その、不思議な事が起こった……気がする?
ということで、待つこと五日。もうすぐ二学期も終わりという頃に、俺達は改めてミモザの店に訪れた。いつも通りに声をかけると、店内の奥からいい笑顔を浮かべるミモザが顔を出す。
「おお、来たか兄ちゃん達! 待っとったで!」
「お、いい反応じゃん。ひょっとして上手くいったのか?」
「ふっふっふ、それは実物を見て判断してもらわなな」
ニヤリと笑ったミモザがクルリと背を向け、棚の中をゴソゴソし始める。そうして最初に取り出したのは、金と銀のまだら模様な刀身を持つ、何とも微妙なショートショードであった。
「まずはこれやな。兄ちゃんの指定通り、通常の鉄剣の刀身に例の金属……太陽鋼をメッキしたもんや。けど……」
「これは……禿げてる、のか?」
「せやねん。メッキしてすぐは平気やってんけど、時間が経つとどんどん禿げていってまうんや。合金にならないのはわかってたけど、まさかここまで他の金属と馴染まないとは思わんかったで」
いっそ見窄らしくすら見える剣を前に、ミモザが苦笑を浮かべる。流石は伝説の金属、お前らみたいな一般金属とは違うんだよってか? あるいはプライドの高いぼっち金属……うん、この考え方は俺の胸が痛くなる気がするのでやめよう。
「で、次が本命の、太陽鋼だけで造った剣や!」
「「「おぉぉぉぉ……!?」」」
だが続いて取り出された剣に、俺達は思わず声をあげた。自ら輝く黄金の刀身を持つ剣は見る者を圧倒する存在感を放ち……おぉぅ、こいつはスゲーや。
「うわ、メッチャ勇者の剣って感じッスね!」
「ピカピカしてるニャ!」
「何と神々しい輝きでしょうか。ああ、神よ……!」
「これを自分の腰に佩けたならば……いや、これほどの一品、陛下に献上すべきか?」
「売ったら幾らになるか想像もつきませんね」
「凄い。これが伝説の剣……」
「でも派手過ぎて、ちょっと悪趣味じゃない? 少なくともこれを普段使いしてる奴と友達になれる気はしないわね」
「お前は何で本当に、そう色々台無しにすること言うんだよ! ……まあわかるけど」
美しく神秘的だが、持ってるだけでクソ目立つそれは確かに自己主張が強すぎる。こんなの持ち歩いたら秒で噂が広まるだろうし、悪人や権力者なんかに絡まれること請け合いだ。
ただそんなリスクがあるとわかってなお、この剣にはどこか惹きつけられるというか、持ち続けたい……否、持たねばならないという使命感すら感じさせられる。何だこれ? 俺がこのゲームの主人公だからか? でもゲーム中にこんな剣は存在しなかったし……?
『……遂に届いた』
「うん?」
不意に俺の内側から、久しぶりに何か声というか意志のようなものが聞こえた気がした。中二病は卒業したのだとばかり思っていたが、俺の脳内フレンズは未だ健在だったらしい。にしても……
(届いた? これが必要だったってことか?)
頭の中で語りかけるが、ナニカは何も答えない。あーはいはい、相変わらず一方的なのねと思いつつ、俺の視線はカウンターの上に置かれた黄金の剣に吸い寄せられる。
「なあミモザ、これ持ってみてもいいか?」
「ええで。てかこれ、そもそも兄ちゃんのもんやしな……加工代を払ってくれたらやけど」
「ははは、そりゃ払うって」
いい仕事をしてくれた職人に、払いをケチるつもりはない。モブローに消費した薬の代金を払ったことで一気に寂しくなった懐が穴が空いたと勘違いするくらいスッカラカンになるだろうが、そうしたらまた稼げばいいだけの話だ。
「んじゃ、早速……っ」
総太陽鋼製とはいえ柄の部分には滑らないように革が巻いてあるし、全部同じ色でのっぺりした印象を与えないためか、柄の所々に小さな宝石が嵌め込まれていて見た目も悪くない。そんな剣を掴んだ瞬間、手のひらから伝わる太陽の光と熱が全身を迸る。
熱い。しかしそれも一瞬。体を覆っていた油膜が焼き切れたように、自分の感覚が「一つ上」へと昇ったのを感じる。
なるほど、そういうことだったのか。以前ガズが自分のことを「俺達より上の存在」と称していたが、その理由が実感としてわかる。ゲームの力とはまた違う、あるいはその根幹とも言えるナニカが周囲に満ちているのを感じるが……しかしだからといって、今すぐ新しい何かができるようになるとは思えない。
ああ、もどかしい。腰の高さの柵なんて跨げば楽に越えられるとわかってるのに、どうすればゲームキャラにそう動作させることができるのかがわからない。
モニターに向かって「跨げ」と騒ぎ立てるんじゃ駄目なのだ。モニターの向こうに伝わる言語で「跨ぐ」というコマンドを実装し、それを実行しなければできないのだ。
どうすればいい? 世界を逆アセンブルしてコマンドを書き込む? 逆アセしたデータを何処に展開するんだよ? そもそも展開するのにどれだけ時間がかかる? そんなの無理に決まってる。
なら世界の言葉を直接理解できるように、俺の方を改造する? いやいや、それやったら人間辞めちまうし、何より俺の人格とかが全部丸ごと吹き飛ぶだろう。俺は自我を無くした翻訳マシーンになるつもりなどさらさらない。
ん? つまり「翻訳機」があれば、直接世界に俺の命令を書き込める? リスクを負って俺自身に機能をインストールするんじゃなく、世界側にあるプログラムを直接起動することができれば、ノーリスクで恩恵だけ受けられるのか?
そうか、わかったぞ。つまりこの剣は――
「シュヤク! ちょっとシュヤク!」
「……はっ!?」
肩を掴んで激しく揺らされ、その衝撃で我に返る。すると俺の顔のすぐ側に、真剣な表情で俺を見つめるリナの顔があった。
「リナ? 何だよ急に」
「急にじゃないわよ! アンタその剣を掴んだ瞬間動かなくなって、何回呼んでも返事しなかったじゃない! どうしたの? 何があったの!?」
「何がって、そりゃあ……………………???」
問われて考え、しかし俺の頭は空っぽになる。あれ? 俺さっきまで何してた? 何かスゲー難しいことを考えていた気がしたんだが……んんん?
「シュヤク?」
「あー、えっと…………すまん。ただボーッとしてただけみたいだ」
「えぇ……?」
「ふむ? なあシュヤク、私もその剣を持ってみていいか?」
「別にいいけどぉぉぉぉ!?!?」
アリサに言われて剣を渡そうとすると、突如として剣全体が猛烈な光を放ち始める。思わずギュッと目を瞑るとフッと手にあった剣の重さが消え……目を開けた時、俺の手には何も握られていなかった。
「あ、あれ?」
「あーもう、何なのよ急に!? あれ、シュヤク剣はどうしたの?」
「眩しくて落としちゃったニャ?」
「目を閉じてはしまったが、音が聞こえなくなったわけではない。落とせば流石に気づくと思うが……」
「…………シュヤク様」
皆がその状況に戸惑っていると、何故か目を潤ませたセルフィが俺の前に跪き、祈るように両手を重ねる。
「眩き白に目がくらむなか、シュヤク様のなかに太陽の如く強く温かい光が吸い込まれていくのを感じました。貴方様こそ神の寵愛を受けた御仁だったのですね!
ああ、どうかこの祈りと感動をお受け取り下さい!」
「うぇぇっ!?」
「ちょっ!? ネトラレ! これ完全にNTRッス! 先輩、これどういうことッスか!?」
「いやいやいやいや、俺だって何が何だか……とりあえず、セルフィ? その祈る感じはやめてもらってもいいか?」
「わかりました。シュヤク様の御心のままに」
「ウギャー!? これ完全に墜ちてるッス! 先輩が命令したら顔を赤らめながら法衣を脱いで、気づいたら処女懐胎してる流れッス!」
「セルフィママが、本当にママにされちゃう!? シュヤクアンタ、何てとんでもないことしてくれたのよ!」
「俺のせいか!? てか、俺にどうしろと!?」
「ふふ、ご安心下さいモブロー様。私は決してモブロー様を蔑ろにするつもりはないのです。ただそれとは別に、シュヤク様に全てを捧げようと考えているだけで……」
「う、う、うわぁぁぁぁぁぁん! 酷いッス! あんまりッス! 神も仏もないッス! 先輩なんてヒロイン全員から使用済みティッシュを見るような目で見られればいいんスー!」
「あ、おい!?」
よくわからん罵倒を残して、モブローが泣きながら店を飛び出していく。だがまだミモザとの話が終わってないので、追いかけるわけにもいかない。
「はぁぁ……ねえシュヤク、出家と宦官、どっちがいい? 選ばせてあげるわ」
「選ばねーよ! 何で隙あらばこういう流れになるんだよ!? プロエタはそういうゲームじゃねーからぁ!」
呆れた声でどっちも地獄の選択を突きつけくるリナに睨まれつつ、俺は世界の不条理を高らかに叫ぶのだった。





