まさかこんなことになるなんて思わねーって!
「何だこれは!? 一体何が起きているのだ!?」
「空が黒くなってるニャ!?」
「何と禍々しい……! ああ、神よ!」
青い空を斬り裂くように広がっていく黒い染み。明らかにヤバいその光景に皆が声をあげるなか、真剣な顔つきのリナがこっそり俺に話しかけてくる。
「ねえ、シュヤク? アタシこれによく似たシーンを知ってるんだけど……」
「奇遇だなリナ。俺もだ」
それは「プロミスオブエタニティ」というゲームの一つの結末。普通にプレイしていればまず負けることのない表のラスボス「魔王」に敗北した時にだけ流れるシーン。
その意味を理解してるからこそ俺達は渋い表情で内緒話をしているわけだが、そんななか空気を読まないことで定評のあるモブローが、興奮をそのまま言葉にしてしまう。
「うぉぉー! これ邪神の復活ッスよね? ラスボス戦で負けたことないんで、自分初めて見たッス!」
「ちょっ、おま!?」
「邪神!? モブロー様、どういうことですか!?」
「だから、『絶望の逆塔』の六六六階層に封印されていた邪神が復活したんスよ! 溢れる力が世界を染めるべく滲み出てるんス!
あれ? でも何でこのタイミングで邪神が復活したんスか? まだ魔王も襲ってきてないッスし、学園の封印も生きてるッスよね?」
「……私の知らない話ばっかり。モブロー、もっと詳しく教えて!」
「えっ!? いや、自分もそのくらいしか知らないッスけど……先輩?」
本来なら知ることなどできない国家機密級の情報に食いつくオーレリアに対し、モブローが縋るような視線をこっちに向けてくる。はぁ、これはもう誤魔化せねーよなぁ。
「勇者リベルタ・アーランドがその剣で邪神を封印した、そこまではいいよな? でも如何に勇者であっても、邪神を封印するなんてことは難しかったんだ。
だから勇者は、『封印を解く方法』を容易することで、封印そのものの力を増幅させた。それでようやく邪神を封じることに成功したんだよ。
で、その鍵がある場所が、学園の地下……正確には学園が管理してるダンジョン『久遠の約束』の一番奥にあるんだ」
「何だと!? そんなところにそんなものが……!?」
「え? じゃあ何故そんな重要な場所に、私達のような学生を入らせているんですか?」
「それはね……」
ロネットの問いに、今度はリナが以前俺に語ってくれたのと同じ説明をしていく。そうして一通りの話が終わると、その場にいた全員が放心したように揃って息を吐いた。
「はぁぁ……まさかこの世界や学園に、そんな秘密があったとは……」
「今更かも知れませんけど、これ一介の学生が知っていていい情報じゃないですよね? ひょっとして知っているだけで投獄とかされるんじゃ?」
「昨日までならそうだったと思う。でも、もう違う」
怯えるロネットの言葉を、空を見上げたオーレリアが否定する。絶望の逆塔の方から流れてくる黒い染みは今もゆっくり空に広がり続けており、それに合わせて王都の町並みでも不穏なざわつきが広がっているのを感じる。
確かにこうなってしまえば、もう秘密なんて何の意味もない。だって邪神は既に復活してしまったのだから。
「あの、待ってください。学園の管理するダンジョンに邪神の封印を解く鍵があるのはわかりましたが、では何故今、邪神が復活したのでしょう?」
「誰かがこっそりダンジョンに潜って盗んだニャ?」
「そんなことできるなら、わざわざ魔王が襲ってきて奪ったりしないと思うッスけど……?」
セルフィが、クロエが、そしてモブローが首を傾げる。魔王が予定を前倒しして襲ってきたならまだしも、ついさっきまで王都は平和だったからな。
そして「いつの間にか封印の鍵が奪われていた」というのも考えづらい。シナリオ上では一応魔族に協力する人間とかもいないわけじゃないんだが、封印の鍵である神器があるのはメインダンジョン「久遠の約束」の最奥。そんな場所に辿り着ける強者は魔王自身を除けば、プレイヤーの操る主人公パーティしかあり得ない。
そして魔王が来るのなら、こっそり潜入なんてしないだろう。わざわざ気づかれないように侵入するより、全軍率いて学園を、王都を制圧してからじっくり攻略する方がどう考えても確実だからだ。てか実際そうだから三年の終わりに攻めてくるわけだし。
ならばどうして、どうやって邪神の封印が解けたのか? その理由に……俺だけが心当たりがある。
「それなんだけどさ。実は『これかな?』って思うのがあるんだけど……」
そっと手を上げ声を上げる俺に、全員の視線が注目する。ああ、言いたくない。スゲー言いたくないけど……流石にこれを言わないわけにはいかないだろう。
「ほら、さっきさ? 俺ミモザに造ってもらった剣を出したり入れたりしてたろ? でもひょっとしたら、あの剣ってミモザに造ってもらった剣じゃねーんじゃねーかって思うんだよ」
「ああ、そんなこと言ってたわね。でもそれがどうかしたの?」
「いや、その……ひょっとして。あくまでもひょっとしてなんだけど……どっか別のところにある、同じ素材で造った剣を手元に持って来ちゃったんじゃねーかなーと……」
「同じ素材、ですか? ですが太陽鋼なんて希少素材で造られた剣なんて、それこそ…………えっ?」
「おい、シュヤク!? まさか貴様……っ!」
「へ、へへへ…………邪神を封印していた剣を、持って来ちゃったかも?」
「バカー!」
「ぐはぁ!?」
リナの渾身の右ストレートが、俺の頬を強打する。激しく吹き飛び地面に転がるが、リナはそんな俺の襟首をひっ捕まえると、強引に立ち上がらせてガクガクと揺らしてくる。
「馬鹿なの!? アンタ本当に馬鹿なの!? 何でアンタが邪神の封印を解いちゃってるのよ!?」
「いやいや、俺だってこんなことになるとは思ってなかったんだよ! そもそも全然別の場所にあるアイテムを手元に出せるなんて思わねーだろ!」
「それはそうッスね。何で先輩はそんなことできたんスか?」
「それは……わからん。システム的には『太陽鋼で造られた剣』ってのが邪神を封じていた勇者の剣しか登録されてなかったから、俺の中に吸い込まれた剣の代わりに出てきちゃった……んじゃないかと予想するわけだけども」
「そんな理屈どーでもいいわよ! それよりアンタ、これどうすんの!?」
「ぐぇぇ、苦しいから揺らすなって! でも、そうなんだよなぁ」
リナの両手を引き剥がしつつ、俺は改めて視線を空に向けながら考える。
アルマリアとの戦闘を経たことで、俺達のレベルは多分七〇近くまでは上がっていると思われる。魔王のレベルが八〇なので、このくらいあればしっかりと装備を調え戦略を練れば、相当の苦戦はするものの一応勝てなくもないラインだ。
だが邪神となると話が違う。凶悪無比な難易度を誇る裏ダンジョンの一〇階層にある仕掛けでレベル上限を解放し、そのうえでカンストの二五〇までレベルをあげるのがスタートライン。そこから更に裏ダンジョンのレアアイテムを漁って強力な装備や貴重な消費アイテムなんかを揃えなければ、安定した邪神の討伐は望めない。
というか、そもそも今の俺達じゃ邪神のいる場所に辿り着くことも…………うん?
「なあ、リナ。ちょっとした疑問なんだが」
「何?」
「邪神って、復活したらどうなるんだ? こっちまで攻めてくるとか敵が強くなるとか、そういう設定ってあったか?」
「えっ!? えっと…………そう言われると別に何もないわね?」
俺の問いに、リナがそう言って首を傾げる。そう、ゲームにおいて、邪神が復活した「後」の設定など何もない。魔王に負けた場合はこのシーンが流れた後にタイトルに戻されるし、裏ダンジョンで邪神と戦った負けた場合は邪神の封印を解く前の状態に戻り、最後のセーブポイントで復活するだけだ。
つまり、実際に邪神が「絶望の逆塔」から出てきて世界を蹂躙する様は描かれないし、そんな設定も存在しない。なら……
「ひょっとして、邪神って復活してもあそこから出られねーんじゃねーか?」
「えぇ? 邪神ってそんな残念な感じなの!?」
「こっちから攻め込まなきゃ戦えない裏ボスッスから、あり得るッス!」
ふと思いついた、最強のボスの残念仕様。もし間違っていたら世界終了のお知らせとなるわけだが……今は信じてやれることをするしかない。