フッ、チョロいぜ……(色々)
「ふぅ、何とかここまで来られたか……」
一階入り口近く、王都の学園内に通じるショートカットを目前にして、俺はようやく息を吐く。ここまで辿り着くのは、予想以上にしんどかった。
戻ると決めてすぐ階段を上ったわけだが、二二階層から上の敵だって当然弱いわけじゃない。撃退する手段が俺の「ハイエス・マルチマナボルト」しかなかったため、腹がタプタプ……どころかこれ以上は無意識に吐いてしまって飲み込めないってところまで魔力回復ポーションを飲みまくり、どうにかこうにか一五階くらいまで戻ったのだ。
だが流石にそこでギブアップとなり、階段で一晩眠る。ポーションの飲み過ぎで保存食すら食べられず、こりゃ苦しくて眠れないかとも思ったんだが、そこは体も心も疲労していたのか、割とサックリ寝ることができたのは僥倖だ。
で、その後は再び上へと移動。この頃になると敵も大分弱くなってきたが、とはいえ数の暴力が有効なのは同じ。俺達全員がスキルを使いまくり、全員仲良くお腹をタポタポさせながらここに辿り着いたのが、そろそろ日付が変わりそうな今というわけなのだ。
「クロはもう何も飲めないのニャ……サバジュースでも厳しいのニャ……」
「ちょっと、やめてよクロちゃん。もの凄く生臭そうで……うっ」
「頑張れ二人共。ここから学園に戻れば、寮で寝られるから……」
「そ、そうね。正直ここで倒れ込んじゃいたい気もするけど、ここまで来たなら……」
「ところでシュヤク、アリサの父ちゃんには何も言わなくていいニャ?」
全員がぐったりするなか、クロエがそう問うてくる。実に真っ当な疑問だが、俺は首を横に振るしかない。
「ああ、言わない。義理とか責任とかって意味じゃ言うべきなんだろうけど、言っても事態が好転する要素がねーからな」
娘が謎の老婆に掠われたとなれば、まず伯爵は俺達の無能を罵るだろう。それだけならまあ事実なのでいいんだが、「そんな無能に娘の救出は任せておけない」と俺達がダンジョンに再入場するのを禁止したり、最悪アリサを掠われたってことで逮捕されたりなんかしたら、それこそアリサを助けにいけなくなる。
またそうでなくても、一五階層が限界の伯爵が抱える部隊ではアリサ達の待つ場所まで辿り着けるとは思えない。もしお目付役として同行なんてされたらぶっちゃけ足手まといだし、物資の補給や運搬はこっちに考えがあるので、伯爵の援助は何も必要としていない。
つまるところ、報告にはデメリットしかないのだ。なら不義理だろうと何だろうと伝えない方がいい。全員無事で何事もなく帰還するか、あるいは俺達も全滅して誰も戻らないか……その結果を以て報告とするのがもっとも合理的だというのが俺の判断だった。
というわけで、俺達はダンジョンの外に出ることなく、そのまま王都へと戻った。こっそり寮に戻って睡眠を取り……そして翌朝には早速動き出す。
「ふぁぁ……何スか先輩、こんな朝早く……」
「私は朝のお祈りが終わったところなので問題ありませんが」
「朝の読書を邪魔されたのは業腹。説明を要求する」
「悪いな皆。でもどうしても皆に頼みたいことがあるんだ。実は……」
呼び出したモブロー達に、俺は今までのことを説明していった。すると三人の表情がみるみる真剣なものに変わっていき、話し終えると同時にその口を開く。
「あの二人が掠われるなんて、人類の損失ッス! 勿論自分も助けに行くッス!」
「私達の知らないところで、まさかそのようなことになっていたとは……お友達を救出するのに否やがあるはずもございません。私もできる限りの協力をさせていただきます」
「二人にはそれぞれの伝手で珍しい本を手に入れるのを手伝ってもらったことがある。私も協力する」
「そうか! ありがとな」
話を聞いた三人は、それぞれの言葉で協力を約束してくれた。俺がそれに感謝の言葉を告げると、そこでモブローが俺の側にやってきて、こっそり声をかけてきた。
「あの、先輩? あの二人が掠われるイベントなんて、ゲームにあったッスか?」
「……いや、俺の知る限りじゃない。つまりこれはイベントじゃないってことだ」
「へっ!? いやいや、そんなことあるんスか!? 突然ヒロインが結晶化したと思ったら謎のばあちゃんが出てきて、助けたければダンジョンの奥に来いとか、どう考えてもゲームのイベントじゃないッスか!」
「それはまあ、そうなんだけどな……」
モブローの言いたいことはもの凄くわかるが、本当にそうなのだから仕方ない。俺も気にしてはいるが、それを追求するのは少なくとも二人を助け出してからだ。
「まあとにかく、イベントじゃねーってことはどうやって助けたらいいかもわかんねーし、そもそも助けられるかも不明ってことだ。
だからこそ打てる手は全部打つ。お前も頼りにしてるぜ、モブロー」
「お任せッス! 格好よく助け出して、アリサもロネットもメロメロにしちゃうッス!」
「あー……まあうん、頑張れ」
以前よりもその台詞をすんなりと受け入れられない自分がいたことにちょっとだけ驚いたが、かといって「あの二人は俺のだ」などと思ったりもしない自分に安心する。
「シュヤク、ちょっといい?」
と、そこでオーレリアに声をかけられ、俺はモブローから離れつつそっちに顔を向ける。
「私達が協力するのはいいけど、全員?」
「うん? そのつもりだけど、何でだ?」
「だって、シュヤク達は今三人なんでしょ? 私達も三人だから、皆で動くと六人になる」
「ああ、それか。それならちゃんと考えてあるから平気だ」
ゲームが五人パーティだったせいか、この世界では一パーティの人数が六人以上になるとダンジョン中の魔物が集まってきてしまう。ただでさえ厄介なスケルトン軍団が何十倍もの規模で襲ってくるなんて悪夢でしかないわけだが……これが現実だからこそ、そこには抜け道が用意されている。
「おーい、シュヤクー! 借りてきたわよー!」
「お、リナ! いいところに来たな」
噂をすれば、その抜け道を手にしたリナが、タイミング良くやってきた。その手に持っているのはカクカクウネウネした不可思議な模様の刻まれている腕輪だ。
「それは……封魔の腕輪?」
「流石オーレリアちゃん! そうよ。ヴァネッサ先生をいい感じに言いくるめて……ゲフンゲフン、真摯に交渉して貸してもらったのよ」
封魔の腕輪……それは身につけると体内に流れる魔力を完全に封じ込めることができるという、ゲームにはなかった魔導具である。これをつけると一切の戦闘行為ができなくなるが、代わりに魔物側からも戦力として見做されなくなるため、五人の人数制限を超えたパーティが組めるのだ。
そしてそんなものをヴァネッサ先生が持っていたのは、これが学園の備品だからである。チュートリアルダンジョンに入った時五人パーティに教師が随伴して問題なかったのは、このアイテムがあったからってわけだな。
「確かにそれがあれば同行はできるでしょうが……ですが、あまりに危険では? 封魔の腕輪を身につけてしまえば、満足に身を守ることすらできないのですよ?」
得意げに言うリナに、セルフィが心配そうに声をかけてくる。実際これを身につけると単純に魔法が使えなくなるだけではなく、体の動きが鈍くなるとか力が弱くなるとか、大幅に弱体化するらしい。
だからこそ先生方もチュートリアルダンジョンでしか使わないわけで、こんなものを身につけてスケルトン軍団と戦えば、あっという間に殺されてしまう。
しかし、そこにもまた抜け道がある。即ち……
「大丈夫よ! だってこれつけるの、モブローだもの」
「えっ!? 自分がつけるんスか!?」
ニヤリと笑って言うリナに、モブローが驚きの声をあげる。なので俺はモブローとガッシリ肩を組むと、今度こっちがその耳元に囁いてやる。
「そうだモブロー。だってお前、HPがあるだろ? この世界からシステム的に守られてるお前なら、弱くなっても大したことねーじゃん。それにお前の戦闘力って、基本的にインベントリのアイテムだしな」
「酷いッス! あんまりッス! 自分は耐久力つきの歩くアイテム倉庫じゃないんスよ!?」
「まあまあ、そう言うなって。どうしてもお前が嫌だって言うなら、その腕輪はリナがつけることになるけど……でも、いいのか?」
「は? いいって、何がッスか?」
「……弱体化したお前が万が一魔物にやられたりしたら、セルフィが膝枕で看護してくれるかもなぁ」
「っ!?」
「あるいは弱いけど頑張るお前を見て、オーレリアが見直すかも? そんな状態で助け出したら、アリサもロネットも感動して抱きついちまう可能性だって……」
「やるッス! その腕輪は自分がつけるッス!」
「流石はモブロー君! じゃ、頼んだぜ」
モブローの素晴らしい返事を聞けたことで、問題がまた一つ解決した。ミーア先輩にちょっとした頼み事をしに行ったクロエももうすぐ戻ってくるだろうし……さあ、これで戦力は十分。あとは物資を補給したら……待ってろよ二人共。今助けに行くからな。