いやいや、忘れたわけじゃないですよ?
「えっ? えっ!? どういうこと!? 何で攻撃してないのに死んじゃったわけ!?」
「さあな……チッ、まだ聞きたいことがあったんだが、まんまと逃げられちまったぜ」
満足げな笑みを浮かべて消えていったアルマリアを見送り、俺は小さくそう呟く。ガズの時と違って今回はこっちの作戦により完璧な勝利を収めたが、気分としてはあの時よりも盛り上がらない。
そりゃそうだろう。何せ聞かされたのが「お前のせいで世界がヤバい。だから世界を救うためにお前を殺す」なんて内容だ。ガズもあの婆さん……アルマリアもこの世界のために戦っていて、俺はそれを阻んじまったわけだからな。
「世界を救う主人公に転生したはずが、いつの間にか世界を滅ぼす魔王になってました……ハッ、安いウェブ小説みてーだな」
思わずそんな自虐的な言葉が零れる。するとそんな俺の背中を、リナがパシーンと思い切り引っ叩いた。
「イテェ!? 何すんだよリナ!」
「アンタがしょぼくれたこと言ってるからでしょ? そういうのは顔だけにしなさいよね!」
「しょぼくれたって……待て、今スゲーさりげなく人の顔ディスらなかったか?」
「そういう細かいことを気にするからアンタは残念イケメンなのよ! そもそもアリサ様達を誘拐してアタシ達を殺しに来た敵の言葉を真に受けること自体がナンセンスだし、仮にそうだったとして、じゃあアンタ世界のために自殺でもするの?」
「それは……しねーけど……」
「なら悩む意味ないじゃない! アタシ達が気にするのなんて、三年……もう二年とちょっと? 後にやってくる魔王を撃退する方法だけで十分なの! その後のことはその後考えなさい。あのお婆ちゃんも『好きに生きろ』って言ってたでしょ!?」
「……リナ、お前って本当に悩まねー奴だな」
「当たり前じゃない! そういうのはもうやりきったから、あとアタシが悩むのは甘いデザートをお代わりするか否かくらいよ! それに……」
「? それに?」
問う俺に、リナがふと視線を落とす。その先はもはや何もない……少し前までアルマリアが倒れていた場所。
「……何となくね。あのお婆ちゃんは、アタシがウジウジ悩んで人生を無駄にするのを喜ばない気がしたのよ」
「アルマリアが? 何で?」
「さあ? アタシにもわかんない。だからあくまで何となく、よ」
そう言って小さく笑うリナの顔は、どこか寂しげに見えた。その態度に内心で首を傾げていると、空気を読まないことに定評のあるモブローがリナに声をかける。
「そう言えばあの敵、モブリナにだけ何か話しかけてたッスね。ひょっとして知り合いだったりするッスか?」
「え? ないない! あのお婆ちゃんに会ったの、姐御……じゃない、ミーア先輩のイベントの時が初めてだもの。実際話すのだって、あの時の二回に、この前と今で……四回目? くらいよ?」
「えー? でもなんかこう、モブリナに思い入れがありそうな感じだったッスよ? ハッ! ひょっとしてあれは未来のモブリナで、しわくちゃになった自分が受け入れられず、元のピチピチボディを取り戻そうと…………いや、ないッスね」
「おいモブロー、アンタなんで今アタシの体を見てから目を背けたわけ?」
「いやぁ、そんな貧相な体なら、多少しわくちゃでも大した違いは……痛い痛い痛い!? この世のものとは思えない苦痛が脳天を直撃してるッス!?」
「今すぐ地獄を思い浮かべなさい! そんなものは天国だと思えるくらい、全力で痛めつけてあげるわ!」
「ヘルプ! ヘルプッス! セルフィ! オーレリア! せんぱーい!」
「申し訳ありません。今のは流石にモブロー様が悪いかと……」
「ん。自業自得」
「悪いなモブロー。助けるか見捨てるかの選択ウィンドウすら出ねーんだ」
リナにこめかみをグリグリされて悶えるモブローを皆で華麗に見捨てていると、今度はアリサが俺に声をかけてきた。
「さて、シュヤクよ。色々と気になる単語が多すぎて今すぐにでも問い詰めたいところなんだが、ひとまずはダンジョンから出ないか? ここでゆっくり話すというものでもあるまい」
「そうですね。元々予定していた期日よりは短いですけど、ここが最奥だというのならこれ以上留まる理由もありませんし」
「あー、そうだな。なら伯爵様に『ダンジョン攻略しました』って伝えにいくか」
すっかり目的がすり替わっていたが、当初俺達がこのダンジョンに挑んだのは、伯爵に「ダンジョンを踏破してみせよ」と言われたから――
「でもシュヤク、鉱石は掘らなくていいニャ?」
「「「あっ」」」
クイッと小首を傾げるクロエに、俺のみならずアリサとロネットも声をあげる。あー、鉱石……うん、そうだ。本当に本当の目的は、装備を更新するために鉱石を掘りに来たんだったよな…………
「鉱石、鉱石かぁ……ここにはねーよなぁ」
改めて周囲を見回してみるが、ボス部屋なので当然採掘ポイントなどない。なら二九階層に戻る? えー、今から? ボス戦終えたのに引き返して、心身共に疲れ切ってる状態で大量のスケルトン軍団を捌きながら鉱石を掘るの?
うわぁ、やりたくねー。全力でやりたくねー。自分達のためだとわかっているのに、本能がその作業を拒絶してくる。
でも……でも、だ。今ならモブローがいるから、重い鉱石を幾ら掘っても手ぶらで戻れる。それに多分この奥には第一階層に戻るショートカットがあるだろうから、二九階層に戻っての鉱石掘りは、おそらくもっとも簡単に最高品質の鉱石を手に入れるまたとないチャンスでもある。
「あーーーーーーーーーーーーーーーー……………………しゃーない、戻るか」
自分がラスボスだと言われた時の五倍くらい悩んだ挙げ句、俺はそう決断した。俺はモブローと違って明日の自分をそこまで信じられないのだ。だがその決断に、モブローをグリグリしながらリナが待ったをかける。
「あ、待って。それより先に、ボスの討伐報酬を見とかない?」
「討伐報酬……あるのか? ガズの時には何もなかっただろ?」
「あれはそもそも、アンタの覚醒イベントがある場所にガズが横入りしてきたからでしょ? でもここって、何だっけ……『覇軍の揺り籠』? そのダンジョンの最奥なんだから、そっちの攻略報酬はあるんじゃない?」
「ふむ? そう言われるとそうだな。ならちょっと行ってみるか」
アルマリアを倒した事とダンジョンを踏破したことは、確かに別枠だ。その言葉に納得し、俺は皆と一緒に部屋の奥にいつの間にか出現していた扉の方へ近づき、それを開く。すると小部屋の中央には見慣れたショートカット用の魔法陣が輝き……
「……岩? え、まさかこれ、採掘ポイントか!?」
小部屋の四隅に、違和感バリバリのオレンジ色の岩が設置されている。壁が岩肌だというのならまだしも、ボス部屋と同じ真っ白な壁にそれは笑ってしまうほどの自己主張だ。
「ほぅ? このダンジョンの最奥は、こんな風になっていたのか……」
「シュヤクさん、早速掘ってみましょう!」
「お、おぅ。そうだな……掘ってみるか」
俺はロネットが背嚢から取り出したピッケルを受け取ると、オレンジ色の岩に向かって振り下ろす。するとカツンという軽い手応えと共に、握りこぶし大のオレンジ色の鉱石がポロリと転がった。
「おお、掘れた……けど、これ何だ?」
「オレンジ色の鉱石なんてゲームにはなかったわよね?」
「うーん、自分もわからないッス……」
「私も知らない。でもアリサなら知ってるんじゃない?」
「いや、私もこんな色の鉱石は初めてだ。通常このダンジョンで掘れるのは魔鉄鋼……赤銅色の鉱石のはずなんだが」
「? ロネット、どうしたニャ?」
クロエの言葉にふと視線を向けると、ロネットが何故かパクパクと口を動かし、声にならない声をあげていた。あまり大丈夫ではなさそうな感じに、セルフィがそっと声をかける。
「あの、ロネット様? 体調が悪いようでしたら、私が回復魔法を――」
「た、た、た…………」
「た?」
「太陽鋼…………まさかこれ、太陽鋼では…………?」
「……えっ」
震える指を向けてくるロネットに、俺は手の中でほんのり温かい鉱石に改めて視線を落とした。