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過去回想②:その思いは飛「承」する

「いーい、田中君? 人は見た目の評価が全てなの。大げさじゃないわよ? だって見た目が悪かったら、そもそもその人のことを知ろうとだって思わないもの。


 それに見た目は、周囲にいる全ての人に影響を与えられるの。声をかけて話をしなきゃ中身なんて伝わりようがないけど、単に町を歩くだけでも、見た目はすれ違った全ての人にアピール出来るんだから。


 見た目がよければ多少の失態はカバーしてくれるし、見た目がいいってだけで許されることも多い。だから何か一つに投資するなら絶対に見た目……外見が一番コスパがいいのよ!」


「お、おぅ……『ただしイケメンに限る』ってやつ?」


「うん? まあそうね。だから田中君には、こういう服が必要なのよ」


「……………………」


 また別の日。彼女に連れられた俺は、自分なら絶対に入らない高級ファッションブランドの店にやってきていた。しかしそこに並んでいる服の値札を見ると、ただそれだけで回れ右したくなる。


 だって、普段俺が着ている服とは文字通り桁が違うのだ。ワイシャツなんて精々五〇〇〇円くらいだろ? それでもちょっと高い気がするのに、五万とか……シャツ一枚だぜ?


「うーん…………じゃあほら、あれよ。田中君ってゲームとか好きなんでしょ? ならこれは武器や防具だと思いなさい」


「武器に防具?」


「そう。私はそんなに詳しくないけど……今の田中君が着てるのは、初期装備の布の服なの。そんなので町を歩いてたら、女の子の視線に対する防御力がゼロで、一撃で倒されて無視されちゃうわ。


 でもここの服ならそれに耐えられる防御力があるの。耐えられれば相手は『その他大勢』として無視するんじゃなく、田中君という個人を見てくれるわ。相手に興味を持たれること……そこが最低限のスタートラインなのよ」


「つまり俺は、このくらいの服を着ないと評価にも値しないと?」


「有り体に言っちゃえば、そうね。だって田中君、別に特別カッコいいとかじゃないし」


「…………」


 全く悪びれることのない彼女の言葉に、俺は思わず無言になる。確かにその通りだとは思うが、ストレートにそう言われると多少は傷ついたりもするのだ。


 だがそんな俺の様子に、彼女は笑いながらツンとおでこをつついてくる。


「そんな顔しないの! だからこそ見た目が大事で、その見た目を補うためにこういう服が必要だって言ってるのよ。いずれ中身が立派になれば必要なくなるかも知れないけど、中身が立派なのに身なりに気を遣わない人なんて滅多にいないから、結局はお洒落は一生ものってことね。


 ほら、やっぱり見た目に投資するのが一番でしょ?」


「むぅ……」


 何とも上手く言いくるめられたような気がするが、確かに金を出すだけでお手軽に他人からの評価をあげられるという事実、あるいは気づきは、俺の中にちょっとした衝撃を与えていた。ただ……


「あー、悪い。言ってることはある程度わかるんだけど、先立つものが……」


 そう、現実の世界には、しばき倒すだけで金を落とす魔物なんて歩いていない。体力と精神力を生贄に捧げ、時間を消費することでしか金は召喚できないのだ。


「流石に私も、これを全部買ってあげるのは無理ね……なら実際に買うのは後回しにして、まずはどんな服を選べばいいのかを勉強するだけにしましょ」


「服選びの勉強」


「そうよ。当たり前だけど、高ければお洒落なんてことはないの。飛び抜けて高いならそれもステータスになるけど、そんなの学生の身分で買えるものじゃないし。身の丈に合わない服は着られるだけになって逆にダサかったりするもの。


 逆に言えば、安くてもセンスのいい服だって沢山あるわけだけど……」


「なら――」


「でもそういうのを着こなすのは、それなりの下地が必要なの。元がいい服なら何となく選んでもそこそこの仕上がりになるけど、安い服をよく見せたかったらそうできるだけのファッションセンスとか、それを着る田中君自身の髪型や体型、肌質や歩き方なんかの仕草を洗練させないとね。


 そっちを死ぬ気で頑張るって言うなら、それもアリよ?」


「…………とりあえずこの店での服の選び方をお願いします」


「ふふ、正直で宜しい。じゃあ早速教えるわね。たとえばこれは――」


 思いっきり渋い表情を作る俺に、彼女が猫のような可愛らしい笑みを浮かべて言う。始まったファッション講座は当然のように俺には理解できないものだったが、ここで諦めるという選択肢はない。何度も店に通い、何度も話を聞き、少しずつ知識を自分の物として浸透させていく。


 そしてそれは、当然服だけでは終わらない。それからも俺は、彼女の指導の下に色々な事を学んでいった。その結果はなかなかに顕著で、「恋愛対象にはなり得ない、いないも同然の男子」から「声をかけられれば一〇人中八人くらいはとりあえず話を聞いてくれる」程度まで磨き上げられていく。


 女性側から声をかけられる程のイケメンにはなれなかったが、それでも「出会う女性からは基本的に異性として見られる」という、かつてでは考えられなかった状況に、俺は驚きと共にわずかな優越感を感じていた。


 やればできる。俺はちゃんと選ばれる存在なんだという自信。そういうものが身についてきた頃……俺は勇気を出して、彼女に告白した。


「え? 田中君、私と付き合いたいの?」


「そ、そうだ! だってほら、ずっと色々教えてもらって、俺だってそれなりになったと思うし……今ならもう、昔みたいに葛西さんに恥ずかしい思いをさせたりしないから!」


 思い返せば、当時の俺は彼女とあまりに不釣り合いだった。よく一緒にいたにも関わらず「付き合ってるのか?」と聞かれないくらい、俺達が恋人になるのは「あり得ない」ことだったのだ。


 だが今なら違う。違うと信じて、俺は顔を真っ赤にしながら彼女に告げる。すると彼女は考えるように首を傾げ……やがて小さく笑い声をこぼした。


「フフッ、そうね。田中君がそうしたいって言うなら、いいわよ?」


「ほ、本当か!?」


「でも、私と釣り合うのは大変よー? 今の田中君じゃまだまだ足りないし、恋人だって言うなら、これ以上は何も教えない」


「ええっ!? 何で!?」


「当たり前でしょ? 何もかも自分の言いなりになる恋人なんて、マネキンを横に置くようなものじゃない。悪いけど、私は人形を恋人にする趣味はないのよ。


 だからこれからは、田中君が考えるの。どうしたら私に釣り合うのか、どうしたら私が喜ぶのか。自分で沢山頑張って、自分で沢山考えて、見た目も中身も磨き上げて……そうして私に相応しいくらいピカピカになったら……」


「なったら……? 付き合ってくれるのか?」


「そうね。ちゃんとした恋人にしてあげるわ。それまでは恋人候補ってところね」


「候補、か……」


「何よ、落ち込んじゃった?」


「……いや、やる気が出た」


 彼女の問いに、俺はニヤリと笑ってそう答える。確かに今の俺は、彼女のおかげで漸くハイハイができるようになった赤ん坊みたいなもんだ。これで「立派に成長しました! だから恋人になってください!」なんて言えるはずもない。


 なら残りの半分……ちゃんと自分の足で立てたなら、その時こそ。そんな思いを胸にする俺を見て、彼女が何かを思いついたように小さく笑う。


「ふふ、いい顔するじゃない。そういうの好きよ。ならちょっとだけご褒美を先渡ししちゃおうかしら」


「ご褒美? 何を……っ!?」


 俺が反応するより早く、彼女の顔が俺に近づく。そうして次の瞬間に感じたのは、一秒にも満たない唇の柔らかさと、ミルクのような甘い匂い。


「この続きがしたくなるくらい、ちゃんといい男になりなさいよね? 期待してるわよ、明君」


「お、おぅ……任せとけ! すぐに太陽よりギラギラになってみせるぜ!」


 悪戯好きの猫のような笑顔を浮かべる彼女に、俺は拳を握ってそう宣言するのだった。

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― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です。 前のお話が『起』で今回が『承』…。つまりあと『転』と『結』が待ってる訳ですか…まぁあまり読んでて楽しい話ではなさそう。 それでは今日はこの辺りで失礼致します。
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