得したと思ったら、そんなオチかよ……
とにもかくにもまずは馬車の確保ということで、俺達は墓場の入り口まで戻っていった。するとそこには昼間とは違う人であるものの衛兵がいて、俺達の馬車もちゃんと保管されていた。
なのでそれを使って早速領都へと戻ろうと思ったのだが……
「え、今から領都まで戻られるのですか!? お聞きしているこの馬車の速さであっても、向こうに着くのは早朝になってしまうと思いますが……?」
「「「あっ」」」
衛兵の人に指摘され、俺達は揃って間抜けな声をあげる。五人もいて誰も移動時間のことが頭になかった辺り、それなりに疲れていたらしい。
「そうか、そりゃそうだよな……うわ、マジか。どうする?」
「一応我が家でなら、朝帰りして夕方まで寝ていても問題はないが……」
「それ以前に移動中の馬車で寝ちゃいそうなのが怖いわね。クロちゃんだけ徹夜させるのも気分が悪いし」
「クロはそのくらい平気ニャ! でも皆が寝てると釣られて寝ちゃうかも知れないニャ……」
「クロエさん、それは平気とは言わないですよ?」
「かといって交代もなぁ……」
ミーア先輩から借りた魔導猫馬車は、クロエに巨大猫の幻影……スズキとマッカランを呼んでもらえば俺達でも運転……馬車だと運転じゃねーのか? 操車? とにかく動かすことは可能だ。
が、ただ動かすだけならともかく、咄嗟に細かい指示を出すとかはクロエじゃねーと難しいし、そもそも夜の道を見通せる夜目もクロエがダントツに利く。
となると御者はクロエ一択になるんだが、それはクロエの負担が大きすぎるし、かといって代わりになる俺達は能力が著しく落ちるため、正直夜に馬車を走らせたいとは思えない。
「なら領都ではなく、この近くにある別の町に戻るのはどうだ? 領都とは方向が違うが、そちらなら一時間ほどで着くだろう」
「いやでも、着いたとして町に入れるのか?」
「そこはアリサさんがいるので大丈夫だとは思いますけど、宿の確保はやはり難しいかと……普通の手段では、ですが」
「ガーランド家の威光でごり押しは印象最悪だろ。となるとむしろ町に入らず、門の側で野営とか? 馬車の中で寝るって手もあるな」
「そっか、走らせなきゃでっかい箱だもんね。野営よりはいいかも?」
「スズキとマッカランが見張りをしてくれるから、安全性もバッチリニャ!」
「ふむ、その辺が妥当か……」
「あ、あの!」
俺達がそんな事を話し合っていると、兵士の人が声をかけてきた。俺達がそちらを見ると、兵士の人が恐縮した様子で言葉を続ける。
「我々の使っている宿舎でよろしければ、そちらにお泊まりいただくのはどうでしょうか? お嬢様をお泊めできるような立派な施設ではありませんが、野営よりはずっと快適かと思います」
宿舎! そっか、警備の衛兵がここに常駐してるってことは、そりゃ宿泊施設だってあるよな。ハッとそれに気づき、言われるまで気づけなかったことに「こりゃ本格的に頭が回ってねーな」と内心苦笑していると、アリサが窺うように兵士の言葉に答える。
「いいのか? 我等のために本来使うべきお前達の寝床がなくなってしまうのは避けたいのだが?」
「大丈夫です。ダンジョンで問題が起きた時のために、宿舎には余裕を持ってベッドが用意されておりますので。
ただ上級士官用の個室は一つしかありませんので、お仲間の方は我々と同じ六人部屋になってしまいますが、それでも宜しいでしょうか?」
「ああ、問題ない。だろう?」
アリサの確認に、皆が頷く。町の外で天幕張って寝るのに比べたら、六人部屋だろうと魔物に怯えることなくベッドで寝られるなんて天国みたいなもんだ。今更男女で分けろなんて寝言を言う奴もいねーしな。
ということで、俺達は兵士の人の好意に甘え、すぐ近くにあった割と立派な宿舎に泊まらせてもらった。そうして特に何事もなく夜を越えると、今度こそ馬車に乗って領都……ではなく、近くの別の町に向かう。
いやだって、物資を補給するだけだから領都に戻る意味ねーしな。住人が五〇人もいねーような小村なら別だが、領主が管理するダンジョンの側ってことで結構発展した町だったから尚更だ。
町中に入り、ロネットが買い込む物資を普段なら使わないでか目の背嚢に詰め込んでいく。金銭的に余裕があると魔力回復ポーションの小瓶一つがリナの出す魔法の水何十リットルと同等になってくれるので、大変に捗る。
ということで、調達するのは主に食料、保存食になるわけだが……
「お? この店の保存食、何か安くねーか? 売ってる量もスゲーし……?」
「いらっしゃい! ほら、何でか知らないけど、昨日から近くのダンジョンが封鎖されちゃっただろ? そのせいでいつもの注文がキャンセルになっちゃったから、商品が余り気味なんだよ。
特にうちは日持ちより携帯性と味を重視してるからね。早めに売り切らないと大損しちまうのさ」
「えぇ? 保存食なのに日持ちは二の次って、どうなの?」
店先に立つおばちゃんの言葉に、リナが首を傾げる。するとおばちゃんが貫禄のある体を揺らして、笑いながら追加説明してくれた、
「アッハッハ、そりゃ需要と供給だよ! ダンジョンの中に持っていく必要はあったけど、毎日何百人って男達が食うんだから、うちで売った保存食は実際には一日二日で全部食われて次のを買いに来てたんだよ。
なら普通の保存食みたいに、三ヶ月とか半年保たせる意味はないだろ? 保存期限を三日から五日くらいに短くした代わりに味が良くて持ち運びしやすいように工夫したら、うちの独自商品ってことでよく売れたのさ!」
「オバチャン、頭いいニャ! クロだって美味しい方がいいニャ!」
「素晴らしい発想ですね。そういうことなら、私達も幾らか買っていきましょうか。最初の数日だけとはいえ、どうせなら美味しいものを食べたいですし」
「賛成! あ、じゃあアタシ、このドライフルーツの入ったやつがいい!」
「クロはサバが入ってるのがいいニャ!」
「流石にサバはねーだろ……俺はこっちのナッツのやつがいいかな」
「毎度あり! 全部美味しいから、楽しみにしときな!」
わいわいと話しながら、俺達は長期保存はできないが美味しい保存食という、よくわからないものを大量に買い込んでいく。ほくほく顔のおばちゃんに見送られて店を離れると、次は武具の手入れをしてもらうべく、向かったのは鍛冶屋だ。
「ふーむ。盾はちょいと痛んでるが、この程度ならすぐ直る。だがこっちのは……」
「え? 俺の剣、そんなに状態悪いですか?」
難しい顔をする鍛冶屋のオッサンに、俺は思わずそう問いかける。すると禿げ頭のオッサンがジロリと俺の方を見ながらその口を開いた。
「剣は別に平気だが、鞘がな。お前これ、剣を鞘に収めた状態で何かを叩きまくったか?」
「うぐっ!? ま、まあ確かに、ちょっとその状態で模擬戦的なことをやりましたけど……」
「当たり前だが、鞘ってのは剣を収めるためのもんであって、収めたまま何かをぶっ叩くようにはできてないんだよ。
ほれ見ろ、こことかへこんでるだろ? こんな状態じゃ剣の抜き差しの時に引っかかって危ないぞ?」
「……………………」
あまりにも真っ当な指摘に、俺は猛烈にしょっぱい表情を浮かべる。
「あの、それって直ります?」
「直るか直らないかで言うなら、そりゃ直る。だが裏張りを剥がして内側から叩いてへこみを直して、油を追加して……なんて手間をかけるくらいなら、新しいのを買っちまった方が安いぞ?
よっぽど思い入れがある品だっていうなら別だが……どうする?」
「…………新しい鞘をお願いします」
「シュヤク、アンタって本当に残念イケメンねぇ」
「……何と言うか、すまんな」
「シュヤク、元気出すニャー」
「だ、大丈夫ですよ! パーティ資金から出しますから!」
「ぐぬぅ……」
新装備を作るために鉱石を取りに来たのに、その前に鞘を買い直す。何とも悲しい状況に、俺はしょんぼりしながら新品をオーダーするのだった。