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これぞまさに理不尽の極みってか

 さて、少々予定外の出費を強いられはしたが……くそっ、鞘でやるなら寸止め試合じゃないと駄目だって、もっと漫画とかで啓蒙しといてくれよ……それはそれとして物資の調達は順調に進んだ。


 昼過ぎには全部終わったのでそのまま墓地に戻ってもよかったんだが、そうするとまた半端な時間からダンジョンに潜り始めることになる。一旦体のリズムを整えるためにもその日は町に宿をとり、明けて翌日。俺達が再び「覇軍の揺り籠」に戻ると、そこには未だにたき火を囲むガシム達の姿があった。


「うわっ、まだいるのかよ!?」


「アァン? って、お前らか。そりゃ仕事なんだからいるだろ」


「伯爵様に報告に戻ったりしないの?」


「そりゃ部下の仕事だな。責任者様があくせく走り回るなんておかしいだろ?」


「そうなのニャ? でもクロはこんな寒いところにずっと座ってるより、動き回る方が楽だと思うニャ」


「ぐっ、それは…………」


「ガッハッハ、言うなぁ嬢ちゃん。こいつこの前兄ちゃんに負けた責任とらされて、ここで見張りやらされてるんだよ」


「あ、おいテメェ、余計な事言うんじゃねぇ!」


 ガシムは同じだが、側に座る二人のうち一人はこの前と違う、二〇代くらいの若い男だ。その片割れ……前からいる方……に言われ、ガシムが顔をしかめて叫ぶ。


「へー。降格でもさせられたのか? そりゃ悪いことをしちまったなぁ」


「うるせぇ、ガキに心配されるほど落ちぶれちゃいねぇよ! あと降格もしてねぇ!」


「そうなのか。私達のせいで立場を悪くしたというのなら、私からお父様に口添えしてもよかったが……」


「あーいや、それは勘弁してもらえないですかね? お嬢様から変に擁護されたら、そっちの方が困っちまうんで……へへへ」


「そうですね。アリサさんからそういう扱いを受けたとなると、変に妬まれたり目を付けられたりすることもあるでしょうから」


「そういうものか……ならば私は何もしないことにしよう」


 ロネットに諭され、アリサが微妙な表情で頷く。確かにこういうのって難しいよなぁ。本気で取り立てるつもりがあるならともかく、ちょっと目に付いたから褒めただけくらいでも、周囲からは過剰に受け取られたりするし。


 ああ、偶然出会ったクライアントとコーヒー飲んだだけなのに、クソ上司からちくちくつつかれた社畜時代の記憶が……いかんいかん、切り替えねば。


「あー、ガシム……さん。俺達はこれからダンジョンに入るんだけど……」


「ん? 勝手にすりゃいいだろ。俺はここで待機して、お前達が諦めるか、ダンジョンを踏破するかのどっちかを見届けるだけだ。ま、俺としちゃさっさと諦めてくれた方が仕事が早く終わっていいけどな」


「ははは、そうはいかねーよ。今回は特に準備万端だしな」


「そうです! この通りばっちりですよ!」


 そう言って、ロネットが自分の体よりでかいんじゃないかって背嚢をガシムに見せつける。するとガシムがもの凄く渋い表情を浮かべてから、俺に声をかけてきた。


「おいガキ、お前男として……いや、人として恥ずかしくねーのか? これは……これは流石にあんまりだろ?」


「いやいやいやいや、違うから! そりゃ見た目は最悪だけど、荷物持ちはロネットが適役なんだって!」


「そうです! 確かにちょっと重いですけど、このくらいはへっちゃらですよ!」


「そう言えって言われてんのか? アンデルセンの娘が金を絞られて荷物持ちまでさせられてるとか、バレたらどうなるか……伯爵様に追加報告しとかねぇと」


「本当に違うから! マジで!」


「おいガシム、失礼なことを言うな。ロネットは大事な仲間だ。仲間に理不尽なことをさせるわけないだろう!」


「お嬢様、そう言われてもですね……」


 アリサの言葉ですら訝しむガシムに、俺達は必死に説得した。確かにパーティメンバーで一番小柄なロネットに、エベレストでも登るのかってリュックを背負わせるのはイジメか虐待に見えるというのはわかる。


 だがロネットはヒロインキャラだ。サポート系なのでステータスの伸びは悪いが、それでも一般のモブキャラよりはずっと強くなる。しかも俺達と一緒にレベリングしてるので、そもそも素のレベルが高い。


「あーもう! だったら確かめてみろよ! おいロネット、ガシムと腕相撲してみろ」


「え? いいですけど……」


「おい、本気か?」


 俺の言葉に、ロネットが背嚢を下ろしてその上に肘を乗せる。ガシムは終始戸惑い顔だったが、それでも俺達に見られてロネットと手を組み……


「よーい……始め!」


「えいっ!」


「ぬおっ!? な、何だこりゃ!?」


 ロネットが気張ると、ガシムの額に青筋が浮かぶ。筋肉質の腕に血管が浮かんでピクピクしているが、ロネットの細い腕が傾くことはない。


「ガシムさん、何遊んでるんですか! ちゃんとやってくださいよ!」


「そうだぞガシム! ガキに負けるのはまだしも、そのお嬢ちゃんに腕相撲で負けるのはあり得ねーだろ! 手ぇ抜いてんな!」


「くっ、くっ、くぅぅ…………っ!」


「むぅぅぅぅ…………ふんっ!」


「ぐはっ!?」


「やった! ふふふ、私の勝ちですね!」


 ロネットが気合いを入れると、ガシムの腕がパタンと倒れる。あまりの出来事にしばし方針するガシムだったが、喜ぶロネットをそのままに振り向くと、若い仲間の方に近づいていく。


「ガシムさん、いくら何でもそれは手加減し過ぎ……いてててて!? ちょっ、何するんですか!?」


「……俺が弱くなったわけじゃねぇ? てことは、あのお嬢さんは本当に俺より強いってことなのか?」


「はー、こりゃたまげた! そっちのガキといい、グランシール学園に入るような子供は、やっぱ俺達みたいなのとは違うんだなぁ」


 信じられないとばかりに自分の手を見るガシムに、ガシムにギュッと手を握られ痛がる若い男に、今の結果を受けて感心した声を上げる中年の男。そんな三者三様を目の当たりにしながら、俺は勝負の結果とは少し違うことが頭に浮かんでいた。


(これがゲームとしての力か……久しぶりに実感したけど、やっぱ反則だな)


 現実であるはずの世界の至る所に刻まれる、「プロミスオブエタニティ」というゲームの痕跡。その一端を垣間見て、俺は内心で小さく唸る。


 勝利を無邪気に喜び、改めて背嚢を背負い直すロネット。だがその中に詰まった重さは、おそらく……いや、間違いなくロネットの体重より重い。だというのにロネットはそれを背負い、よろけすらせず笑顔で歩いている。


 物理法則は働いているし、体を鍛えて筋肉をつけるみたいなトレーニングだって普通にあるのに、それら全てを嘲笑うかのようなゲームの法則。その歪さに顔をしかめたくなるが、それがなければ俺達がダンジョンに潜ることも、たった三年で攻めてくる魔王を撃退することだって不可能。


(てか、それを言い出すとそもそも魔法が使えるとか、そういうところからゲーム仕様なわけだしなぁ……)


 ここまでの経験から、あまり依存しすぎるのはよくない気がする。が、使わなきゃやってられない難易度でもある。それにそもそも、世界の法則がどうなんて明らかに俺の手にはあまるというか、どうこうできる問題じゃない。


「おい、シュヤク! どうした、もう行くぞ?」


「あ、悪い! 今行くよ」


 アリサに声をかけられ、俺は益体もない物思いから我に返った。見れば既に全員が準備を整え、ダンジョンに入るところだったようだ。


「シュヤク、ボーッとしてたら駄目ニャ」


「これからダンジョンに入るっていうのに、気を抜いてたら怪我するわよ?」


「悪い悪い……なあロネット、今更俺が聞くのもアレだけど、本当に平気か?」


「え? ええ、そりゃ重いですけど、割と平気ですよ? その事実に自分でも驚いてはいますけど」


「れべりんぐ、だったか? 私やクロエと違って武器を振るって戦うわけではないロネットは実感しづらいのだろうが、間違いなくその効果が出ているということだ」


「みたいですね。改めて実感しました」


「強くなるのはいいことなのニャ! それじゃ今度こそダンジョンに入るニャ!」


「おう!」


 バッチリ気合いを入れ直して、俺達は「覇軍の揺り籠」に潜っていく。先行き不透明な未知のダンジョン。今回は何処までいけるか……楽しみだぜ。

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