厄介なギミックを仕込みやがって……っ!
「まずはこれだよぉ! 百眼の魔女、ストーンアイズ!」
「うおっ!? ってこれは!?」
天井から降り注ぐ光の柱。障害物もないのにそんなものかわせるはずもなく、光を浴びた体がゆっくりと灰色に変わっていく。状態異常<石化>……ターン経過で徐々に体が石になっていき、完全に石になると動けなくなるというお約束のあれだ。
「キーッヒッヒッヒッヒ! さあどうする? 完全に石化するまでおよそ五分! 五分でこのアタシを倒せるかぃ?」
「モブロー!」
「はいッス!」
挑発するようなアルマリアの言葉を無視し、俺はモブローに呼びかける。するとモブローはインベントリから青い小瓶を取りだし、俺達全員にぶっかけた。すると灰色に変わっていた体の一部が瞬く間に元の色を取り戻し、状態異常が解除されたことを告げてくれる。
「キヒッ!? そいつは……」
「『聖女の涙』ッス! 石化解除アイテムッス!」
石化の状態異常を使う魔物は、この段階では出てこない。なのでそれを解除するアイテムなんて手に入らねーし、セルフィが石化を解除できるようになるのはレベル八〇になってからだ。
だがモブローのインベントリには、裏ダンで手に入るようなアイテムすら入っている。なら当然石化解除のアイテムも入ってるってわけだ。
「当てが外れたな婆さん! ハイエス・マナボルト!」
万全に戻った体で、俺は天井の目に向けて魔法を放つ。するとそれはあっさりと命中し、天井の目が一つ潰れて閉じた。
「お、今度は普通に通るのか。つってもあの数全部は厳しいぞ?」
「キヒェェェェ! よくもやってくれたねぇ! 百眼の魔女、デッドリーポイズンアイズ!」
天井にある目の数からすれば、一つなんて誤差みたいなもんだろう。それでもダメージを負わされたアルマリアが改めて目から光を放つと、それを浴びた俺の体に、胃もたれと胸焼けを合わせたような、何とも言えない不快感が生じる。
「デッドリー……<猛毒>か!? くそ、上位の状態異常をばら撒いてくんのかよ!」
「くっ……今の私では、そちらも治せませんわ」
「なら自分がアイテムを使うッス!」
悔しげなセルフィの言葉を受け、モブローがインベントリからさっきとは違う緑色の小瓶を取り出して使う。しかし――
「キヒヒヒヒ! 百眼の魔女、デッドリーポイズンアイズ!」
「ふざけろ! クールタイムなしで連続だと!?」
「ならもう一回――」
「待てモブロー! そこそこヤバくなるまでアイテムは使うな!」
三度アイテムを使おうとしたモブローを、俺は鋭い声で止める。インベントリのアイテムは大量だが有限。五人にこんな頻度で使いまくってたら、流石にそこまでは保たない。
なら多少体に違和感があるくらいの間は耐えた方がいい。プロエタには同種の状態異常を重ねがけするような仕様はなかったので、治さない限り敵の行動を一つ封じているに等しいからな。
「ハイエス・マルチマナボルト!」
「『ミード・ウォーターボルト』! 『ミード・ウォーターボルト』! ああ、威力の高いマルチ系の魔法が欲しい! 『ミード・ウォーターボルト』!」
「フレアバースト。アイスストーム。ウィンドブラスト。サンダーストー……うっ」
「オーレリアはもう限界ッスね。解毒アイテムを使うッス!」
「ハイエス・ヒール! オーレリア様、大丈夫ですか?」
「……平気。まだ頑張れる」
状態異常<猛毒>は、本来なら最大HPを参照する割合ダメージだ。だがHPのない俺達は普通に体力を削られるというか、進行に応じて息苦しいとか体が痺れるとか、そういう毒っぽい感じの症状が現れている。
そしてそんな状態にどれだけ耐えられるかは、当然個人差があるのだろう。状態が同じ「体力の半分」であったとしても、常に前線で戦い怪我や負傷などの「体力が減っている」状態に慣れている俺と、後衛で魔法を使うが故に基本的に怪我すら滅多にしないオーレリアで耐えられる量が違うのは当然だ。
ふらつくオーレリアにモブローがアイテムで解毒し、セルフィが回復魔法をかける。それで体は回復したはずだが……気力までは蘇らない。その青白い顔を見て、俺は切り札を一つ使う覚悟を決める。
「女神の加護を今ここに! 絶対障壁!」
右手を胸の前に持っていきグッと拳を握れば、俺達の周囲を淡く輝く光の膜が覆っていく。これぞ覚醒イベントを終えた主人公が六〇レベルで覚えるチート技の一つ、一日に一度……ゲーム的には部屋のベッドで寝るまで……だけ発動でき、三ターンの間パーティ全体を完全に守ることのできる絶対防御のスキルである。道中で大分経験値を稼いだので多分使えると思っていたが……発動してくれてホッとしたぜ。
ちなみにだが、これが有効な間はこっちの攻撃も敵には届かない。あくまでも時間を稼いで体勢を立て直せるだけで、一方的に殴れるようなスキルではないのだ……閑話休題。
「これは……っ!? 何と神々しい光でしょうか……」
「シュヤク、よかったの?」
「ああ。ここで切らなきゃパーティが崩壊してたからな」
「ふぅ、ふぅ……ごめん」
「オーレリアは悪くないッス! 全部あの目玉ババアが悪いんス!」
「誰が目玉ババアだぃ! 出来損ないの上に口まで悪いなんて、本当に救えないねぇ!」
頭上から罵倒が聞こえたが、そんなもの完全無視。またそれに合わせて光の柱や各種攻撃魔法が降り注いだが、光の膜はびくともせず俺達のところにはそよ風すら届かない。
「チッ、忌々しい結界だよぉ! ならしばらくはアタシも様子見しようかねぇ」
「シュヤク様、この結界はどのくらい保つのですか?」
「うーん、多分三分くらいかな? 今のうちに水分とって、あと魔力の補給もやっといてくれ」
「あ、じゃあ水出すわね。モブロー、カップお願い」
「わかったッス! カップとエーテル、それに休憩なら状態異常も回復しとくッス!」
「おう、頼むぜ」
まずは状態異常を回復され、次にエーテルを香水みたいに体を吹き付け魔力を補充。最後に差し出されたカップに口を付ければ、カラカラに乾いた喉を通って水分が染み渡っていく。
「はぁ、久しぶりの完全回復だ。体が軽くなったぜ」
「ほんと、すっごい楽になった……やっぱり毒って辛いのね」
「そりゃそうッス。自分だって苦しかったッス!」
「いや、お前はHPがあるだろうが」
限られた時間だからこそ、軽い雑談をして精神をリラックスさせる。そうして一分ほど無為だが有意な時間を過ごすと、徐にオーレリアがその口を開いた。
「天井の目を潰せば弱体化する、それは間違いない。けど数が多すぎる。あれを全部潰すのは難しい」
「だな。幾つあるのか数える気にもなれねーし……あれ全部ってのはギミック的に無しだと思いたいところだが」
「なら何か仕掛けがあるんだろうけど……うーん、わかんないわね」
「あ、自分はちょっと気になったことがあるッス」
「モブロー様? 何にお気づきになられたのですか?」
全員が注目するなか、モブローが天井を見上げて言う。
「時々なんスけど、光ってる目があるんスよ」
「光ってる? 魔法を使うときのエフェクトじゃなくてか?」
「そうッス。いや、それに紛れる感じだったんスけど、明らかにピカッとしてたッス!」
「へぇ? それは怪しいわね……てか、よく気づいたわね?」
感心した声で言うリナに、モブローが得意げに笑う。
「ふっふっふ、自分の鋭い観察眼は、スカートの裾から見える一フレームだって見逃さないッス! まあ最近は普通に見えるゲームも多いッスけど、紳士の醍醐味は見えそうで見えないところにあるッス!」
「……あー、うん。お前はやっぱモブローだな。でもよくやった! 誤魔化そうとしてるって言うなら、そこが狙い目の可能性はあるな」
「範囲攻撃魔法は控えて、単体攻撃魔法で狙撃する。その方が見分けやすい」
「ならアタシは、いっそ見に回ろうかな? アタシが怪しいところを見つけて指示するわ!」
「私は今まで通り、回復と補助に努めます」
「自分もアイテムで回復しまくるッス!」
「よし、作戦は決まりだ」
話し合いを終えたところで、まるで空気を読んでいたかのように周囲の光の膜が溶けるように消えていく。
「キーッヒッヒッヒ! 作戦会議は終わったかぃ?」
「おう、バッチリだぜ。さあ、第三ラウンドだ。あんまり長いと客が飽きちまうから、そろそろ決着にしようぜ?」
「そりゃアンタ達次第だねぇ!」
ニヤリと笑って言う俺に、天井の目が楽しげに細くなる。アイテムの在庫は減り、タイムアウトももう使えない。できればここで決めたいところだが……さて、どうなりますかね。