森の賢者って言っても、所詮は猿か
「ウッホホーイ!」
「ハッ、遅いぜ!」
オーソドックスな石壁に区切られたダンジョン内部。ご機嫌な鳴き声と共に風を切る豪腕を、俺はニヤリと笑いながら華麗に回避する。実際には言うほど遅いわけじゃなく、割と大きな余裕を持って回避しているのだが、そこは言わなければわからないので問題ない。
「ウホウホウホウホウホウホウホウホ!」
「そんなの当たらないニャ!」
そんな俺の隣では、残像が見える勢いでラッシュをかけるキングゴーリーの拳を、クロエがシュシュッと避けまくっている。
「ヘイヘイ、シュヤクくーん? 『遅い』とか言うなら、もっとギリギリで見切ってみない? 『ハイエス・ウォーターボルト』!」
「無茶言うなよ! ったく……」
煽ってくるリナのサポートを受けつつ、俺は一歩下がって溜めを作る。水の太矢が顔面に当たったキングゴーリーが仰け反り……ここだ!
「食らえ! 轟雷全力斬り!」
もうそろそろ違う名前でもいいと思うんだが、ライターの趣味で延々と続いている「全力斬り」の最上位スキルを発動。するとまっすぐに振り下ろしたはずの剣が何故かガクガクと稲妻のように曲がりながら落ちていき、キングゴーリーの正面にキザキザの裂傷を刻んだ。
うーん、こんなアホな動きをしても威力が全然落ちねーとか、流石はゲームスキルだな。
「グホォ!?」
「それならいけるニャ! 急所突き!」
「ホアッ!?」
そんなでかい隙を晒したキングゴーリーに、クロエが背後から短剣の一撃を突き込む。割と初期のスキルながらクリティカルが決まれば防御無視となるその攻撃は、キングゴーリーの分厚い毛皮や筋肉を貫き、心臓を潰して致命とした。
「ウッ……ホッ…………」
「ウホーッ!!!」
「ふふーん、当たらないニャー」
仲間の死に怒り狂ったもう一匹のキングゴーリーがクロエに更なるラッシュを仕掛けたが、やはりそれは当たらない。ただゲームなら一定確率だったクリティカルも、現実だと大きな隙を作らなければ狙えない。援護なしではクロエ一人でキングゴーリーを仕留めるのはかなり難しいだろう。なら……
「アリサ! そっちは平気か?」
「うむ! 大分慣れてきたところだ」
俺が声をかけた先では、アリサが一匹のキングゴーリーと正面から相対している。その拳が青い光を纏うと、アリサが一歩引いて盾を斜めに構えた。
「ウホーッ!」
「パリィ!」
バシーンという小気味よい音と共に、アリサの盾がキングゴーリーの拳を弾く。
「ウッホーゥ!」
「おっと、そいつは回避だ!」
次は赤い光を纏った拳だったが、アリサはそれを大きく飛び退いて回避した。ちなみにキングゴーリーの青い拳は高威力だが防御が可能で、赤い拳は通常の攻撃力だが防御貫通の特性がある。
「ふっふっふ、既に八割は弾けるようになった。完全になるまでもう少し付き合ってもらおう」
「ウホーッ!」
赤い拳を振るった後は、数秒動きがとまる。だが追い打ちをかけず挑発するアリサに、キングゴーリーが頭から煙を吹き出しそうな勢いで拳を振るい続ける。ふむ、あっちはまだまだ平気そうだな。
「ならこっちはそろそろ終わらせるか。クロエ! リナ!」
「わかったニャ!」
「任せて! ミード・ウォーターボール!」
リナの放った水球の魔法が、キングゴーリーの顔に当たる。普通ならそこで弾けて終わりだが……
「むむむむむ……」
「ブホッ!?」 ブホォォォ!!!」
水球は弾けることなく、キングゴーリーの顔を覆った状態で留まった。焦ったキングゴーリーがその手でバシャバシャ顔を叩くとすぐに水球は弾けてしまったが、それだけ隙があれば今の俺達には十分!
「轟雷全力斬り!」
「グホォォォ!?」
「急所突きニャ!」
「グボッ……ホォォ…………」
さっきと同じ協力コンボを叩き込み、二匹目のキングゴーリーもダンジョンの霧に変わっていった。後はアリサと、万が一の時にアリサの側で控えさせていたロネット達だが……ほう?
「ホゥ……ホゥ…………」
「どうした、もう息切れか? 私はまだまだ戦えるぞ?」
「ウゥゥゥゥ……ウホォォォォォォォ!!!」
肩で息をしていたキングゴーリーが、余裕の笑みを浮かべるアリサに正面から突っ込んでいく。右の拳に青い光を、左の拳に赤い光を宿し、両手を突き出した同時攻撃のようだが……えぇ?
「ウホッ!?」
「それは流石に悪手が過ぎるだろう! 半月転閃!」
今までアリサは青い拳をずっと防御ないしパリィしていたんだろうが、別に絶対に防がなければならないわけじゃない。普通に大きく後ろに飛んでしまえばどちらの拳も届かないわけで、前のめりに倒れかけるキングゴーリーの顔面を、アリサの一撃がスパッと斬り裂く。
「ふぅ、これで終わりか……ゴリラというのは賢いと聞いていたのだが」
「所詮は猿の中じゃ賢いってだけなんだろ。お疲れさん、アリサ」
「お疲れ様です、アリサさん。お水どうぞ」
「ああ、すまないロネット。はぁ、美味いな」
俺の声に手を上げて応えると、ロネットから渡された水筒の中身を飲み干し、アリサが額の汗を拭う。
「にしても、大分上手く捌けるようになったな」
「そうですね。私の出番がなくて、ちょっぴり残念です」
「ハハハ、それはすまないことをした。だがこの先はもっと強敵が……それこそ今の私では想像すらできないような敵が多数いるのだろう?」
「そうだな。一〇階層まではギリギリ常識の範囲内だが、そこから上は本当にスゲーからな」
「そうか……こんな時に不謹慎だと言われるだろうが、正直少し楽しみだ」
「いいんじゃない? 強くなるのを楽しむのはゲームの……ううん、この世界で戦う人にとっての醍醐味なんだし」
「そうだニャ。強い敵と戦うのは別に好きじゃないけど、自分が強くなるのは楽しいのニャ」
「……あの、すみません。実は私も、最近は少し楽しくなってました」
「ははは。てことだから気に病むなって。悲壮な覚悟で挑むのも楽しくて笑いながら挑戦するのも同じだ。なら楽しむことを悪いなんて言う奴は、ここにはいねーさ」
「……ふっ、そうか」
皆の言葉に、アリサが小さく笑う。俺達が世界の命運を背負ってるのは割と過言じゃないと思うが、これから先のクソ長いダンジョン攻略を思えば、モチベーションの維持はとても大事だ。前向きに頑張れる要素があるなら、それを全面に押し出すのが当然である。
ということで、その後もでかいゴリラの集団を倒しながら、俺達はしばしダンジョンを進んで行く。すると思ったよりも早い段階で下り階段を発見することができた。
「お、今回は乱数がよかったな」
「? 乱数とやらはわからんが、確かに早い発見だ。それでどうする? 降りるのか?」
「うーん、それなんだよなぁ」
第一階層はこのダンジョンのホームポイント的な場所で、今いる第二階層はそこと唯一階段で繋がっている場所となる。ここからなら第一階層に戻ることができるのだが、第三階層に降りてしまうと区切りとなる第一〇階層を攻略するまで引き返すことができなくなるのだ。
これが制限時間のないゲームなら、一階層と二階層を往復してレベルカンストまで稼ぎたいところだ。だが現実では邪神復活という数字の見えないカウントダウンが今も刻一刻と進んでいるし、俺達が持ち込んだ物資だって無限じゃない。
加えて、こんなに簡単に階段が見つかったのは運がいい。一度戻って入り直すとダンジョンの内容が変わるので、その時もこんなにすんなり階段が見つかるかは不明だ。
「前も説明したけど、ここから下に降りると、一〇階層を突破するまでダンジョンから出ることはできなくなる。フロアに降り立つと下りてきた階段が消えちまうから、前に閉じ込められた時みたいにヤバかったらひとまず避難ってのも無理だ。
つまり進むなら一気に攻略しきらねーといけないんだが……」
「シュヤクの見立てでは、今の我等で突破できそうなのか?」
「そう、だな……大きな問題が起こらないなら、八割くらいでいけるかな?」
アリサの問いに、俺は少し考えてからそう答える。実力的に劣るわけではないが、言葉で説明しただけの魔物と戦うのはどうしたってリスクが伴うもんだからな。
だがそんな俺の目算に、アリサが楽しげに笑いながらドンと胸を叩く。
「私の意見としては、それだけあれば十分だ。残り二割はここから先の成長で埋めてみせよう」
「それに今が一番余裕のある状態です。ならばここで二割を埋めるために時間や物資を浪費するより、素早く動いて今後の突破率を高く維持する方が最終的な勝率は高いと思います」
「そこらの犬っころと違って、クロの尻尾はこのくらいじゃ丸まらないのニャ!」
「お前達……」
「ふふ、いいじゃない。安全マージンを取り過ぎて動けないうちに世界が終わっちゃうのに比べたら、このくらいどうってことないわよ」
最後にリナがそう言って俺の肩に手を置き、親指を立ててみせる。ああ、そうか。皆がそう言ってくれるなら、俺だって覚悟を決めよう。
「わかった、進もう。でも、くれぐれも慎重にな」
「こんなところで油断する方が難しいニャ。それじゃ行くニャー」
顔を見合わせ頷き合い、クロエが真っ先に階段を降りていく。その後を追いかけて、俺達も第三階層へと踏み出していった。