やっぱりちゃんと強いんだな
「いいのかシュヤク? 話の筋からすれば、戦うべきなのは私だろう?」
「いや、いいって。アリサが出たら、色んな意味で勝負にならねーだろうしな」
心配……って程じゃねーけど、一応気にして声をかけてくれるアリサに、俺はそう言って苦笑する。するとガシムの眉間の血管がピクリと震え、その目が俺を睨み付けてくる。
「言うじゃねぇかガキ……」
「お、何だ? アリサに変わるか?」
「ふざけんな! 俺達がお嬢様に怪我でもさせたら、伯爵様に怒られるじゃねぇか! もしお嬢様を戦わせようって言うなら……俺達は全力で土下座するぜ?」
「そっちの子達を戦わせようとしてもな! うちの娘と大して変わらない子供と戦うなんてまっぴらだ! ただでさえ最近はちょっと態度が冷たいんだ。これ以上俺を追い詰めないでくれ!」
「子供に手を上げたなんて知れたら、かみさんにどれだけ怒られるか……想像しただけで寿命が縮むぜ」
「お、おぅ……いやまあ、そんなことはしねーけども」
情けないとも言えない微妙な訴えに、俺は思わず頬を引きつらせる。まあうん、確かに雇い主のお嬢様とは戦えねーだろうし、実際にそうできるかはともかく、娘みたいな年頃の女の子をぶん殴るのも気が引けるだろうなぁ。
「まあいいや。とにかく俺が相手をしてやるから、安心してかかってこいって」
「ハッ! その大口が本物かどうか、今すぐ確かめてやるよ!」
右手に鞘入りの剣を持ちつつ、左手をクイッとやって声をかけると、拳を握ったガシムが俺に向かって走り込んでくる。油断なく剣を構えると、間近に迫ったガシムが鋭い拳を放ってきた。
「フッ!」
「おっと」
荒々しい言動とは打って変わって、洗練された一撃。そのまま二撃三撃と拳が振るわれるが、その全てを防いでいく。
「……お前、強いな?」
「そっちもな」
低く窺うようなガシムの言葉に、短く返す。実際ガシムは強い。おそらくは三〇レベル以上あるんじゃないだろうか?
でもまあ、それも当然だ。何せこいつは伯爵からダンジョンの管理のみならず、万が一の時は俺達の救助さえ任された男だ。そんな奴が弱いはずがないし、後ろの二人も言動こそアレだったが、ガシムと同じか、最低でも足を引っ張らない程度には強いと思われる。
一般人の括りで見れば、明らかに強者。如何に周辺諸国のエリートを集めた王立グランシール学園の生徒とはいえ、普通の一年生であればまず勝てない強敵だっただろう。
だが残念、俺達は普通じゃない。国じゃなく世界に、運命に選ばれた存在……特に俺は、魔王を倒して世界を救う使命を与えられた、この世界の主人公様だ!
「えいっ! やあっ! たあっ!」
「ぬっ!? ぐおっ!?」
わずかな隙を突いての通常攻撃三連コンボが、ガシムの肩、胴、そして首を打ち据えた。鞘つきとはいえ鉄の塊でぶっ叩かれ、ガシムの表情が苦悶に歪む。
「ガシム!? 何やってんだ、遊んでるんじゃねぇ!」
「負けたら報酬減額されんだぞ!? 気張れ気張れ!」
「くっ、そ! わかってんだよ、少し黙れ!」
「へぇ? 報酬減額ってことは、やっぱりあの挑発はそういうことだったのか?」
必死に拳を構えるガシムに、俺は余裕の笑みを浮かべて問う。最後に喧嘩を売ってきた時の流れはともかく、ガシムの態度は最初からちょっと違和感があった。
だってそうだろ? 怪我させたら怒られるなんて言って勝負すら避けるアリサに、どうしてあんな皮肉っぽいことを言ったんだ? 怒ったアリサが勝負しろって言ったら困るはずなのに、何故?
単純に馬鹿だから? そんなわけない。順番が逆ならともかく、初顔合わせでいきなり挑発してきたんだから、そこには明確な意図があったはずだ。
「アリサがあの程度の挑発に乗ってくるなら、あんたは実力差をわからせに来たはずだ。それこそ大人の力で子供をねじ伏せ、ダンジョン攻略を早々に諦めさせるのが伯爵の指示だったんじゃねーか?
だがアリサはあっさり流しちまったし、あんたが思ってるよりずっと深くまでダンジョンを攻略してた。それが本当なら全力出しても勝てるかわからねーけど、まさか伯爵令嬢相手に本気で喧嘩なんてできるはずがない。
だからあんたは方針を変えて、俺に喧嘩を売ったんだ。俺なら気兼ねなくぶっ飛ばせるし、そうすりゃダンジョン探索を切り上げさせるきっかけになる。もしそうならなくても、実際に戦ってみりゃ実力もわかるだろうしな」
「うる、せぇ! 余裕見せやがって、何も知らないガキがぁ!」
長々と説明してやる俺に、ガシムが吼える。だがどれだけ拳を振るっても、一つとして俺には届かない。
「くそっ、何でここまで完璧に防がれる!?」
「さあな!」
もっとも、それはガシムが弱いわけじゃねーし……正直、俺が強いってわけでもない。勿論ステータスは俺の方が相当上だろうが、対人戦、ましてや徒手空拳相手の戦いなんて初めてだ。
なら何故対応できているかと言えば……ガシムの攻撃が、ゲーム時代の素手攻撃のモーションそのままだったからだ。
(右フック、左ボディ、左フック、右ストレート!)
バシッ! バシッ! バシッ! バシッ!
「……クソがっ!」
ゲーム時代のキャラのモーションは、当たり前だが毎回必ず同じだ。初撃さえ防げれば、続く攻撃は全てテレフォンパンチ。レベル五〇を超え、女神の恩恵で覚醒すら果たした今の俺なら防ぐのは余裕だ。
「実力テストはそろそろいいか? なら――」
「大人を、舐めんじゃねぇ!」
「っ!?」
それはおそらく、破れかぶれの一撃だったんだろう。だがだからこそ、ガシムのパンチは俺の知らない軌道を描いて放たれた。
俺の目は、それを捕らえている。俺の体は、それを防ぐのに十分な反応速度がある。
だが俺の経験は……たった八ヶ月の実戦経験は、一〇年以上……おそらくは二〇年くらい戦い続けたであろうガシムのそれに遠く及ばなかった。
「グハッ!?」
「「「シュヤク!」」」
誰のとも言えない、あるいはその場にいた仲間全員の声が俺の耳に届く。めり込んだ拳は俺の内臓を押し上げ、俺の口から胃液が零れる。
ああ、痛ぇ。目がチカチカしやがる。格下相手にわからせる側だと、知らずに慢心してイキッてたか? だが……
「へっ、どうだガキ……なっ!?」
「えいっ! やあっ! たあっ!」
「ぐへっ!?」
痛かろうが苦しかろうが、脳内でボタンをポチッと押しさえすれば、俺の体は通常攻撃を繰り出す。丸めた背中がいきなり伸び、ダメージなんてなかったかのように繰り出した俺の攻撃を食らったことで、驚愕の表情を浮かべたガシムが倒れる。
「はぁ、はぁ、はぁ……悪いな先輩。でも俺だって、こんなところでのんびり伸びてるわけにはいかねーんだよ。いてててて……」
「ちょっとアンタ、大丈夫? 最後モロに食らってたわよ!?」
「回復ポーションを使いますか?」
「シュヤクがやられたら、次はクロが相手ニャ! フシャー!」
「ははは、平気だって。回復もいいよ」
この痛みは勉強代だ。サッと消しちまうのはちょっと違うというか、勿体ない。
「でも……」
「シュヤク」
だがそんなのは俺の勝手な我が儘だ。わかるはずもないロネットが食い下がろうとしてきたが、その横からアリサが声をかけてきたことで止まる。
「私が……いや、違うな。ガシムは強かったか?」
「ああ、強かったぜ。伯爵様がここを任せただけのことはある」
アリサの言葉に、俺はそう言って足下で寝てるガシムに目を向ける。レベルもステータスも俺が上。だがそれが全てじゃないってことを教えてくれたガシムに、敬意はあれど敵意はない。
「でも、俺達の方が強かった。そうだろ?」
「……そうだな。おい、そちらの二人。まだ私達の実力が足りないと疑うか?」
「いえいえ、そんな! 俺達は最初から、お嬢様のパーティの方が強いと思ってましたよ? へへへ……」
「ったく、ガシムの野郎……ほら、起きろ!」
「ぬおっ!? あ、ありゃ? 俺は……?」
仲間の一人に蹴っ飛ばされ、ガシムが意識を取り戻す。ブルブルと頭を振ってから立ち上がると、ガシムがまっすぐ俺を見てきた。
「チッ、まさか本当に俺が負けちまうとはなぁ……」
「どうだ? 試験は合格か?」
「ケッ、何のことだかわからねぇな! だがまあ、俺に勝ったんだ。なら後は好きにすりゃいいさ。おい、お前ら帰るぞ!」
「何言ってんだガシム。俺達の仕事はここでの待機なんだから、帰ったら駄目だろ?」
「そうだぜ。お嬢様達がダンジョンから出てきたからって、帰っていいなんて言われてねーからな」
「うぐっ!? わ、わかってるよ……くっそ、しまんねーなぁ」
仲間二人に指摘され、ガシムがたき火の側に腰を下ろす。そのままぷいっと顔を背け……どうやらもうこっちは見ないらしい。
「えっと……じゃあ、俺達は帰って寝るか? てか、あれ? 俺達ってどうすりゃいいんだ?」
「今からだと、流石に宿を取るのは難しいかと……」
「ならまたうちに泊まればいいだろう。別に戻ってきてはいけないとは言われていないしな」
「それより馬車は? 墓場の入り口の人が預かってくれてるはずだけど、今は何処にあるの?」
「スズキもマッカランも、呼んだらすぐ来るニャ! 呼ぶニャ?」
「いやいや、それやったらいきなり馬車が消えて大問題になるだろ! とりあえず入り口まで戻って……」
「おいガシム、こっち向けよ。何不貞腐れてやがんだ」
「泣きたいのはこっちだってーの! 報酬の減額分酒奢れよ?」
「あーくそ! お前らもう、皆揃ってどっか行けよ!」
夜の墓場に、色んな奴らの声が響き渡る。とにもかくにも俺達の最初のダンジョンアタックは、こうしてひとまずの区切りを得たのだった。