特別には特別……あるかもな
「とまあ、こんな感じやな。どうや、脆いやろ?」
「……いや? いやいやいや? いやいやいやいやいや!?」
肩をすくめて苦笑するミモザに、俺は何とか言葉を捻り出す。いやいやいやいや……え、マジで?
「ちょ、ちょっと待ってくれ! インゴットがそんな風にへし折れる様など、私は初めて見たのだが!?」
「そう、ですね。金や銀のように柔らかい金属はありますから、大きくへこむとか曲がるならまだわかりますけど、へし折れるというのは……?」
「それがこの金属の不思議なところっちゅうか、特性の一つやな。熱を加えている間は普通の金属みたいに粘りもあるし、叩いて鍛えることもできるんやけど、こうして冷ますとそれが全部なくなるんや。
かといって凄く硬いってわけでもなくて……ウチの感覚やと、大体ガラスと同じくらいやな」
「ガラスって……確かにガラスで作った剣とかはあったけど…………」
「えっ、そんなもんあるんか!? まあ飾りとかなら……?」
呆気にとられるリナの呟きに、ミモザが驚いてから納得する。ちなみにガラスの剣というのはいくつかのゲームに存在し、「一撃で壊れるけど攻撃力が馬鹿高い武器」というのが定番だが、プロエタには存在しない。装備に耐久力とかないからな……っと、それはそれとして。
「ってことは、これを武器や防具にするなら、常に熱い状態を保たないといけないわけか?」
「いやいや兄ちゃん、金属が溶けるような温度の武具を身につけるつもりか!? 普通に火傷すんで。それに脆くはなくても柔いんやから、結局武具としては使えへんしな。
で、普通ならこういう金属は他の金属と混ぜて合金にするんやけど、それもでけへん。となるとあとはもう通常の武器にメッキみたいにこれを塗りたくるか、さもなきゃ実際には使わない儀礼用の装備にするくらいやな。
見栄えはええし、そういう意味ではある程度の量が確保できれば、金に変わる金属になるかも……ちゅうのがウチの見解や」
「ほーん、そうなのか……」
「むぅ、まさか伝説の金属が儀礼用とは……」
「確かに思ったのとはちょっと違いますね」
「でもピカピカ光るビキニアーマーとか、需要があると思うッス」
「それはアンタだけでしょ!」
ミモザの説明を聞き終え皆が微妙な表情を浮かべるなか、しかし俺は太陽鋼のきちんとした活用方法を考えていた。
「ガラスみたいな……単分子ブレード的な剣とかいけるか?」
「あのねぇシュヤク、そんな浪漫武器、現実に……あ、そっか。ここファンタジーな世界だもんね。ひょっとしていける?」
「たんぶんしブレード? なんやそれ?」
「えーっと……要は滅茶苦茶に薄い刃なら、物と物がくっついている隙間を通して何でも切れる、みたいなやつだ」
「えぇ? まあ薄い方が切れるのはそうやけど、それだと強度が……ああ、元から脆いから関係ないっちゅう話か。でもそれ、どのくらい薄かったらええんや?」
「……………………リナ?」
「え、分子の大きさなんてアタシだって知らないわよ」
「自分は知ってるッス! 物によって違うッスけど、大体一ナノメートルくらいッス!」
俺とリナが顔を見合わせていると、モブローが得意げに発言する。おお、これは素直に感心だ。
「へー。スゲーなモブロー。何でそんな詳しいんだ?」
「可愛い女の子がクシャミをした時、その飛沫の有効射程――」
「わかった、もういい……で、一ナノメートルってどのくらいなんだ?」
「一〇億分の一ミリッス。分かりやすい例だと、そうッスね……髪の毛の太さの一億分の一くらいッス」
「おぉぅ……だそうだミモザ。この金属を、髪の毛の一億分の一くらいまで薄く引き延ばしたら、何でも切れる剣にできるんじゃね?」
「できるかアホ! そりゃウチは凄腕やけど、物には限度っちゅうもんがあるやろうが! 常識で考えろや!」
「ですよねー」
ファンタジーな世界のキャラクターに常識を語られるという状況に、俺は苦笑しながら同意する。どうやらゲームの世界ですら、まだ浪漫には追いつけないらしい。
「あの、これはちょっとした思いつきなのですけれど……」
と、そこで意外にもセルフィがそっと手を上げて発言する。俺達が注目すると、少しだけ言いずらそうな顔になりつつ、セルフィが言葉を続けた。
「極めて特別な金属ですから、何かこう……特別な場所で、特別な方法で鍛えなければならないというのは考えられませんか? 神の祝福がなければ正しい形を成さないというのは?」
「経緯を考えるとあり得なくもないわね。実際神様はいるわけだし、そのご加護があるとちゃんとした武器になる……ううん、逆か。そういうものがないと武器として使えないようになってる?」
「あるいはそもそもこれは武器を作るものじゃないことも考えられる。強力な封印の魔導具が、たまたま剣の形として造られただけかも知れない。
あるいは勇者の剣と邪神を封印している魔導具は別物だけど、伝説ではその辺が混同して伝わってるとか」
「ああ、その辺の可能性はありそうッスね。先輩はどう思うッスか?」
「ふむ。二つともあり得そうだけど、どっちも決定的な証拠がねーからなぁ」
「…………なあ兄ちゃん? やっぱり兄ちゃん達、この金属が何なのか知ってるんやないか?」
「ん? だから太陽鋼だって言っただろ?」
仲間内で盛り上がっていると、不意にミモザがジト目を向けてきた。なのでそう答えてやると、ミモザが思い切りしょっぱそうな顔になる。
「いや、だからそんな冗談……え、嘘やろ? ホンマに太陽鋼なんか?」
「多分な。とはいえ俺達がそう確信してるってだけで、他人に証明する手段はない。だからこれは世間的には『謎の金属』でいいんだよ。別に呼び名がなんであろうと、この金属の性質に違いが出るわけじゃねーしな」
「それはそうやけど……えぇぇ……?」
俺の言葉に、ミモザが改めてカウンターの上に戻された、二つに折れたインゴットに視線を向ける。
「…………ひょっとしてウチ、とんでもないことやってもうたか?」
「かもな。でも別に折れたって、溶かしてインゴットに戻せばいいだけだろ?」
「そうやけど……あかん、何かウチ、手が震えてきた。これホンマにヤバいやつか?」
「おいおい、しっかりしてくれよ。じゃあ……そうだな。とりあえずショートソードくらいの大きさのやつを一本、その金属だけで仕上げてみてくれねーか? で、あとは適当な……どうでもいいって意味じゃなくて、ちょうどいい方の適当な。適当な剣の刀身にこいつをメッキしてみるのと、残りはインゴットにしてこっちに戻してくれ。特別な鍛冶場みたいなのが必要かどうか、こっちでも調べてみるから。
あーそれと、これのことは秘密だぜ? さっきも言ったとおり、これが太陽鋼だって証明する手段はねーから聞かれても困るし、あと変なのに目を付けられるのはもっと困るからさ……ミモザ?」
インゴットをジッと見つめたまま動かなくなったミモザの肩をポンと叩く。するとミモザはビクッと身を震わせ、錆びた人形みたいな動きでギギギッとこっちを振り向いた。
「アカン。ウチこんなんよーできる気がせんわ。これジイちゃんに送った方がええんやないか? きっとウチの腕が足りへんから、こんなあっさりへし折れて――」
「ミモザ!」
弱音を吐くミモザの肩を今度はガッシリ掴み、若干腰を落としてその目をまっすぐに見つめる。
「大丈夫だ、お前ならできる。俺達は皆そう信じてるから、お前に仕事を依頼したんだ。実際今まで俺達の命を守ってくれたのは、ミモザの装備だったしな。
それに……」
「……それに?」
「伝説の金属を好き放題にいじり回せるんだぜ? ドワーフなら……いや、鍛冶師なら燃えるとこだろーが!」
ニヤリと笑ってそう言うと、ミモザの震える瞳に力が戻ってくる。
「……せやな。ははは、ウチとしたことが何を弱気になってたんや! こんなでかい仕事任されてやる気にならんかったら、職人なんか今すぐ辞めるべきや!
ああ、やったるで! 兄ちゃん達の期待、全部ウチが背負って形にしたる! この腕に賭けてな!」
「おう、その意気だ! それじゃ頼んだぜ」
「任しとき! 三日で仕上げたるわ! ……すまん、嘘や。五日くらい欲しいわ」
「ハハハ、そっか。なら五日後、期待してるぜ」
最後にちょっと弱気になったのは、個人の意地より職人としての矜持を優先したからだろう。だからこそそれは信頼に値する。俺は笑顔でそれを了承し、早速店の奥に引っ込んでしまったミモザに声をかけて店を後にするのだった。