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我ながらヒデーもんだぜ

「…………ははは。そうか、そうだったのか」


 途中からはアリサにもわかるように解説する事すら忘れ、ひたすらに自分の過去を語り終え……そうして全てを理解したことで、俺の口から自嘲の笑いが漏れる。


「シュヤク、大丈夫か……?」


「ん? ああ、平気だよ。ただ、なぁ……ハハハハハ、まさかこんなオチだったとはな」


 心配して声をかけてくるアリサに、俺は更に自嘲を重ねる。いやいや、いくら重ねたって足りやしない。本当に俺は、どうしようもない奴だったようだ。


 千尋に振られた……いや、見切りをつけられていたことに気づいた俺は、その辛すぎる記憶を少しでも早く忘れるために、より一層仕事にのめり込んでいった。幸いにして勤め先はぶっちぎりのブラック企業。望めば幾らでも仕事があり、それに没頭することで俺の頭から余計な記憶はどんどん薄れていく。


 だがどれだけ薄れても、決して消えることはない。一年経ち、二年経ち……自ら封じてなおこびりついた記憶に黒い労働の染みが広がり、その内容は歪んでいく。


 理不尽に俺を責め立てる、黒い顔の女……そんなものは存在しなかった。俺が、俺自身が、情けない俺を守るために都合よく歪めた認知でしかなかったのだ。


「とんだ笑い話だ……俺は酷い女に弄ばれて、女に……恋愛に嫌気が差したんじゃない。恋愛なんて分不相応なものに手が届かないことを認められなくて、勝手に悪役を創り出して言い訳をこじつけただけだったんだ。


 なんだそりゃ? 情けないにも程があるだろ……ははははははははは」


 ジッと俯きダンジョンの床を見つめながら、俺は狂ったように笑い声をあげる。ああおかしい。可笑(おか)しくて奇異(おか)しくて嗤うのがとまらない。


 一回死んで別の世界に生まれ変わったってのに、俺は何も変わっていない。何一つ成長していない。都合の悪いことから目を反らし続け、ようやく向き合った結果がこれじゃ、そんなのもう嗤うしかないだろ。


「なあアリサ、こんな奴はやめとけって。嫌みとか皮肉じゃないぜ? 心からの忠告だ。俺はきっとアリサに……いや、誰にも釣り合わない」


 千尋が俺の隣にいてくれたのは、偏に彼女の優しさだった。千尋が普通に歩く速度は、俺の全力疾走だった。少しでも気を緩めれば置いていかれるし、一度距離が空いたら自力じゃ二度と詰められない。なのに一緒にいられたのは、その都度千尋が立ち止まってくれていたからなのだ。


「俺はいつだって背伸びをしてるだけだ。疲れて踵をついたら、それだけで見えなくなるようなちっぽけな男だ。だから――」


「全く、何を言い出すかと思えば……少し黙れ」


 自らを嘲る言葉が止まらない俺の頭を、不意にアリサがギュッと抱きしめた。金属鎧を着ているので普通に冷たいし痛かったが、そんなものお構いなしとばかりにアリサが腕に力を入れてくる。


「よくわからない部分も多かったが、要は貴様がその……チヒロとかいう女の価値感と合わなかったという、それだけの話だろう? なのに何故そこまで卑屈になるのだ?」


「価値感って……いやでも、俺は……」


「私は貴様に洒落者であることを望んでなどいない。それに眠ることすら許さぬほどの激務を押しつけるつもりもない。確かに見た目が評価に影響するという考えを否定はせんし、あまりボロボロの格好をしていれば忠告することもあるだろうが、少なくとも自分の理想を押しつけ、それに届かぬことを責めるような狭量な女ではないつもりだ」


「……………………」


「それに、無理に背伸びをしている? いいではないか。人が成長を望むなら、背伸びして手を伸ばすのは当然のことだ。それが届かなかったのは残念ではあるが、人には向き不向きというものがあるからな。貴様にはその方向は合わなかったというだけのことだろう。


 なあ、皆もそう思わないか?」


「えっ!?」


 不意に腕を緩められ、俺は慌てて振り向く。するとそこではロネットとリナが、のっそりと身を起こしてこちらに顔を向けてきた。


「す、すみません! 盗み聞きするつもりはなかったんですけど……」


「人が寝てる頭の上で、絶対に自分に被害が及ぶ可能性のない面白失恋トークをしてるのよ!? そんなの聞かないわけないじゃない! ビールと枝豆があったら最高だったわね!」


「お前ら……」


 恐縮するロネットと、開き直るリナ。ちなみにクロエだけは安らかな寝息を立てて眠っているようだ。


「せっかくだ、二人にも問おう。なあロネットにリナよ、今の話を聞いてどう思った?」


 そう言って、アリサがロネットの方に視線を向ける。するとロネットは少しだけ考えてからその口を開いた。


「えっと……貴族と使用人のような、身分違いの恋愛にありがちな話によく似ていると思いました。身分違いの恋って演劇だと美談として語られがちですけど、実際には基本となる価値感が違い過ぎて、大抵は上手くいかないですよね」


「そうだな。私も顔のいい使用人と駆け落ちしたが、平民が食べる普通の食事がどうにも臭いと受け付けられず、あっという間に戻ってきた令嬢の話を母様から教訓として聞いたことがある。


 リナはどうだ? 我々と違って、シュヤクの話を正確に理解できていたのだろう?」


「アタシ? そうね。そのチヒロって女がずーっと上から目線だったのが微妙に気に入らないわね。ただあくまでもシュヤクの視点での話だし、聞いてる限りだと向こうもシュヤクにそれなりに歩み寄ってる雰囲気があったから……うん、やっぱり総合的に見るとシュヤクが悪いわね」


「ぐっ……」


 リナの辛辣な言葉に、俺は思わず顔をしかめる。だがリナの言葉はまだ終わらない。


「でも、それはそれよ。好きな人のためにアンタが必死に努力したことを、アタシは笑ったりしない。報われない努力なんて幾らでもあるけど、努力したという事実そのものは絶対に価値があるのよ。


 ま、それをアンタが受け入れられるかどうかは知らないけどね。どうしても駄目だって言うなら、好きにウジウジ自虐してればいいんじゃない? 自分の部屋で一人寂しくシコシコやってる分には気にしないわよ。アタシ達の目の前でやったら、鬱陶しいから蹴っ飛ばすけどね」


「お前なぁ……」


 何とも突き放した言動とは裏腹に、リナの顔は笑っている。そこにあるのは信頼だ。見ればロネットもアリサも、同じような笑みを俺に向けてきている。


 そんな目を向けられる価値が、俺にはあるのか? そんな目に応える器量が、俺にはあるのか? どんなに背伸びをしたって、俺の手が届く範囲なんて大したもんじゃないはずなのに……


「なあ、シュヤク」


「うん? って、うぉぉ!?」


 不意に横に立ったアリサが、俺の脇に手を突っ込んで俺の体をひょいと持ち上げた。身長も体重もほとんど同じはずなのにこんなことができるのは、まさにステータスの暴力だろう。


「な、何だよいきなり!?」


「私が好きになったのは、今の貴様だ。等身大の貴様だ。背伸びなんかしなくても、ありのままの貴様が好きなのだ」


「……………………」


「もしも私の背が高くなりすぎたなら、こうして貴様を持ち上げてやろう。あるいは貴様の方が背が高くなったなら、私を抱き上げてくれると嬉しい。


 私も貴様もまだまだ未熟な人間だ。だから共に伸びていけばいい。伸び悩んだら相談すればいい。差がついたならこうして抱き上げてもいいし、あるいは腰を曲げて屈んだっていい。お互いがそう思えるなら、そんなものどうにでもなるのだ」


「……でも、以前の俺はそうなれなかった」


「フッ、失敗など誰にでもある。ならばそれを教訓に過ちを繰り返さないようにすればいいだけだ」


「できると思うか?」


「さあな。だができなかったら、貴様の尻を蹴っ飛ばしてくれる友人がいるのだろう?」


「任せて! いつだってタイキックの準備はバッチリよ!」


 ニヤリと笑うアリサの言葉に、背後からリナの声とビュンビュンと風を切る音が聞こえてくる。いや、どんだけの勢いで蹴るつもりだよ……


「…………ハァ、これじゃすっかり立場が逆だな」


「たまにはこういうのもいいだろう? まあ確かに、女に生まれたからには抱くよりも抱かれる方が夢ではあるが」


 アリサが俺を床の上に下ろして微笑む。ちょっとだけ赤い顔は、いつもの勇ましい顔と違って、何とも可愛らしく感じられた。俺はそれを誤魔化すようにガリガリと頭を掻き、やがてこの胸に小さな決意の火を宿す。


「あー……わかった! どうなるかわかんねーけど、とりあえず色んな事にちゃんと向き合ってみるよ。その結果アリサを受け入れるかどうかまでは、今はまだ何とも言えねーけど……」


「それでいい。人は変わるものだし、心は移ろうものだ。絶対も永遠もなく、だからこそ尊い。


 だがそれでも、今ここで私の気持ちに貴様が向き合うと言ってくれたことが嬉しいのだ。これで私の気持ちも…………なっ!?」


ブワァー! ビキビキビキッ!


「っ!? アリサ!?」


 不意にアリサの胸の辺りから青い光が吹き出すと、その体が巨大な水晶のようなものに覆われていった。しかも呆気にとられる俺の背後からは、別の悲鳴も聞こえてくる。


「きゃあ!?」


「ロネット! 何これ、どういうこと!?」


 慌てて振り返れば、ロネットもまた同じように水晶に覆われてしまっている。


 意味がわからない。訳がわからない。何故? どうして? どういうことだ!?


「キーッヒッヒッヒッヒ! どうやら上手くいったみたいだねぇ」


 ただひたすら取り乱す俺の耳に届いた、階下からの謎の声。俺がそちらに視線を向けると、そこには目深にフードを被った、怪しげな老婆の姿があった。

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