種明かし
「おい坊や、こいつはどんな手品だぃ? 正規の手順を踏まずにアタシを無力化する方法なんて、アタシ自身にすら思いつかないんだけどねぇ?」
「誰が坊やだよ! って、やっぱ何か倒す方法があったのか」
クロエに体を押さえつけられながら猫なで声で問うアルマリアに、シュヤクがそう言って悔しそうな表情を見せる。するとそんなシュヤクに、すぐ側にいたモブリナが笑いかける。
「ま、明らかにギミックボスだったもんね。ちなみにどうやったら倒せたかって聞いてもいい?」
「……まあ、いいかねぇ」
もはや勝負は決しているし、教えたところで重要アイテムは失われている。ほんの一瞬の逡巡の後、アルマリアは自分の倒し方や、それを知るためのヒントが何であったかなどを懇切丁寧に説明してやった。するとそれを聞いたモブリナが、地団駄を踏んで悔しがる。
「何それ!? てか、イベントアイテムを壊せるってどういうこと!?」
「そんなのアタシだって知らないよぉ。ま、それだけアンタが特別……いや、世界の理からはみ出した特異な存在だって事だねぇ、キッヒッヒ!」
「うぎー! 嬉しくない!」
「さあ、こっちは教えてやったんだ。そっちも手品の種明かしを聞かせてくれてもいいだろぅ?」
「ん? ああ、そうだな。ギブアンドテイクか」
怪しく目を輝かせるアルマリアに、シュヤクもまたあっさりとそう言うと、まずはクロエに視線を向けた。こちらもまた二度同じ手が使えるものではないため、知られても困らない。
「まずアンタがクロエを見失ったのは、クロエが『ハイドシャドウ』のスキルを使ったからだ」
ハイドシャドウのスキルは、使うと「次に行動するまで敵の攻撃対象にならない」という効果がある。これは現実だと「敵の認識から外れる」という効果になり、それによりアルマリアはクロエを認識することができなかったのだが……
「はぁ? そんなスキル如きで、このアタシの目を誤魔化せるはずが……」
「かもな。でも俺達は運が良かった。何せここに六人で来てたからな。目の前で五人パーティが戦ってれば、何の違和感もなかっただろ?」
「キヒッ!?」
ニヤリと笑うシュヤクの言葉に、アルマリアは思わず引きつった声をあげてしまった。
そう、確かにアルマリアの目は、五人で戦うシュヤク達の姿を捕らえ続けていた。そしてこの世界において、一パーティは五人までが常識。五人いたからこそ、アルマリアの「常識」は、少し前までいたはずの六人目を無意識に排除してしまっていたのだ。
「なんてこったい、これも弱体化の影響……いや、アタシが甘かったのかねぇ。そのお嬢ちゃんに不意打ちをされた理由はわかったよ。でもそれとアタシを無力化する方法が繋がらないんだけどねぇ?」
「へへへ、それこそ事前の仕込みのおかげさ。なあモブロー?」
「そうッスね。まさかボスキャラにまで有効とは思わなかったッスけど」
そう言って、シュヤクとモブローはアルマリアの腕に視線を向ける。そこにはまっていたのは、少し前までモブローが身につけていた「封魔の腕輪」だ。
「お前が顔見せしに来た時、次の相手も人型だってのはわかってた。だからその時から、ひょっとしたら使えるかもって思ってたんだ」
「『封魔の腕輪』の効果は、自分が身を以て立証済みッス! それをつけられたら何にもできなくなるッスよね?」
「『封魔の腕輪』……存在しないはずのイレギュラー……」
種明かしをされ、アルマリアは静かにそう言葉を漏らす。本来「プロミスオブエタニティ」という世界に、そんな魔導具は存在しない。だがだからこそそれは世界の理の「縛り」から外れ、ボスキャラが持つ「あらゆる状態異常の無効」の抜け道となったのだ。
「あんたにこっそり腕輪をはめることができれば、こっちの勝ち。でもあんな目ばっかり強調する奴が簡単に隙を晒すはずがない。だから俺達はクロエが身を隠したあと、初めからクロエがいなかったように戦いを続けた。
そして最後に、俺が無謀な特攻をしかけ、あんたの攻撃を食らった。そうすりゃあんたは間違いなく、俺が回復しないように仲間達に……クロエ以外に全神経を集中する」
「なるほどねぇ。アタシが隙を作ったってより、アンタの手のひらで隙を作らされたってわけかぃ。でもそれでアンタが本当に死んだらどうするつもりだったんだぃ?」
「勿論、お守りは持ってたさ。あんたがアリサ達に渡したのとは違う、本物のお守りをな」
言って、シュヤクが鞄から小さなぬいぐるみを取り出す。腹に大穴が空いて綿が飛び出しているそれは、「所持していると一度だけ戦闘不能を無効にしてくれる」という、こちらはプロエタに存在していたアイテムだ。
「それは『身代わり人形』かぃ? でもそれは、そっちの出来損ないには持たせてなかったはずだけどねぇ?」
「だな。確かにモブローは持ってなかったから、別の人に貰ったんだよ」
この「身代わり人形」は宝箱とイベント報酬でしか手に入らず、ゲーム全体を通しても六個しか手に入らない貴重品だ。だがそのうち一つを提供してくれるのが、他ならぬミーアである。
つまり、ミーアは「身代わり人形」を持っていることが確定している。なのでシュヤクはクロエを通じ、ゲームではあり得ない「イベント報酬の前借り」をしてこの人形を手に入れていた。
唯一の懸念はゲームの概念における「戦闘不能」と現実の「死亡」は違うので、効果がどういう形で発揮されるか不明だったことだが、即死さえしなければ人間は割と死なないというかつて何かの漫画で得た知識を信じてシュヤクは特攻し、今回は見事その賭けに勝つことができた。
「想像と違う効果だったらどうしようかと思ったんだが、ちゃんと助かってホッとしたぜ」
「フンッ、何もかも坊やの掌の上だったってことかぃ。面白くないねぇ」
「そりゃ残念。でも参加費はちゃんと払ってもらうぜ? さあ、二人を返せ」
シュヤクの声が一段低くなり、アルマリアに凄む。すると突如としてシュヤク達のすぐ側に、水晶柱に封印されたままのアリサとロネットが出現した。
「……へえ、物わかりがいいな? てっきりもっとごねられるかと思ったんだが」
「キヒッ! 別にアタシが何かしたわけじゃないよぉ。この状況を、世界が『アタシの敗北』と判断したから出てきたんだろうねぇ」
「ほーん? まあいいや。で? 二人はどうやったらこの……何? 封印? そういうのが解けて出てくるんだ?」
もはやシナリオの完了を疑っていないシュヤクの問いかけに、しかしアルマリアはニヤリといやらしい笑みを浮かべる。
「キーッヒッヒッヒッヒ! 簡単さぁ! 小僧、お前が変わりゆく二人の想いを……仲間としてだけじゃなく、恋人としての想いを受け入れてやれば、それで水晶が砕けて出てくるよぉ!」
「なっ!?」
その言葉に、シュヤクが思わず声をあげる。水晶柱に閉じ込められているアリサとロネットの顔を交互に見て、何とも渋い表情になり……そんなシュヤクの様子に、アルマリアは押さえつけられた肺の空気を全て吐き出す勢いで高笑いをあげた。
「キーッヒッヒッヒッヒ! 小僧、お前にそれができるかぃ? できないだろう? だったらこのままさ! ああ、その心は変わることなく、その想いは永遠に! この勝負、どっちの勝ちかねぇ! キーッヒッヒッヒッヒッヒッヒ!」
それはアルマリアが仕掛けた最後の罠。「百眼」の力で全てを見ており、シュヤクが異性からの好意を受け入れない……何なら嫌悪すらしていると知っていたから可能だった必勝の策。
「なあに、気にすることはないよぉ。この状態の小娘達は、眠っているようなものだからねぇ。飢えることも乾くこともない。何年だって何十年だって、このままでも何の不都合もないんだ。
だから焦らずじっくり自分と向き合って、慎重に答えを出すんだねぇ。キッヒッヒッヒッヒ!」
かつて、ガズは時間を敵だと言った。時間をおけばおくほどシュヤク達は「シナリオ」からズレていき、それが世界の維持に致命的な問題を発生させると危惧していた。
だが今のアルマリアにとって、時間は味方だ。このままシュヤクが迷い続け、何もせずにここで足踏みしてくれるならそれが一番いい。もはや世界が救われずとも、無難に終わってくれるなら十分なのだ。
「なるほど、そういうことか……」
しかしそんな思惑など、シュヤクには関係ない。シュヤクは仲良く並んだアリサとロネットの水晶に手を触れると、そっと二人に語りかけた。