仕掛けの盲点
今回から3話ほど三人称です。
「ハイエス・マナボルト! ……よし、一〇個目だ、降りてくるぞ!」
天井に輝く無数の目。そこからわずかに違う一〇個を潰し終えたことで、シュヤクが叫ぶ。するとそれに合わせるように天井の闇が凝縮し、ぼたりと水滴のように床に落ちてきた。
それが形作るのは、弱々しい老婆の姿。最初の状態に戻ったアルマリアに、シュヤク達が一斉に攻撃を仕掛ける。
「これで五回目だぞ!? いい加減くたばりやがれ!」
「キーッヒッヒッヒ! 無駄無駄無駄! 無駄だよぉ! 百眼の魔女、パララアイズ!」
そう、このやりとりは既に五回目。しかし以前の四回は、あと一歩というところで再びアルマリアが天井に登ってしまい、仕留めきれなかった。だからこそ気合いの入るシュヤク達だったが……その間抜けな頑張りに、アルマリアは内心でほくそ笑む。
(キッヒッヒ、こんなこと幾ら繰り返したって、アタシを倒すことはできないのにねぇ)
百眼のアルマリア。その本来の能力は、ガズと同じくカンストのレベル二五〇だ。その力を遺憾なく発揮できるなら、今のシュヤク達など枯れ木のような腕の一振りで殲滅することができる。
だがガズと同じく、アルマリアもまた世界の意志からは逃れられない。直接戦うとなればその能力は大きく弱体化され、「シュヤク達が頑張れば倒せる程度」に調整されてしまう。
故にアルマリアは一計を案じた。それこそがガズのような正統派のボスではなく、自らをギミックボス……純粋な戦闘能力は劣るが、特定の手順を踏まないと倒せない存在とすることだ。
そのためにアルマリアは、幾つもの仕込みをした。まずは通常のNPCのようにシュヤク達と関係を持ち、自分という存在をシュヤク達に認識させる。そうすることで根本的な弱体化……たとえば知能や人格を著しく損なうような……ものが起こる可能性を極限まで下げた。自分という存在を認識させることで、自分以外のモノに成り果てる可能性を排除したのだ。
加えて、イベント戦闘として成り立つように、フラグも投げた。必要なアイテムを集めさせ、その一部をヒロイン達に与えることで自らを「シナリオ」のなかに積極的に溶け込ませ、自分が望む形になるようにある程度流れをコントロールしたのだ。
無論、アルマリアとて万能ではない。だが世界を見通す力を持つアルマリアであれば可能……その結果が今の状況である。
「ほぉら、そろそろ時間切れだよぉ! 悪あがきもそろそろ終わりにするんだねぇ!」
「くそっ! 稲妻全力斬り!」
シュヤクの攻撃が、アルマリアの胴を両断する。だがアルマリアは再び闇に溶け、天井に広がり無数の目を展開していく。
「キーッヒッヒッヒッヒ! さあ、また絶望の光を降らせてやるよぉ! 百眼の魔女、デッドリーポイズンアイズ!」
「ぐおっ!?」
一見無敵に見えるアルマリア……だが当然倒す方法はある。その方法とは、この天井モードの際に決められた一〇個の目を指定された順番通りに潰すというものだ。そうすると目の力を失ったただの老婆としてアルマリアが床に落ち、そうなれば何の抵抗もできずにあっさり斬り伏せられ、それにて戦闘終了である。
だが、ランダムに配置される目を見つけるだけでも一苦労なのに、毎回変わる順番まで指定されているとなれば、偶然で引き当てるのは奇跡に近い確率が必要となる。世界はそんなアンバランスを許さず、シュヤク達には対策手段が用意されていた。
アルマリアが渡し、モブリナが持っていたお守り。あれこそがアルマリア討伐の鍵であった。あれを身につけているとダミーの目が赤に、本物の目が黄色に、そして今潰すべき目が青に光って見えるようになっていたのだ。
そしてそのためにこそ、お守りを渡されたキャラのなかでもっとも主人公に対する好感度の低いキャラだけは水晶柱にならない。モブリナが助かったのは偶然でも何でもなく、それこそ世界の意志だったわけである。
もしモブリナがあのお守りを身につけたままでいたなら、すぐに気づいて仲間に伝えただろう。そうなれば戦い方は一変し、目を守るアルマリアとそれを狙うシュヤク達の激しい攻防となるはずだったのだが……
(キッヒッヒ! まさかあの小娘が、自分でそれを壊してくれるとはねぇ!)
ゲームなら「それを捨てるなんてとんでもない!」と言われる重要アイテム。だが現実では捨てることも壊すこともできる。あるいはヒロインキャラであれば世界の意志が壊すことを許さなかったかも知れないが、モブリナはアルマリアが造った改造NPC。世界の意志からの干渉を抑えられるようになっていたために、それを壊すことができた……できてしまった。
(奇跡みたいな幸運でも起きなきゃ、もうあいつらにアタシを倒す手段はない! 仮に七つ八つまで偶然で潰されたとしても、残りを全力で守り切れば最初からやり直し! これじゃ負ける方が難しいよぉ、キッヒッヒッヒッヒ!)
見分ける手段が失われただけで、アルマリアを倒す手段そのものは何も変わっていない。それ故世界の意志はこの状況を許容し、結果としてアルマリアはほぼ不死身となった。
「先輩、もう薬のストックがないッス!」
「チッ! なら次で……次こそ決める!」
と、そこでモブローから告げられた言葉に、シュヤクが苦しげに顔を歪めながら剣を構える。HPやMPの回復薬こそまだ上位、最上位のものが残っていたが、状態回復系の薬……特に猛毒や石化のような放置できない異常の回復薬が遂に底を突いたのだ。
「シュヤク、オーレリア! アレとアレと……あとアレ! あの目!」
「時間がねぇ、まとめて吹っ飛ばす! ハイエス・マルチマナボルト!」
「フレアバースト!」
シュヤクとオーレリアの魔法が、アルマリアの本物の目を潰す。またも一〇個全部潰され……だが順番は滅茶苦茶だったため、通常のアルマリアがぼとりと床に垂れ落ちる。
「キッヒッヒッヒ、どうやらそっちは時間切れみたいだねぇ?」
「うるせぇ! これで決めればいいだけだ!」
笑うアルマリアに、シュヤクが駆け寄る。デバフと魔法に特化しているためアルマリアの身体能力は極めて低いが、そもそもやられても天井モードに戻るだけなので、アルマリアは気にしない。
「雷光連斬!」
ここでシュヤクは、今まで使わなかったスキルを発動した。光の如き速さで振るう、神速の連撃。それはアルマリアの体表に開いた目のほぼ全てを斬り潰し、アルマリア本人への攻撃を有効とする。だが……
「くっ……」
「キヒッ? どうやら一手足りなかったようだねぇ?」
そこまでで、シュヤクの動きが止まった。ちゃんと回復もせずに焦って向かってきた結果、魔力を使い果たしてしまったことで連撃が止まったのだ。しかもスキルの使用後硬直により、その体がほんのわずかに動きを止める。
「その焦りは致命的だよぉ! 死になぁ! 百眼の魔女、クリムゾンボルト!」
「ぐぁぁぁぁっ!?」
無数の炎の矢が束となり、炎の槍となってシュヤクの胴を貫く。人体に空いた大穴は、明らかに致命傷。あとは仲間の手による治療を阻止すれば、遂に世界の平穏を乱し、自分達の夢を打ち砕かんとする主人公を殺すことができる。
(油断はしないよぉ! 全力で時間を稼ぐ!)
百眼としての力を余すことなく発揮し、アルマリアは残った四人に全ての意識を向ける。全周を観察し、小指一つの動きすら見逃さないように警戒しながら、魔法とデバフをばら撒いて牽制――
「…………キヒッ!?」
不意に、アルマリアの全身から力が消えた。抜けたとか弱ったとかではなく、力の一切が発揮できなくなったのだ。
ただの老婆と成り果て、アルマリアは思わずその場に尻餅をついてしまった。するとそんなアルマリアを黒い影が素早く押さえつける。
「やっと捕まえたニャ」
「お前は……!?」
「ふぅ、どうやら上手くいったみてーだな」
訳もわからず床に倒れ伏すアルマリアが見たのは、しっかりと自らの足で立ち、自分を見下ろすシュヤクの姿であった。