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こりゃあもう、話さないわけにもいかねーか

「すまん、起こしたか?」


「ふぁぁ……いや、単に俺の目が覚めただけだって。丁度いいや、見張り代わるよ」


 壁に背を預けて立つアリサにそう告げると、俺は体を起こしてウーンと背筋を伸ばしてから、改めて階段の端の方に腰を下ろす。ダンジョンの階段部分には魔物が来ないと言われているが、だからといってちょっと登ったり降りたりするだけで魔物がいる場所で見張りもなしに寝られるのは、よほどの豪傑か馬鹿だけだろう。


「いいのか? まだ交代には早いと思うが……」


「いいって。早いったって三〇分とか一時間とかだろ? 半端に寝てから起きるんじゃ、帰って辛いし。


 それにアリサだって疲れてるだろ? 明日も頑張ってもらうんだから、しっかり寝て休んどけ」


「フフ、そうか……」


 俺の言葉に、アリサが笑みをこぼす。だが壁から身を起こしたアリサは、何故か俺の隣に腰を下ろした。


「アリサ?」


「……こうしていると、あの時の事を思い出さないか?」


「あの時?」


「『久遠の約束』に閉じ込められた時だ。あの時も私達は、徐々に強くなる敵に追い詰められ、こうして階段で野営をしただろう?」


「あー、そう言えば……」


 言われて思い返してみれば、確かにこの状況はあの時と似ている。強制されているか自分達の意志かという大きな違いはあるが、それ以外はほとんど同じと言ってもいいくらいだ。


「でもまあ、ダンジョン攻略してればそう珍しいシチュエーションってわけでもねーだろ? 『久遠の約束』が例外なだけで、普通のダンジョンはショートカットもなけりゃ、一日で踏破できる深さでもねーんだしさ」


「ああ、そうだな。故に変わったのは私達の関係だ。何せあの頃、貴様はまだ私に敬語を使っていたからな」


「ハハハ、そうだったなぁ」


 今となっては、ちょっと懐かしい。思わず頬を緩める俺に、アリサがそっと言葉を続ける。


「そうだ、私と貴様の関係は、あの頃よりずっと近づいた……近づいたと思いたい。だからこそ私は、貴様に聞いてみたいことがある」


「ん? 何だよ?」


「貴様は何故、執拗に異性を遠ざけようとするのだ?」


「っ…………」


 全く予想していなかったその問いかけに、俺は息を止める。心の奥底……グズグズに腐って柔らかくなった傷口にいきなり指を突っ込まれ、咄嗟に俺ができたのは無表情を取り繕うくらいだ。


 するとそんな俺の反応に、アリサが更に言葉を続ける。


「少し前、ミーア先輩の依頼で私とロネット、リナが占い師と接触したことを覚えているか? その時にな、占い師だという老婆に、自分の好きな相手の……つまり貴様の情報を教えると言われたのだ」


「……………………」


 事の真偽や信憑性はともかく、自分の情報を自分以外の相手に勝手に語られて気持ちのいい奴なんていない。更に表情を硬くする俺に、アリサは静かに言葉を続ける。


「だがな、その時リナが言ったのだ。他人に自分の秘密を語られて喜ぶ者などいないと。そんなことをして聞き出した情報を使ったとて、関係が良くなることなどないと。


 そして何より、貴様なら聞けばちゃんと教えてくれるし、もし教えてくれないことなら、それは聞かれたくないことなのだから聞くべきではない……とな」


「……だから聞いたってのか?」


 知らず俯き低い声を出す俺の耳を、アリサの静かな言葉がくすぐる。


「そうだ。それを知らねば、私と貴様の関係はこれ以上進まないと思ったからな。


 無論、無理強いするつもりはない。答えたくないならそう言ってくれれば、二度と聞かないと約束しよう」


「だったら――」


「だが!」


 思いがけず強い声を出され、俺が顔をあげる。するとそこには真剣な表情で俺の目を見るアリサの顔があった。


「私は聞きたいのだ。かつて貴様が私の話を聞いてくれたように、私も貴様の話を聞きたいのだ。


 私は無骨な女だからな。それで貴様を助けられるとか癒やせるとか、そんな思い上がったことを言うつもりはない。だがそれでも……たとえ聞くことそのものが互いの関係を悪くするきっかけになってしまったとしても、聞いて前に進みたいと思ったのだ。


 故に私は今生を賭け、ただ一度だけ問う。どうか私に、貴様のことを話してはもらえないだろうか……?」


「……………………」


 その目は絶望に立ち向かう勇者のように覚悟に満ち、強敵を前に戦意を高揚させる戦士のように力強く……そして泣いて縋る子供のように震えて見えた。


 なら何も言いたくない、という言葉が何度も喉元まで出かかっては消えていく。あるいはこうして罪悪感を煽り、俺が答えるように仕向ける戦略なのでは? という思いが過り、そう考えてしまう自分の薄汚さに反吐が出る。


「……………………」


 そんな逡巡を繰り返す俺に、アリサは何も言わない。もういいと勝手に質問を打ち切ることも、早くしろと急かすことも、何故答えないと責めることもなく、ジッと黙って俺の答えを待ち続けている。


「はぁ…………別に面白い話じゃねーぞ?」


「聞かせてくれるのか?」


「だって聞きてーんだろ?」


「ああ」


 もしここで「どうしてもと言うわけでは……」などとお茶を濁されたら、俺はやっぱりやめたと話さなかったかも知れない。だが素直に頷かれてしまっては、姑息に逃げ出すこともできないようだ。


「つってもなぁ……何処から話したもんか。俺が前世の記憶を持ってるって話はしたよな?」


「うむ。ということは、前世に原因があるのか? なるほど……今まで繋げて考えていなかったが、それなら一つ納得だ」


「ん? そうなのか?」


「当然だろう? 私と同い年の男子がそこまで異性と距離を置こうとするとなると、幼少期に何らかの虐待を受けたとか、両親が酷く言い争う場面に出くわしたとか、そういう心に傷を負うでもなければ説明がつかん。


 だが貴様にはそういう暗い部分は見えなかったし、あくまで恋愛関係を避けるだけで、女性そのものを畏れたり拒絶しているわけではなかっただろう? その微妙な距離感というか、価値感と普段の貴様の在り方がどうしても繋がらなかったのだ。


 なるほど、前世か……それならば確かに辻褄が合う」


「あー、そっか。そういうことになるのか……」


 アリサの指摘には、俺こそが納得させられた。確かに一五歳のシュヤク少年が頑なに恋愛関係を拒むというのは、言われてみれば大分違和感がある。そうなる経験を得るための時間がどう計算したって足りないからな。


 そしてそんな子供がこんな変なこじらせ方をするなら、相応の事件(・・)があって然るべきなわけで……つまりアリサが覚悟を決めて聞いてきたのは、俺の身に本当にヤバい何かがあったと考えたからか? うわ、こりゃ完全に失敗した。


「なんか、ごめんな。あとアリサ、多分アリサの想定と違って、俺の話って本当にどうでもいいというか、その辺によくある恋愛の失敗談みたいなのだぞ? 別に事件性とかねーし、スゲーくだらないありきたりな話っていうか……


 だからその、正直聞いてもガッカリするっていうか、『え、そんなことで!?』みたいな反応になったりすると思うんだが……」


「? 他人が……しかも自分が好意を寄せる相手が傷ついたという話を聞いて、どうしてガッカリすることがある? たとえそれが『一〇〇人の異性に無差別に告白した結果、全員にふられたので女性不信になった』などというものであっても、私はちゃんと受け入れるぞ?」


「それはそれでどうかと思うんだが……ふぅ、仕方ねーか」


 観念して、俺は静かに目を閉じる。そうして黄ばんでボロボロになったノートのような前世の記憶から、二度と思い出すことなどないと思っていた古いページをゆっくりとめくっていった。

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