さあ、今度はガンガン行くぜ!
改めて突入した「覇軍の揺り籠」だが、たった二日で何が変わるというわけでもない。ましてや今回は一度探索した場所なのだから、対策だってバッチリだ。
ということで、道のわかっている一〇階層まではサクッと進んだ。階段までの最短距離を移動するだけなら消耗を気にして消極的に動くより、スキルや魔法を使って出会った部隊を速攻で潰し、そのまま通り過ぎるのが一番だからな。
おかげで前回撤退を決意した一一階層の階段まで辿り着いた時、俺達の消耗は精々二割ほどだった。まだまだ余力があるし、今回は物資もたっぷり……つまり消耗品はともかく、魔力はある程度減ったら階段付近で野営することで回復することができる。
ならば当然、こんなところで足を止める意味はない。そこからは未探索なので流石にペースはググッと落ちたが、それでも危なげなく進んでいき……ガーランド伯爵の採掘部隊が現状辿り着いている最深層。第一五階層にて、俺達もまた足止めをくらっていた。
「「「カタカタカタカタッ!」」」
「むっ!? 来るぞ! シュヤク下がれ! リナ!」
「了解! 『ウォーターシールド』!」
「うおっと!」
複数の骨がカタカタと鳴り響く音を聞き、俺は慌ててアリサの後ろに下がる。それに合わせて俺達の前に水色の膜が張り、そこに五階層の時とは比べものにならない巨大な火球が三つ飛んできた。
ドドドーン!
「うひゃー! やっぱスゲー威力だな」
「うむ。これは確かに苦戦するはずだ」
何十ものスケルトン部隊の奥にいる、スケルトンウィザード複数体による同時魔法攻撃。対策なしなら俺達をまとめて吹き飛ばせる威力だ。
ならば以前のように、強引に突っ込んで危険なスケルトンウィザードを先に潰せばいいんじゃないか? そんな安易な発想を最初からねじ伏せてくるのが、部隊の最前列にいるでかい盾持ちのスケルトン、スケルトンガードナーである。
「回転斬り!」
ガガガガガッ!
俺の放った攻撃スキルは、しかし前衛三体の盾を擦るだけで体勢を崩すには至らない。どうやらこの程度の範囲攻撃スキルだと、敵の防御力を抜けないようだ。
「チッ、やっぱり堅いな。これだから防御特化は……なら、全力斬り!」
ガシャン!
次に使った攻撃スキルは、一体のスケルトンガードナーを盾ごと斬り裂く。流石に火力スキルを使えば、この程度の敵は一撃だ。
とはいえ、朝から潜っている関係上、今日はもうそこまでスキルは連発できそうもない。まだ多少の余力はあるが……
「リナ! 魔力はどのくらい残ってる?」
「うーん、三割くらいかな? 戻るなら余裕だけど、進むのは少し考えた方がいいかも」
「わかった、なら一旦階段まで退こう。皆、いいか?」
「わかった」「わかりました!」「わかったニャ!」
俺の提案に皆が同意してくれたことで、俺達は全力で目の前の部隊を蹴散らしてから、一旦一五階層の階段付近まで戻った。そのまま少し階段を上れば、そこはもう安全地帯だ。
「ふーっ、何とかなったな。てか、一五階層からいきなり強くなりすぎだろ!」
「どうやらここが区切りの階だったようだな。となると最奥は三〇階層だろうか?」
「流れとしてはありそうね。あ、ロネット。お水頂戴」
「はい、どうぞモブリナさん」
「プハーッ! 水美味しい……自分で出しておいたやつだけど」
「クロはサバクッキーが欲しいニャ。ちょっと小腹が空いたニャ」
「いや、そろそろいい時間の気がする、しっかり飯を食っちまおうぜ」
「む? 言われてみれば、潜ってから大分立つな……確かに区切りもいいし、今日はここで野営することにするか」
わいわいと話し合いながら、俺達は野営の準備を始める。といっても場所が場所なので、精々尻の下に柔らかい布を敷くくらいだ。下まで降りれば平らな地面に寝っ転がることもできるんだが、そっちだと偶に遠くの魔物に視認されて襲われることがあるからな。
他のダンジョンなら一匹二匹に見つかったところで倒せばいいけど、このダンジョンだと一体に見つかると芋づる式に何十体ものスケルトンとの戦闘になる。それをさけるためには、どうしても階段で休むしかないのが辛いところだ。
「はい皆さん、美味しい方の保存食ですよ」
「ありがとうロネット……ほう? これはなかなか……」
「サンキューロネット。あ、美味いなこれ」
「あのお店、当たりね。スープも欲しい……皆も飲む? ならその分も水出すけど」
「飲む飲む!」「私ももらおう」「クロも欲しいニャ!」「私もいただけますか?」
「オッケー、全員分ね。クリエイトウォーター!」
ロネットが背嚢から取り出した手鍋に、リナが水を満たしていく。それを固形燃料で熱して湧かし粉末状のスープの素を入れてやれば、身も心も温まる簡易スープのできあがりだ。
なお、粉末スープの素の存在については言及すまい。敵がケーキを落としたり、回復アイテムの缶コーヒーがある世界だぞ? 今更そんなの突っ込んでも虚しいだけだからな。
「あー……染みるな」
「おっさん臭いわねぇ……気持ちはわかるけど。あー美味しい」
「ふぅ、一息ついたな……それでシュヤク、一五階層はどうやって突破するつもりだ?」
「うん? そうだな……」
美味い飯と温かいスープで人心地ついたこともあり、俺はアリサの問いに頭を捻る。
まず大前提として、一部隊と戦うだけならそれほど苦戦はしない。敵のレベルはおそらく三〇程なので、スキルや魔法をちょろっと使えば普通に倒せる。
だが問題は敵の数だ。戦闘音を聞きつけると周囲からアホみたいな数が集まってくることこそ、このダンジョンの攻略難度を大幅にあげる要因なのだ。
「正直、今のこのダンジョンって、難易度が激増してると思うんだよ。だって俺達以外の冒険者……じゃない、討魔士パーティが何組も潜ってりゃ、あんな数を相手にする必要ねーだろうし」
「そうだな。実際採掘を行っている上層階では、採掘部隊とは別に常時一〇組以上の護衛部隊がダンジョン内部を見回り、出会う魔物を片っ端から倒しているはずだ」
「だろ? そういう状況なら、俺達だって一部隊を相手にすりゃいいだけのはずなんだ。でも今のここには俺達しかいないせいで、結構な範囲の魔物が全部集まって来ちまってる。だから敵の強さの割に苦戦してるんだと思うんだよ」
「数は力なのニャ。いっぱいは強いのニャ」
「ならモブロー達でも連れてくる? 敵はスケルトン系だけみたいだし、セルフィママがいたら無双できるわよ?」
「いや、それは流石に最終手段だ。どうしようもなかったら考えるけどな」
スケルトンというかアンデッド系の魔物に対して、セルフィの魔法は特攻だ。また敵が集団なので、オーレリアの攻撃魔法も強烈に刺さることだろう。
身も蓋もないことを言ってしまえば、ロネットとリナをセルフィとオーレリアに差し替えるだけで、このダンジョンの難易度は激減する。だが以前ならともかく今の俺達はモブローパーティとはかなりレベル差ができてしまっており、気軽にパーティメンバーの交代というのは頼みづらい。
あと、これは完全に俺の個人的な我が儘なんだが……何と言うか、多少不利だろうと何だろうと、もうこのメンバーで最後まで頑張っていきたいという気持ちがある。
別に助っ人を頼むのが嫌だとかってわけじゃねーんだが、何となく固定パーティで来ちゃったからな。今更それを変えるのは何だか薄情というか……それにほら、レベルは全てを解決するだろ? なら固定パーティは決して縛りプレイじゃねーと思うんだよ。だからまあ……うん。行けるところまでは行きたいってのが俺の偽らざる気持ちなのだ。
(レベル差は歴然だから、ぶっちゃけごり押しでも何とかなる。けど奥に行けば行くほど敵は強くなるんだから、この辺からきっちり作戦を組んで、スケルトン軍団との戦いに慣れておく方がいいよな)
今までも考えてはいたが、それはあくまで「雑魚相手に節約して勝つ方法」だった。だがここからは「対等な相手に危なげなく勝ち続ける方法」を考えなければならない。
「ここまで来たのだから、そろそろロネットのポーションを温存しなくてもいいのではないか?」
「いや、逆だ。俺達の魔力と違ってポーションは寝たら増えるってわけじゃねーんだし、そっちこそ温存しときたい。なあリナ、隊列の奥を攻撃できる魔法ってあるか?」
「あるけど、アタシの魔法って水属性だから、スケルトン相手には相性が悪いのよねー。せめて呼吸してくれてれば違うんだけど」
「骨は息しないニャ?」
「しないだろ……しないよな?」
「ど、どうでしょう? スケルトンが呼吸をしているかなんて、確認した人がいないですから……えぇ?」
「……実際に呼吸してなくても、実は呼吸してた頃の反応が残ってて、『頭を水で包まれたら動きが止まる』なんて反応があるなら、利用できそうだよな。次の戦闘のとき、ちょっと試してみるか?」
「マジ? アタシ適当なこと言っただけよ? スケルトンはそもそもスケルトンであって、別に元人間ってわけじゃないでしょ?」
「魔法一回分くらいの余裕はあるだろ。手札は大いに超したことはねーんだし、色々試してみようぜ」
「相変わらずおかしなことを思いつく奴だな……フフフ」
二日前にも、俺達は同じようなことを話し合った。だが今回は前提が違う。
ここから先も戦い続けるために。ダンジョンを攻略するために。美味しい保存食を囓りスープで腹を温めながら、俺達は熱心にスケルトン軍団の対策を話し合っていった。