せるだろうが、ちょっとした隙を突いて首を斬られりゃ死ぬ……よな? まさか剣が刺さらねーなんてことは……?
「言われてみると、最近は吹き飛ばされて壁に叩きつけられても『痛い』で済んでしまっている気がする。一応負傷はするが、人があんな勢いで叩きつけられて打撲程度で済むのは……むぅ」
「クロエさんとか、凄い速さで動いてますよね? 時々見えなくなってますし」
「あのねロネット。今のクロちゃんの動きをおおよそでも目で追えてる時点で、ロネットも十分普通じゃないわよ?」
「この前のお手紙にあった『コイン斬り』をやってみたら、一〇枚に切れたニャ。自分でもビックリしたニャ」
「……ま、まああれだよ。ちょっと普通より体が丈夫になったとか、目が良くなったとか、力が強くなったとか……そういうことだって! そういうことにしとこうぜ? な?」
「「「…………」」」
俺の言葉に、皆が顔を見合わせ黙り込む。気づいたら人間をやめてました……なんてことはないと考えておく方が、精神衛生上はいい。でもまあ、邪神と同等の強さであるレベル二五〇の存在が普通の人間かって言われると……あー、駄目だ! やめやめ! マジでこれを考えるのは色々と都合が悪くなるから中止だ中止!
「ほら、そんなことより次で最後だ。ここの階段で一休みしたら……」
「いよいよか」
流れを変えた俺の言葉に、アリサがそう言って静かに目を閉じる。その瞼の裏にどんな想いが流れているかは俺には知りようもないことだが、開いた目には決意と希望の光が浮かんでいる。
「何だか私、ドキドキしてきました!」
「ロネットは気が早いニャー。戦うのは休んだあとニャ?」
「えぇ? ここまで来たら、もうそのくらいはあんまり違わないんじゃありませんか?」
「ふふ、緊張してるの? なら手を繋いであげましょうか? ハァハァ……」
「いえ、それは大丈夫です。さ、行きましょう!」
「キャフン!」
息を荒くするリナを軽くいなすと、ロネットが階段を降りていく。それに合わせて俺達も階段を降り、その中程で小休止。
意外なことに、誰も何も話さない。ただ静かに心と体を休め、誰からともなく立ち上がり……そうして降りた「絶望の逆塔」第六六六階層。今までの適当なランダムフロアとは明らかに違う巨大な扉を前に立ち止まったところで、俺は改めて皆の顔を見るべく振り向いた。
「さあ、この先が邪神のいる場所だ。皆、覚悟はいいか?」
「うむ! 皆の期待を背負う今、ここで臆すことなどあり得ん! いつでもいいぞ!」
「すみませんモブリナさん。やっぱりちょっと手を繋いでもらってもいいですか?」
「勿論! ああ、ロネットたんの柔らかい手が……」
「……あの、やっぱり――」
「大丈夫。アタシ達なら絶対勝てるから」
「モブリナさん……はい!」
「邪神をやっつけたら、きっと有名になれるニャ! そしたら父ちゃんも母ちゃんも、兄ちゃんも姉ちゃんも妹も……それにきっと、クロスとクーリだって喜んでくれるはずニャ」
「クロエ……ああ、そうだな。きっと世界の向こう側にだって届くくらい、超有名人になれるぜ」
クロエの頭にポンと手を置き、雑な感じでクシャクシャ撫でる。そうだとも。こんなところで負けられない。これが初めての顔合わせになるようなぽっと出の裏ボスなんかに、俺達の未来をくれてやる道理はない。
「てわけだから、俺達全員世界を救った英雄になって凱旋しようぜ! 行くぞ!」
「「「オー!」」」
俺のかけ声に、皆が気炎を上げて応える。その声に背中を押されながら、俺は力を込めて邪神のいる場所への扉を開いたのだが……
「……おやおや、ようやくお客様の到着のようダーネ」
「……え?」
本来邪神がいるべき場所に、見たこともない男が立っていた。まるで貴族が着るような上等かつ派手目な服に身を包んだそいつは、先がくるんと丸まった口ひげを指でしごきながら悠然とこちらを見つめていた。