俺は俺にできることしかできねーんだ
「やっぱり回復薬の類いは売り切れみたいですね」
「そっか……ま、仕方ねーな」
邪神が復活したと思われる日から、おおよそ一ヶ月。今や青空の半分を黒い染みが覆い、昼でも日陰……それどころか夜のように暗い場所すら出てきたなか、俺とロネットは王都の大通りを歩きながらそんな話をしていた。
例年なら……俺のはゲーム知識だが……新年ということで大賑わいのはずなのだが、道行く人々の表情はどうにも暗い。ま、段々空が欠けていくこの状況なら、それも無理からぬ事だろう。
俺の予想が当たったのか、あるいは別の理由があるのか……とにかく復活したであろう邪神は、未だに何の動きも見せていない。それは夜の大陸に引き籠もっている魔王も同じで、世界には不穏な空気が広まっているものの、実際には何の被害も出ていなかった。
とはいえ、こんな異常気象を黙って受け入れるはずがない。各国は調査隊を派遣し、黒い染みの出所が「絶望の逆塔であるところまでは突き止めたようだ。
もっとも、その先の真実に辿り着くことはないだろう。何せ「絶望の逆塔」の最奥が邪神の封じられている場所に通じているという事実は、俺達を除けば誰も知らないのだ。
それに加えて、学園に……正確には学園の管理するダンジョン「久遠の約束」に邪神の封印を解く鍵が眠っている事の方は、ごく一部の限られた人間だけではあるが知られている。
つまり、封印は健在。加えて一般的には邪神は夜の大陸に封じられていると考えられているため、各国の見解は「一〇〇〇年の時が流れたことで勇者の封印が綻び、もっとも深いダンジョンから邪神の力が漏れ出てきている」というところに落ち着いた。
少ない情報からの推理としては妥当なところだろう。まさかどこぞの学生がうっかり勇者の剣をこっちに持ってきてしまい、邪神の封印が解けたなんてわかるはずねーからな……ハハハ。
そしてそんな各国の発表を受けて、人々の生活も変わった。まず一番分かりやすいのは、学園の閉鎖だ。この状況で万が一にも封印の鍵を奪われるわけにはいかないと王立グランシール学園は一時閉鎖され、今は警備の兵士達が常駐している。
一応寄宿舎だけは開放されているので俺達が寝る場所に困ることはねーが、それでも授業は当分ないし、メインダンジョン……「久遠の約束」も立入禁止。再開の目処も立たないので、学生のなかには家に帰ったり早々に就職を決めてしまったりしたものも多数いる。
それと、町中で武具や回復薬を調達するのがかなり難しくなった。不安を感じた民衆がそういうのを求めているというのもあるが、一番でかいのは国が買い集めていることだ。正しく「万が一の備え」だし、国民だって自分達を守ってくれるのが国の兵士だとわかってるから、「俺が欲しいから買うな」なんて言えるはずもない。
ゲームと違って現実の在庫が無限なわけはないので、結果としてこうして町を回っても、ろくなものは買えなくなっているというわけだ。
「ウチでも備蓄の多くを国に売却しています。お金は払ってもらえるので今のところ損はしていませんが、この状況が長く続くとお金そのものの価値の方が下がり続けるので、結果としては大損になりかねません。
同業者の中にはそれを見越してこっそり在庫を確保している者もいるようですけど……」
「短期的には儲かっても、信用がなくなるからなぁ。邪神が復活して世界が滅亡する方に賭けるみてーなもんだし、下手すりゃ国からも目を付けられたりするんじゃねーか?」
「だと思います。なのでウチは求められるものを出すしかなく……こちらに回せる量はかなり限られてしまうかと」
「気にすんなって。どのみち俺達のレベルじゃ、市販の回復薬なんてもう大した効果もねーし」
「そう、ですね。でも……」
不安げに俯くロネットの頭に、俺はポンと手を置く。
「大丈夫さ。俺達ならやれる。だから今は……準備を進めようぜ」
「……はい。次は何処でしたっけ?」
「アーデルフィア地方にある、『雷鳴山』だ。そこでレベル九〇まであげる」
「レベル九〇……そう言われても、やっぱりピンと来ませんね」
俺の言葉に、ロネットがクイッと小首を傾げる。status.exeを起動すれば、今の俺には皆の詳細なステータスが見られる。当然そこではレベルもわかるわけで、例えば俺の今のレベルは八三、ロネットは八一だ。
だが、それを他人に見せることはできないし、見たところで比較対象がなければただの数字の羅列だ。元々そういう概念がなかったわけだし、ピンとこないのが普通だろう。
「その辺は俺がきっちり管理するから大丈夫だ。それにレベルが……数字があがりゃそれだけで強くなるわけじゃない。いや、強くはなるんだが、それを使いこなすのは本人の努力次第だからな」
「はい! 私も皆さんの足を引っ張らないよう、頑張りますね!」
「おう、期待してるぜ」
本来は補助要員がロネットの立ち位置だが、裏ダンまでいくとそんなことは言ってられない。今までのように完全に守り切ることは無理になってくるので、ロネットにも最低限の自己防衛はできるようになってもらわねばならないのだ。
「んじゃ、そろそろ皆と合流して出発するか」
「そうですね。じゃあ町の入り口の方にいきましょうか」
そう言って歩いていくと、町を出たところには既にリナとアリサ、モブロー達がいた。その後すぐにアリサもやってきたので、俺達はミーア先輩から借りた馬車に乗り込み移動を開始した。
「スズキもマッカレルも、今日も頑張ってニャー」
「にゃあ」「なーう」
「こいつらにも、後でご褒美やらねーとなぁ」
馬車に揺られながら、俺はそんなことを考える。この一ヶ月、俺達はレベル上げの為に世界各地のダンジョンを巡っていた。学園の校舎も封鎖されてしまっているため、ダンジョンへのショートカットが使えないからだ。
まあ今となっては警備の兵士達より俺達の方がレベルが高いから、侵入すること自体は不可能じゃないんだが、今は非常事態なうえに学園は下手すりゃ王城より警備が厳重な最重要地点なので、バレたら学生の悪戯では済ませてもらえない。
すぐに邪神が動き出すようならなりふり構っていられなかったが、俺、リナ、モブローの三人はともかく、他の皆にはそれぞれ立場や家族なんかもいるので、そんな無茶はできなかった。なので効率は落ちるが、こうしてレベル上げをしているわけである。
「そうね。幻影みたいなものだからお世話も何もいらないって言われても、こうして健気に頑張ってくれてると可愛がりたくなっちゃうわよねー」
「幸いクロエさんと好みが同じみたいですし、あとでサバ缶をあげましょうか。食料品は微妙に値上がりしてますけど、サバ缶は買い込み対象になってないのか値段が安定してますしね」
「でも自分がブラッシングしようとすると、何故か威嚇されるッス。何でッスかね?」
「にゃあ」「なーう」
「モブローの手つきは、何かイヤらしいから嫌だって言ってるニャ」
「モブロー様? まさか幻影の猫にまでそんな……」
「ちょっ、何言ってるんスかセルフィ!? えん罪ッス! そもそもそいつらがメスだったことすら今知ったッス!」
「……にゃあ」「なーう……」
「『ナシよりのナシ』『ぶっちゃけあり得ない』って言ってるニャ」
「モブロー、それは流石に酷い」
「そうだぞモブロー。女性に『お前を女だと思わなかった』と言うなど、失礼の極みではないか」
「うわぁぁぁぁぁぁん! また自分がオチ担当ッス! どうせ自分はゲームの力がなかったら女の子にモテない陰キャ代表なんス!」
「その開き直り方がモテない原因なんでしょ? モテたいならもっと見た目とか言動に気をつければいいじゃない。アタシと同じモブ転生なんだから、アンタの見た目は悪くないんだし」
「そんなことしたら自分が自分じゃなくなっちゃうッス! 自分はありのままの自分を好きになってくれる子がいいッス!」
「うわ、出た! ありのままの自分とか、この世で一番求められてない要素だから! モテる人ってのはモテるように努力してるの! 恋人はアンタのお母さんじゃないのよ!」
「そんな現実まっぴら御免ッス! ゲームの世界でくらい楽してモテモテになりたいッス!」
「ほら二人共、そのくらいにしろ! 向こうに着いたらすぐダンジョン攻略に入るんだから、その元気はとっとけ」
「ちぇー」
「ッス」
一見すれば楽しい旅の一幕。だがその実は、いつ爆発するかわからない邪神という爆弾を前にした懸命の日々。
ならばせめて、わずかな時間くらいは日常を……という気持ちはわかるものの、節度だって大切だ。何かこういう話題だと俺にもとばっちり来そうだしな。
「じゃあ先輩、先輩のモテの秘訣を教えて欲しいッス!」
「ほら来た! いや、俺別にモテてねーし……」
「は!? アリサにロネットに、この前は自分からセルフィの心まで奪ったくせにモテてないとか、これがモテ男の無自覚な自慢ってやつッスか!? 爆発すればいいッス!」
「そうね。もぐばっかりじゃ芸が無いし、爆発もアリね」
「アリな要素が何もねーよ!」
向かう先は、この世界の人間が誰一人として攻略できない死地のダンジョン。だってのにその道中の間、馬車のなかには結局くだらない話と笑い声が溢れていた。