難易度の高いダンジョン攻略って、燃えるよな
「チッ、やっぱり続きがあるのか……」
確実に強くなっていくスケルトン軍団と戦い続けること、更に一日と半。遂に二〇階層まで辿り着いた俺達だったが、そこは今までと変わらない構成で、ボスっぽい魔物がいそうな気配がない。
嫌な予感を感じつつも探索を続け……目の前に下り階段を見つけたところで、俺は思わず舌打ちをしてしまった。
「どうやらここで終わりではないようだな。ロネット、物資はどうだ?」
「食料にはまだ全然余裕があります。魔力回復ポーションは当初の予定より少し多めに使ってますが、こっちも許容範囲です。回復ポーションも十分な在庫があります」
「つまり、進むのは問題ないってことね……物資的には、だけど」
何処か皮肉げなアリサの言葉に、全員が軽く顔をしかめる。
「この階層の骨は、大分強かったニャ。この先はもっと強くなるニャ?」
「だろうな。まさか弱くはならねーだろ」
クロエの問いに、俺は苦笑しながらそう答える。どうやらこのダンジョンは五の倍数階に到達するごとに魔物の強さが一段上がるらしく、この二〇階層で出てきたスケルトン軍団はかなり手強かった。ここまでくると頼みのレベル差もそれほどなくなり、自分達よりちょっと能力が低い代わりに、急所もなければ疲れもしない魔物が最低一二体で襲ってくるというのはかなりの脅威だ。
そしてそれは、この先更に増していくことになる。あと二つ三つ階層を降りれば、それこそ一戦ごとに全力を出して頑張らねば勝てないような難易度になってくることだろう。
「皆、ちょっといいか?」
とまあそんなことを考えていると、不意にアリサが声をあげる。その真剣な様子に皆が黙ってアリサの方を見ると、アリサが徐にその口を開いた。
「皆も感じたと思うが、ここに来て魔物が更に強さを増した。この先に進むならば更なる脅威が私達を襲うだろう。そのリスクを考えれば……私はここで採掘し、引き返してもいいと思っている」
「えっ!?」
「アリサ様、何を!? だって伯爵様の指示は……」
「わかっている。だがお父様が本気で私達に『ダンジョンの踏破』を命じたわけではないことくらい、皆だって理解しているだろう?」
「それは……」
苦笑するアリサに、俺達は軽く顔をしかめる。確かに「ダンジョン踏破」の命令はできないことが前提で、「俺達に身の程を知らしめる」ことこそが主目的だろうってのは皆わかっていることだ。
「幸いにして、ここは既に二〇階層……前人未踏の階層だ。ここでなら好きに採掘しても迷惑はかからないし、お父様だって十分に私達を認めるだろう。つまり本来の目的に加え、お父様に対する最低限の面目も立つということだ。
なら、これ以上無理をして危険に身をさらす必要はないと思ったのだが……皆はどうだ?」
「言っていることはわかりますが……」
アリサの言葉に、ロネットが口籠もる。確かにこの先に潜るのは危険ではあるし、それをするのは伯爵様に対する反骨心というか、親に馬鹿にされたガキが「どうだ、俺達はやれるんだ!」と意趣返しをするという子供じみた行為と言えなくもない。だが……
「えー? クロはまだ全然大丈夫なのに、帰っちゃうニャ? そんなの勿体ないニャ!」
クロエのこぼした呟きに、俺の顔に笑みが漏れる。そしてそれは俺だけじゃなかったらしい。
「フフッ、そうよね。まだいけるはもう危ないなんて言うけど、流石にここで引き返すのは慎重すぎるわよね」
「クロエ、リナ……いや、しかしだな」
「おっと、そこまでだアリサ」
食い下がるアリサに、俺はニヤリと笑ってその肩を叩く。
「俺達は討魔士なんだぜ? 危険なんて百も承知でダンジョンに潜ってるんだ。それにこれだけ準備を整えたうえで未知のダンジョンに挑んでるんだ。こんな楽しいこと、ここでやめられるわけねーだろ!」
「楽、しい……? だが、これは私の――」
「だからそうじゃねーんだよ! そりゃ発端はアリサと伯爵様のやりとりなんだろうけど、今俺達は全員、自分の意志でダンジョン攻略をしてるんだ。だろ?」
「勿論!」「はい!」「そうだニャ!」
振り向いて問う俺に、リナが、ロネットが、クロエが元気に返事をしてくれる。その目はキラキラ輝いており、誰かに強制されてやりたくないことをやらされてる、なんて雰囲気は微塵もない。
「だからさ、引け目なんか感じる必要ねーんだよ。そりゃ仲間のためにって気持ちもあるけど、俺達だって冒険を楽しんでるんだからさ」
「皆……そうか。すまない、無粋なことを言ってしまったようだ」
「気にしない気にしない! それじゃ少し休んだら、下に降りましょ!」
「うむ! もはや下らぬことは言わん。皆のことは私がきっちり守り抜いてみせよう!」
「頼りにしてますね、アリサさん」
「クロだってびゅーんって走るニャ!」
皆のやる気も高く、俺達は更にダンジョンを探索していく。だがそこから先は、大方の予想通りの激戦地だった。
「くっそ、ハイエス・マルチマナボルト!」
「あっ!? シュヤク、駄目!」
運悪く二つの軍団にほぼ同時に遭遇してしまい、追い込まれた果てに俺が放った魔法。だがリナの咄嗟の叫びとほぼ同時に、スケルトン達の頭上で赤い膜が輝く。
「反射!? ヤバ――」
「『ミード・アンチマジックシールド』! くぅぅ……っ!」
焦る俺達の周囲にもまた、青く輝く光のベールが張り巡らされる。それは俺の魔法五発をギリギリ受け止めると、ふわりと揺らいで宙に溶けていった。
「きっつー! でも何とかなったわね……」
「すまん、助かったリナ」
「まったく、何やってんのよ! ちゃんと相手の詠唱モーションを見分けなさいよ!」
「ぜ、善処する……」
リナに言われてそう答えたものの、俺にはスケルトンアークウィザードの細かなポーズの違いなんてわからない。というか、そもそもモーションに違があること自体が初耳だ。
何故リナはそんなことを……まさかゲーム時代でも使う魔法で動きが違ったりしたのか? 嘘だろ、そんな無駄なモーション差分なんて作ってる余裕あったはずが……って、今はそんなのどうでもいい! まずはここを切り抜けねーとな。
「はぁぁ、全力回転斬り!」
グォンと空気を斬り裂く音をたなびかせながら、水平に構えた俺の剣がぐるりと回る。一気に五体のスケルトンナイトを弾き飛ばしたが、奥に控えるスケルトンコマンダーが存在しているせいで、以前のように隊列が崩れたりはしない。
「ルナライトシールド! 半月転閃!」
だが崩れないなら、崩してやればいい。月の光を盾に集めて防御力上昇と挑発効果の両方を発揮するスキルを使ってから、防御力を攻撃力として参照するスキルを重ねたアリサが剣を振るう。
すると強烈にアリサに惹きつけられていたトンガリ兜のスケルトンコマンダーの動きが止まり、周囲を守っていた護衛の体が腰から真っ二つに斬り裂かれた。
「もらったニャ! シャドウスラッシュ!」
そうして空いた道を、影にその身を隠したクロエが一気に走り抜ける。振るわれた短剣がスケルトンコマンダーの首を切り落とし、ついでとばかりにその奥にいたスケルトンアークウィザードの頭も落としていった。
「ロネット、合わせて! 『ミード・ウォータースプラッシュ』!」
「ホーリーポーション、大サービスです!」
ロネットの聖属性ポーションが混じったリナの水魔法が炸裂し、無数のスケルトン軍団の頭上に降り注ぐ。もはや防ぐ手段も指示を出す者もいなくなったスケルトン達は無防備にそれを浴びてしまい、悶え苦しむその間に俺達の手で次々ととどめを刺して……そうしてようやく、二三階層での最初の戦闘が終了した。
「終わったー! でももう無理! 魔力がスッカラカンよ!」
「わかってるって。こりゃポーションで回復するより、階段まで戻って休んだ方がいいか」
「なら他の魔物が集まってくる前に、さっさと戻るニャ」
「荷物持ちました! いけます!」
「なら殿は私が引き受けよう」
予想以上の激戦に、階段まで戦略的撤退。だが以前ダンジョンに閉じ込められた時と違って色々と余裕があるので、皆の表情は明るい。
「いやー、強かったな。コマンダー系がいると余計にヤバいぜ」
「ほんと。指揮する人がいるって全然違うのね」
「当然だろう。将校というのは伊達や酔狂でなれるものではない。全体を俯瞰し適切な指揮を執るというのは――」
「難しい話はいいニャ! それよりクロはお腹が空いてきたニャ」
「ということは、そろそろ夜ですね。魔力も大分消耗してますし、今夜はここで野営しましょうか」
「「「さんせーい!」」」
ロネットの提案を、全員が一も二もなく受け入れる。あえて口に出すまでもなく、さっきの戦闘は全員が厳しいと感じていたからだろう。
ということで、美味い飯を食い、適当に汗を拭ったりして……無論俺は壁と友達になっていた……その日の夜。
「……ふがっ!?」
「おや? 起きたのかシュヤク」
間抜けな声をあげて目を覚ました俺の前には、夜だろうとお構いなしに明るいダンジョンのなかで一人静かに過ごすアリサの姿があった。