だからできるだけのことはしてやったぜ!
「これで……終わりだぁ!」
「ギャォォォォォォォン!」
俺のとどめの一撃に、一〇メートル以上はあるであろうアースドラゴンの巨体から、俺の胴と同じくらい太い首が跳ね飛ばされて宙を舞う。程なくしてその体がダンジョンの霧に変わると、それと同時に真っ赤なボディに金の模様という、実に分かりやすい宝箱が出現した。
「倒せたか……今回も強敵だったな」
「そうですね。強いというよりは、ひたすら硬い感じでしたが」
「クロは全然攻撃が通らなかったニャ」
「ま、アースドラゴンはそういうもんでしょ。それよりシュヤク、これで……」
「ああ、ようやくだ」
邪神復活から二ヶ月後。レベルが九〇を超えたところで、俺達は各地にあるダンジョンを巡り、各種ドラゴンを倒していた。昔行った「火竜の寝床」のレッドドラゴンのような雑魚ではなく、その全てがレベル九〇を超える強敵だ。
そしてその作業も、今終わった。「火吹き山」のファイヤードラゴンに、「底なしの泉」のウォータードラゴン、「風鳴き谷」のウィンドドラゴンと、今回の「灰の荒野」にいたアースドラゴンの四体でコンプリートである。
「status.exe起動……よし、全員レベルが九五を超えたな。あとは……ふふふ、こっちもバッチリだ」
あからさまな宝箱を開くと、そこには内部にそれっぽい模様が浮かんでいる黄色の宝珠が入っている。これぞドラゴン討伐の報酬であり、ここから先の旅に必要となるキーアイテムの一つだ。
「それじゃ早速王都に戻って準備しようぜ。皆、凱旋だ!」
「「「オー!」」」
気炎を上げる仲間を引き連れ、俺はショートカットから第一階層に戻ると、幻影猫達の引く馬車で王都へと戻った。すっかり活気のなくなった通りを進み、人気のない店の扉を開いて声をかける。
「おーい、ミモザ! いるかー?」
「おるでー。なんや、また兄ちゃん達か……ま、今となってはここにくるのは兄ちゃん達しかおらんけどな」
俺の声に、皮肉っぽい笑みを浮かべたミモザが顔を出す。少し前なら大量に並んでいた武具は既に一つもなく、店の中はガランとしたものだ。
「はぁ。造れば造っただけ買い取ってくれるとは言うても、肝心の材料が入ってけーへんならどうしようもないわ! まったく商売あがったりやで」
「ははは、そう言うなって。今回はでかい仕事を持ってきたからさ。inventory.exe起動」
小声でそう呟くと、俺はインベントリから赤、青、緑、そして黄色の四つの宝珠を取り出し、カウンターに並べる。するとそれを見たミモザが大きく目を見開き、しげしげとそれらを観察し始めた。
「おお、遂に集めたんか! てか、ほんまに集められるもんなんやなぁ。正直実在すら眉唾やったんやけど」
「まあな! これも皆の頑張りのおかげだ」
そう言いながら、俺はその場で振り向く。そこには心から信頼できる仲間達の顔があり、全員がそれぞれらしい表情を浮かべている。
「苦労はしたが、やり甲斐のある修行だった。おかげで相当強くなったからな」
「本当に強くなりましたよね……単なる商人の娘である私がドラゴンスレイヤーなんて、一年前の自分に言ったら絶対信じないと思います」
「クロもすっごく強くなったニャー! 今ならどんなサバ缶もシュピシュピ捕まえちゃうニャ」
「サバ缶は捕まえるものじゃ……でも、そうね。まさかモブキャラ転生したアタシが、ヒロイン達と並んで戦えるなんて想像してなかったわね」
「おうおう、皆してええ顔しとるなぁ。伊達に邪神を倒すなんて言うとらんわけか」
「倒せるかはわかんねーけどな。でも再封印までは何とかするさ」
笑うミモザに、俺はそう約束する。元はと言えば俺が引き起こした事態であるし、もしうっかり封印を解かなかったとしても、結局は邪神をどうにかするつもりではいた。
だって現実は「エンディングで終わり」ではないのだ。三年の終わりに魔王を撃退したとして、封印がそのままならいずれまた他の誰か、何かがそれを狙って学園を襲うだろうし、そうなれば邪神の封印も解かれるかも知れない。
なら主人公に転生した俺がやるべきことは、後顧の憂いを残さないことだ。一年半ほど予定が前倒しになっただけで、やるべきことに変わりなんてない。
「てわけだから、そのために頼むぜ?」
「わかっとるって! まったく、兄ちゃんの無茶は大概やなぁ」
ニヤリと笑って言う俺に、ミモザが苦笑を浮かべて答える。実際、今回の頼み事も前回の太陽鋼の剣と同じくらい無茶だ。何せこれは本来なら、別のキャラに頼むべき依頼だからな。
だが王都が随分と暗くなった今、状況は大きく変わってしまった。学園が閉鎖されてしまったのでメインシナリオの進行は勿論、物理的に学生がいなくなったので、学園絡みのサブクエストも一切発生させることができない。
それに加えて、少し前から王都に暮らす人がゆっくりとだが減ってきている。警備は厳重なのだが、それが逆に「ここが襲われる」という恐怖感を煽るらしく、めざとい者ほど避難してしまっているのだ。
そこに今回ミモザに依頼したものを造ってくれる人が含まれる。まあ避難しただけなんだから周辺の町や村を探し回ればどっかにはいるんだろうが、そもそも関連するサブクエストを一切受けてない……というかこの段階では受けられなかったので、俺達はその人と初対面。これで説得は流石に無理だろう。
「しゃーない。時間もないんやろうし、ほなさっさとやろか」
「わかった。じゃ、店の外に出るぞ」
ミモザに促されて外に出ると、俺はクロエの肩を叩いて声をかける。
「クロエ、頼んだ」
「わかったニャ! ウニャァァァァァァン!!!」
ガラガラガラ……
「にゃあ」「なーう」
クロエが独特の鳴き声をあげると、通りの向こうからスズキとマッカレルに引かれた馬車がやってくる。普段の王都でこんなことしたら怒られるが、今は人通りもないので問題ない。
「前も見せてもろたけど、やっぱり立派な馬車やなぁ」
「んじゃ、こいつは預けるから改造頼んだぜ」
「任しとき! ウチにできるだけのことはやったるわ」
そうして親指を立てるミモザと別れてから、五日後。足がなくなったこともあり久しぶりの休暇でしっかり体を休めた俺達が再び店を訪ねると、そこには車体の各所にドラゴンから入手した宝珠がセットされた馬車があった。
「おおー、こういう感じになったのか……」
「せや! どんな火でも燃えず水を弾いて沈まず、嵐の中でも吹き飛んだりせず急な坂道やデコボコの悪路もスイスイ走る! これぞ全環境適応型馬車、名付けてシュレディンガーや!」
ババーンと効果音でも鳴りそうな勢いで紹介してくれたそれは、本来なら飛行船に施すべき改造だ。だが学園が閉鎖された以上六人目のヒロインであるアナスタシアと知り合うのは無理だろうし、シナリオも滅茶苦茶なのでそこから飛行船を手に入れる流れも再現できる気がしない。
故に必要に迫られて、俺はミーア先輩の馬車を改造してもらうことを依頼した結果がこれなわけだが……
「シュレディンガー? どっから来た名前だ?」
「ウチの頭にな、ピーンと来たんや! やから別に理由とかはないで? こういうのはフィーリングが大事やからな!」
「ほーん、そうなのか……まあ別にいいんだけど」
「スズキー、マッカレルー、元気にしてたニャ?」
「うにゃあ!」「んなーん!」
「む? 何だか前より鳴き声が力強い気がするな?」
「宝珠の影響を受けてるんでしょうか? 少しだけ顔つきがキリッとした気がします」
「車体そのものはぱっと見だとそこまで変わらないわね……でも今更だけど、これ勝手に改造しちゃってよかったの?」
微妙に心配そうに声をかけてくるリナに、俺はひょいと肩をすくめる。
「そりゃいいか悪いかで言うなら悪いんだろうけど、他に選択肢がなかったんだから仕方ねーだろ」
「せやな。あんなごっつい宝珠を四つも搭載するとか、その辺の馬車やったら起動した瞬間車体ごと爆発すんで! そもそもこの馬車ですらギリギリやったからな」
「ま、返却時に怒られるなら、その時は土下座でもなんでもするさ。そのためにも……」
「そうね、まずは世界を救わないとね」
空に広がる黒い染みは、そろそろ七割を超えそうだ。何となくだが、これが全部黒に染まったらその時こそ邪神が完全に復活し、この世界が終わるんじゃないかと思える。
だが、そんなことはさせない。自分の尻くらい自分で拭けなきゃ、何が主人公様だってんだ!
「できるだけの準備は済ませた。急用もしっかり取った。あとはいつも通りにダンジョンを攻略するだけだ! さあ皆、行くぞ!」
「「「オー!」」」
「気をつけるんやでー!」
皆が馬車に乗り込み、クロエが御者席に座る。その目的地は邪神の待つ前人未踏のダンジョン「絶望の逆塔」。黒い染みの隙間から差し込む日の光に照らされながら、俺達の最後の旅が今ここに始まった。