人間嘘吐いたら駄目だな
「うぁぁー、やっと帰ってこられたぜ……」
王都の空気を胸いっぱいに吸い込みながら、俺はオッサンみたいなうめき声をあげて背筋を伸ばす。ダンジョン「覇軍の揺り籠」を踏破してから、早五日……この五日間は、本当に大変だったのだ。
ダンジョンを出た俺達は、やっぱりそこにいたガシム達と軽く話してから、そのまま馬車でアリサの実家へと移動した。そうして伯爵にダンジョンを踏破したということを伝えたのだが……普通に信じてもらえなかった。
まあそうだろう。あのダンジョンの難易度を体感した身としては、学園の一年生である一五、六歳の子供があれを踏破したと言われて信じろって方が無茶だ。立場が逆なら、俺だって信じないだろうしな。
それに加えて、俺達には一つ致命的な落ち度がある。それは「覇軍の揺り籠」の最下層のボスを倒していないことだ。
言うまでもないが、「百眼のアルマリア」は特殊なイベントボスだった。それが本来のボスの代わりに配置されていたわけだが、逆に言えばそのせいで本来のボスとの戦闘ができなかったということでもある。
なので俺達は誰も「覇軍の揺り籠」の本来のボスの姿も知らなければ、倒した証拠となるようなドロップアイテムも取得していない。伯爵側もそこに辿り着く手段がないのだから調べることはできないだろうが、それでも武勇に相応しいだけの「何か」をダンジョンから持ち帰らなければ納得してもらえなくて当然。
もっとも、そんなことは最初からわかっていたことだ。故に俺があらかじめ渡しておいたそれを、アリサが伯爵に渡す。
「お父様、こちらを」
「む……これは?」
「その……最奥のボスが残した宝、です…………」
若干顔を逸らしながら言うアリサの言葉に、伯爵が渡された小瓶をしげしげと見つめる。そう、小瓶だ。太陽鋼の鉱石を渡せば話は秒で終わるんだろうが、それは駄目だと散々言われたからな。
「ふむ。見たところポーションの類いだと思うが……おい、レイミスを呼べ」
「ハッ!」
伯爵が指示を出し、程なくして神経質そうな顔をした中年男性が室内に入ってくる。レイミスと呼ばれたその男は伯爵から小瓶を受け取りしげしげと観察すると、すぐにワナワナと震えながら奇声を上げた。
「ま、ま、ま、まさかこれは、伝説の霊薬エリクシールでは!?」
「何だと!?」
「いやいや! そんなことはないと思うぞ! おそらくそれより二つか三つくらい下の品質のものではないかな? 多分だが!」
その様子に、アリサが焦った声でそう告げる。ちなみにエリクシールとは使うとHPとMPが全回復する最上位のポーションだが、裏ダンジョンである「絶望の逆塔」を除くと、この世界には三本しかない貴重品である。
まあゲームの力でおかしくなった俺も使ったことあるし、そもそもモブローのインベントリには大量に入っているわけだが、それはそれとしてエリクシールは太陽鋼ほどではないにしろ、貴重品には違いない。
それだと結局騒ぎになるので、そこからランクを落とした「癒やしの雫」という、使うとHPを固定値で三〇〇〇回復するアイテム……ちなみに最大値は九九九九……を渡してみたのだが……これ大丈夫か?
「むむむ、確かに王城に保管されているエリクシールとは、輝きが違うような……とはいえ瓶から感じられる魔力量からすると、かなり上位のポーションに違いはありません。伯爵様、これはどちらで?」
「アリサ達が『覇軍の揺り籠』から持ち帰ってきたのだ。最奥のボスを倒した宝ということだが……」
「これほどの薬が手に入るなら、現状の鉱山のような運用よりも本格的にダンジョンを踏破し、これを探した方がよいと具申させていただきます。
鉱物なら金で買えますが、このような品質のポーションは稀にオークションに出る程度で、欲しいからといって手に入るものではありませんし、欲しがる者は幾らでもいるでしょうから、換金することも容易です」
「ふむ。確かに一考の余地が――」
「お待ちくださいお父様! それはその、ボスの! ボスの討伐報酬なので、そんな量産できるというか、いつも手に入るようなものではないのです!」
「なんと、これはボスの討伐報酬なのですか!? この手の消耗品は出現率も高いとのことですから、それならば尚更――」
「なっ!? ま、待ってくれレイミス! だからその……おいシュヤク、貴様も何とか言え!」
「俺!? あー、えっと……」
癒やしの雫はモブローのインベントリから提供してもらったものなので、あのダンジョンのボスがそれを落とすかはわからない……というか十中八九落とさない。つまりは嘘の報告なわけで、焦るアリサに話を振られても、俺だって困る。
まあその場はロネットが何とかいい具合にまとめてくれたのだが、伯爵の指示でダンジョンの再調査があったり、そこに唯一の踏破者である俺達も意見を言ったりしなければならなくて、とにかくずっとゴタゴタしていたのだ。
「やはり人間、嘘は駄目だな。まさかあれほど苦労させられるとは……」
「とはいえ、正直に太陽鋼があったとお伝えするわけにもいきませんでしたから。それを伝えていたら、今も私達は伯爵領から出られなかったと思いますよ?」
「偉い人は面倒くさいニャー。でもベッドはふかふかだったし、サバ缶もいっぱい食べられたからクロは満足ニャ。
でもやたらとお世話しようとする人達はちょっと苦手だったニャ」
「メイドさんにお世話されるって夢だったけど、実際されると割と気疲れするわよね。初めて知ったわ」
クロエの言葉に、リナがげんなりした表情を浮かべる。基本伯爵家に泊まり込みだったので、朝はメイドさんが起こしに来てくれたり、着替えとかまで手伝ってくれようとしたのだが……まあ、うん。あれは確かにちょっと困るな。
まあ今の体ももう一六歳なので、流石に子供扱いはされなかったが……もし見た目が一〇歳、中身が二八歳なんて状態になってたら、色々な意味で困り果てていたことだろう。無知な少年に綺麗なメイドさんが無防備なところを晒して……
「……シュヤクよ。貴様今、何か不埒なことを考えていないか?」
「えっ!? 何で突然!?」
「そうですね。シュヤクさんの目が何だかいやらしい感じになっていた気がします」
「は!? いやいや、そんなことねーだろ!?」
「仕方ないわねぇ……ほら、もぐかちょん切るか、好きな方を選びなさい」
「選ばねーよ! ほら、そんなくだらないこと言ってないで、ミモザのところに行くぞ!」
「あ、誤魔化したニャ」
「いかんぞシュヤク。メイドに手を出すくらいなら、まずは私に手を出すべきではないか?」
「いや、だから――」
「ふふふ。駄目ですよ二人共。こういうときはさりげなく誤魔化されてあげるのがいい女というものなのです。
それにこの前の話を聞いてしまうと、女性をそういう目で見られるようになるのはいいことなのでは?」
「でもシュヤクって、前から普通にエロいこと考えてたわよね? 恋愛と性欲は別ってこと? 都合のいい女なら大歓迎って、流石はヤリチン主人公様ね! 死ねばいいのに!」
「あの、もう本当に勘弁してもらえないですかね?」
俺は何もしていないのに、何故俺の評価とかイメージが爆速で落ちていくのだろうか? いやまあ、確かにメイドさんのちょっとエッチな姿を想像したことは否定しねーが、そんなの誰だってするだろ? するよな?
「あ、先輩! やっと帰ってきたんスね」
「うぉぉ、モブロー!」
と、そこに通りの向こうからモブロー達がやってきた。俺は笑顔で手を上げるモブローに駆け寄り、ガッシリ肩を掴んで問いかける。
「答えろモブロー! 綺麗なメイドさんと言えば!?」
「エロスの権化ッスね。嫌がるメイドさんにご主人様として命令……逆にメイドさんに馬乗りになられて罵倒されるのもアリッス。もしくは童心に返ってスカートのなかでかくれんぼとか? スカートの中に籠もった蒸れた空気に包まれながら、ムチムチの太ももに挟まれつつ見上げた先には聖なる三角形……人が生きる理由の九割くらいがそこにあるッス!」
「お、おぅ。聞いといてなんだけど、そこまでは求めてねーよ……」
「モブロー様、流石にそれは業が深すぎるかと……」
「モブローは本当にどうしようもない」
若干引きながらモブローから離れると、左右にいたセルフィとオーレリアもモブローのレベルの高さに呆れた顔をする。
「え、何スかこの空気? 自分は先輩に聞かれたから答えただけなのに! 酷いッス! あんまりッス! 巻き込まれ事故ッス! 風評被害ッス!」
「いや、完全に自業自得でしょ」
「よくわかんなかったけど、モブローが気持ち悪いのはわかったニャ」
「そうだな。こう言っては何だが、我が家に招待しなくてよかったと思ってしまった」
「むしろその発想を生かして娼館でも経営されたら、大成功されるのでは? 流石にそちらに手を伸ばす気はありませんが……」
「先輩のせいで酷い目に遭ってるッス! 責任とって欲しいッス!」
「知らんがな……」
瞬時に立場が逆転し、泣きついてくるモブローを苦笑しながら引き離す。どうやらおかげで俺の事は有耶無耶になったようだが……すまんモブロー。あとで飯くらい奢るからな。





