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なるほどそういう仕様なのか

「な、なあ兄ちゃん? 騒いでるとこ悪いんやけど、結局ウチの造った剣はどうなったんや?」


「おっと、そうだ! 実にその通りだな! だからお前はいい加減にしろ!」


「ぶーぶー!」


 子供みたいに頬を膨らませて不満を顕にするリナの頭をペシッとひっぱたきつつ、俺は自分の胸に手を当ててみる。どうやら俺の中に剣が吸い込まれるという素晴らしくファンタジーな出来事が起きたようだが……ふむ?


「むむむむむ…………」


「シュヤク? 突然唸りだしてどうしたのだ?」


「うんこしたいニャ?」


「トイレならあっちやで」


「ちげーよ! 何でこの流れでウンコなんだよ!? 何かこう、気合を入れたら剣が出現するかなーって思ったんだよ」


「え? あれってそういうものなんですか?」


「いや、知らねーけど……でも、他にどうしろと?」


「祈るのはどうでしょう? 神の力であるのなら、神に祈れば顕現するのでは?」


「ほぅ?」


 セルフィの言葉になるほどと思い、俺は「剣出ろ!」から「剣を出してくださいお願いします」と祈るように方向性を変えて右手を突き出してみたが……


「出てこないな」


「特に変化はないですね」


「シュヤクの心が汚れてるからじゃない?」


「ぐっ……お前がそれを言うのかよ……」


 自分が清らかな心の持ち主だなんて思ってるわけじゃねーが、リナに言われるのは納得がいかない。不満を込めた視線を向けるも、リナがそのまま言葉を続ける。


「てか、アンタ平気なの?」


「平気って、何がだよ?」


「だからその……ほら、何だかわかんないものが入っちゃったんでしょ? 前みたいになってたりしない?」


「前……あっ」


 言われて、俺はゲームの力を取り込んでおかしくなった時のことを思い出した。そうして改めて見てみれば、リナが少しだけ心配そうな顔をしているのに気づく。


「大丈夫……だと思う。それに……」


 アリサの、ロネットの、クロエの、セルフィの、オーレリアの、ミモザの顔をみて、俺はそこに一人の人間がいることをしっかりと感じる。ゲームのキャラじゃなく、その設定を持っているだけの心を持つ人間なのだと確信できる。


 ただまあ、あの状態は自分で自分の変化を自覚できるものではない。だから実はすでに狂ってる可能性も否定はしきれねーんだが……


「もしまた俺がおかしくなってたら、頼りになる相棒がぶん殴ってでも元に戻してくれるだろうしな」


 ニヤリと笑って言う俺に、リナが一瞬きょとんとした表情を浮かべ……だがすぐに笑みを浮かべると、何とも偉そうに胸を張る。


「ったく、仕方ないわねぇ。いいわよ、その時は背中を丸めてうずくまって、細く息をすることしかできない生物になるように、思いっきり股間を蹴り上げてあげるわ!」


「ははははは……いや、それは流石に勘弁してください」


 特殊性癖は持ち合わせていないので股間を蹴られた経験はないが、体育の授業でやらされたソフトボールが直撃したことならある。あれ……うん。あれは駄目だ。股間キックは人道的見地から国際条約で規制されるべき攻撃なのだ。


「しかしそうなると、あの剣は完全に失われてしまったということなのか? いや、貴様のなかにはあるのだろうが、外に出せないのでは同じだろうし……」


「うーん、そう言われてもなぁ……」


 改めて問うアリサに、俺は眉根を寄せて渋い表情を作りながら答える。確かに現状、消えた剣を取り出すというか、武器として出現させる手段は何も思いつかない。


 だがその反面、どうにかすれば出せそうな気はしなくもない。何と言うかこう……方法が間違ってる? 箱の中身を取り出すのに蓋を開けるんじゃなく、無理矢理穴を空けて引っ張り出そうとしているような、そんな違和感を感じるのだ。


 うーん、何が駄目なんだ? 普通こういうのって、主人公が「剣よ、こい!」とか叫んだら出現するやつじゃねーの?


 あるいはゲーム的に考えるなら、俺の中にある剣を「装備」するとか? でもここに無いものをどうやって……?


「……………………」


 静かに目を閉じ、自分の内側に意識を向けて、俺は「太陽鋼の剣を装備する」と思考する。すると…………何も起こらない。


「? 急にシュヤクの顔が赤くなったニャ。やっぱりうんこを我慢してるニャ?」


「してねーから! そこからは離れろってマジで!」


「そうよクロちゃん。可愛い女の子がそんなこと言っちゃ駄目よ? それとシュヤクは自分の中でこっそり恥ずかしい妄想をしてるだけだから、気にしないで平気よ……多分」


「妄想……ふふ、そうか。やはりシュヤクも年頃の男だということだな」


「言ってくれれば本物をお見せしますよ?」


「そういうのは帰ってからにしてな? 店の中で盛るのは勘弁やで」


「だーかーらー! てかアリサにロネット、何かちょっと暴走が酷くなってねーか? そりゃ一緒に変わっていこうとは言ったけども、今のお前達、モブローとまでは言わずともリナくらいにはなってるぞ?」


「っ!? どうやら私は浮かれすぎていたようだ。自重しよう」


「そうですね。乙女には慎みが必要ですよね」


「え? 何でアタシにとばっちりが来てるの? それはシュヤクの立ち位置でしょ?」


「自業自得だボケ」


 取り乱すリナにそう告げると、俺は改めて……とにかくまた改めて自分のなかに向き合う。あーもう、さっきから気が散りっぱなしで全然集中できん。こういうときゲームなら、コマンド一つで想定通りに動いてくれるんだが…………?


(待て、コマンド?)


 頭の中に、かつてゲームの力に飲み込まれた時……そしてそれを捨てたときの事が浮かんでくる。あの時のあの力は、どういうものだった?


(インベントリにステータス……status.exe。そうか、コマンド……そういうことか?)


「equip.exe起動。オブジェクトコード 0408F7C3……うおっ!?」


 その瞬間、俺の手の中に一本の剣が出現した。どうやらこの方法が正解だったようだ。


「剣が出てきたニャ!」


「何よ、やればできるんじゃない。どうやったの?」


「へっへっへ、まあ普通に『装備』しただけだよ。そうかそうか、こうやればよかったのか」


 やり方がわかれば、後はどうということもない。二、三度剣を出したり消したりしてから、最後に剣をカウンターの上に戻す。


 ふっふっふ、「装備」コマンドが使えるなら、これひょっとしてインベントリとかステータスとかも使えるんじゃないだろうか? だとしたら思いがけずとんでもないパワーアップを果たしてしまったことになる。


 まあ何か悪影響がある可能性もあるから、しばらくは様子を見つつちょっとずつ運用する形になるだろうが……ああ、たまらん。チュートリアルが終わって本来のゲームシステムが全解放されたときの気分だ。


「ハァ、なんやようわからんけど、剣が無事戻ってきたんなら別にええわ…………?」


「ミモザ? どうかしたのか?」


 俺がカウンターの上に戻した剣を見たミモザが、不意に首を傾げ始める。


「いや、何かこの剣、ウチが造ったのと違うもんになってへんか?」


「違うもの?」


 そう言われて見てみると、確かにピカピカ具合がちょっと減ってるような気がする。


「ふむ。言われてみれば少々劣化した様子が見られるな。いや、この場合は使い込まれたと言うべきか?」


「柄の部分に巻いてある革が、手の脂を吸って変色していますね。この色合いだと使用期間は二、三年くらいでしょうか?」


「何やそれ、兄ちゃんの体に入ったら劣化したってことか!? おいおい、勘弁してーな! ウチはちゃんと新品を納品したで! 中古やから安くしろとか、そんなん受け付けへんからな!」


「そんなことはしねーけど……うーん?」


 難癖つけて値切るつもりなど端からないが、それとは別にどうにもこの剣のことが引っかかる。これどっかで見たことあるような……いや、さっき見ただろうってツッコミはナシにして、だ。


 てか、そもそもふと頭に浮かんでノリと流れで口にしたオブジェクトコードって何だ? それがこのゲームのなかに配置されている様々な物体のIDだってことはわかるが、ゲームに存在しなかった剣にどうしてゲームの仕様であるオブジェクトコードが付与されてたんだ?


「…………あっ」


 不意に俺の脳内に、もの凄く嫌な予感がよぎる。もしあのオブジェクトコードが呼び出す物の「材質」や「種別」を指定していたのだとしたら? この世界に最初から存在している「太陽鋼」で造られた「剣」をここに呼び出してしまったとしたら……


「うぉぉぉぉぉぉぉぉ! 皆、大変ッス! 空が! 空が大変なことになってるッス!」


 と、その時。大慌てで店に飛び込んでいたモブローがそう叫び、俺は嫌な予感を抱えたまま皆と一緒に店の外に出る。そうして見上げた空には遙か彼方から赤黒い染みのようなものが広がってきており……


(あー、こりゃやっちまったか?)


 人生最大のしくじりを悟り、俺は思いきり顔を歪めるのだった。

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