この程度じゃ負けてやれねーぜ?
スケルトン……それは言わずと知れた骨の魔物である。基本的には人間の骨格標本みたいなやつだが、ドラゴンだろうがオーガだろうが骨が動いてりゃ大体スケルトンなので、その実力には大きな幅がある。
そんななか今俺達の目の前にいるのはごく平凡な人間型で、木をベースに金属で外枠を補強された兜と小盾を身につけ、手には錆びたショートソードを持っている。おそらくはレベル一〇のソルジャースケルトンだろう。
つまり雑魚だ。雑魚のはずだが……とはいえここは未知のダンジョン。実力を確かめる前から舐めてかかるほど俺達は馬鹿じゃない。
「アリサ、ひとまず軽く受けてみてくれ」
「わかった」
俺の言葉に、クロエと入れ違うようにアリサが一歩前に出る。そのまま盾を構えると、ソルジャースケルトンはフラフラと歩み寄ってきて……間合いに入った瞬間、意外に鋭い一撃を放ってきた。
フォン……カツンッ
「ふむ、大したことはないな」
だがそれを、アリサは余裕の表情で受け止める。そのまま数度攻撃を受けると、最後はガツンと盾で殴り飛ばしてスケルトンを大きくノックバックさせた。
カラカラカラ……
「この程度なら、寝込みを襲われでもしない限りは脅威にならないだろう。特殊な技か、あるいは武器に毒でも塗ってあれば別だが……」
「このレベルの魔物だと、そういうのはねーだろうな。よし、ならサクッと片付けちまうか」
今度は俺が前に出て、腰の剣を抜き放つ。スケルトンは打撃に弱い反面、斬撃や刺突には強い。これはゲーム的にそうなっているというのもあるが、剥き出しの骨は殴って折るのは簡単でも、斬るには微妙に固いし、筋肉や脂肪がないので突きは有効打となる部分が狭いからである。
「えいっ!」
ガランッ!
もっとも、それはあくまで同レベル帯であればの話。俺の一撃があっさりとスケルトンの首を飛ばすと、その装備ごと全てがダンジョンの霧へと変わっていった。
「へー。授業で聞いて知ってはいたけど、本当にアンデッドでも首を飛ばすと死ぬのねぇ」
「みてーだな。まあその方が都合はいいけど」
アンデッドという魔物は別に人の恨み辛みが死体を動かしているわけじゃなく、カテゴリ的には魔法生物になる。たとえばスケルトンなら骨のなかにミッチリ魔力が詰まってて、それが繋がることで動いてるって感じだな。
だが魔力というのは、それだけだとただの力の塊だ。なら何故スケルトンが動けるかというと、魔力の詰まった部位に応じて、その元の働きをエミュレートしているからである。
つまり腕の骨に詰まった魔力は筋肉のように動いて腕を動かすし、頭蓋骨に詰まった魔力は脳みそのように思考力を与えるのだ。なので首を落とすと思考力が失われ、人型を保つという意識がなくなり、そのまま死んじまう……というのが俺達が授業で習ったアンデッドの生態である。
まあ実際にはもっと細かい理論とかあるんだろうけど、そこまでは俺は知らん。ゲームでも「何でアンデッドが動くのか」なんて設定は詰めてねーし、現実化に伴っていい具合に辻褄が合わせられているんだろう。
それに重要なのは、アンデッドは通常攻撃で倒せるということのみ。特殊なイベントダンジョンならともかく、一般のダンジョンに特定の属性攻撃でしか倒せない雑魚が大量に出るとか、面倒以外の感想が出ねーからな。
「うし、それじゃさっさと先に……おぉぅ?」
カラカラカラカラ……
サクッと討伐を終えて進もうとする俺の耳に、やたらと沢山のカラカラという音が聞こえてくる。おいおい、何だか嫌な予感がしてきたぞ……?
「ああ、そうだった。ここは一度に遭遇する魔物の数がとても多いんだった。今のは斥候だろうから、おそらくこの後二〇から三〇体は襲ってくるはずだ」
「はぁ!? そんな大群が湧き出てくるところで、どうやって鉱石の採掘なんてやってんだよ!?」
「討伐部隊と採掘部隊で別れて作業をしているのだ。数が多い分気配がすぐにわかるから、通路に誘い込んで大きな魔法や爆発系の魔導具などで一掃するらしい」
「洞窟で爆発って……いや、まあ平気なのか?」
俺の脳裏に「坑道でダイナマイトを暴発させて生き埋め」みたいなイメージが湧いたが、ここはダンジョン。ドラゴンが大暴れしたって壊れねー壁や天井が、人が使う魔法や魔導具程度で壊れるはずもない。
いや、それどころか絶対壊れねーなら、むしろ爆発の衝撃が凝縮されるから、狭い通路なら効果が倍増するはずだ。なるほどそのやり方なら、安価な魔導具で何十体ものスケルトンを一網打尽にできるだろう。
「どうしますか、シュヤクさん? 私のポーションだとそこまでの威力は出せないと思いますが……」
「どんどん近づいて来てるニャ!」
「よし、とりあえず通路に下がろう。幾ら格下とはいえ、広場で囲まれたら流石にマズいからな。で、正面から迫ってくるのを俺とアリサで各個撃破していく。クロエは最後尾で、後ろからスケルトンが来ないか警戒してくれ。
リナとロネットはひとまず待機。背後から挟み撃ちにされそうになったら、その時は対処を頼む。ただまだ先は長いから、ここで魔力やポーションの浪費はできるだけ避けたい。節約志向でいこうぜ」
「「「了解!」」」
俺の指示を聞いて、全員が素早く動き出す。まずはクロエが敵の来ない方向を見極めてそちらに移動すると、予定通り俺とアリサがぞろぞろやってきたスケルトン軍団を相手取る。
「えいっ! やあっ! たあっ! くっそ、多いな!?」
「だが一体一体は大したことない。確実に潰していけばすぐに数が減ってくるはずだ……ハッ!」
アリサがシールドでぶん殴ることでスケルトン達の隊列を崩し、そこに俺が踏み込んで通常攻撃三連コンボでとどめを刺す。これなら魔力の消費もないし、通路の狭さのおかげで正面だけを警戒していればいいから、安定して戦い続けられる。
だが討伐効率の方はそこまでよくない。隊列を崩したからって下手に飛び込むと袋叩きにされるし、俺が下がらねーとアリサが次のシールドバッシュを使えないからな。安全重視で時間を使っちまったせいか、背後からクロエの声が響いてくる。
「奥からも来てるニャ! 数……多分一〇よりは多いニャ!」
「まだそんなに来るのかよ!?」
「シュヤク、後ろに回れ。ここは私一人でも抑えられる!」
「仕方ねーか。クロエ、こっちに来てとどめ役を変わってくれ! 俺が下がるから、リナは援護を! ロネットはまだ温存だ!」
かけた声の返事を待たず、俺はタイミングを見て後ろに下がる。するとすぐに隣を黒い影が走り抜けていったので……攻撃力の関係上多少討伐ペースは落ちるだろうが、押し負けることはまずないだろう。
なら俺は俺のやるべきことをやらねばならん。ロネットとリナの隙間を駆け抜けると、俺はグッと踏ん張って剣を構える。
「待たせた! おうおう、来てやがるな?」
カラカラカラ……
「でかいのを一発入れて、一気に崩す?」
「それも悪くはねーんだが……あ、そうだ。前にやったアレをやるか」
「あれですか?」
「そうそう。二足歩行してる奴らにゃ効果てきめんだろうぜ?」
「……ああ、そういうことね。ならロネットもいいの?」
「おう! 一本だけ頼む!」
「わかりました!」
「ならアタシから……『ウォーターボール』!」
主語の抜けた会話を済ませると、リナがスケルトン達の少し手前に水の魔法を炸裂させる。このダンジョンは土床なので石床ほどの効果は望めないだろうが……
「フリーズポーション、いきます! えーいっ!」
パリンッ! ピキピキピキッ!
ツルッ! ステーン! ガラガラガラ……
「おっしゃ成功! 一気にいくぜ!」
凍った床に足を滑らせ、先頭のスケルトンが派手に転ぶ。するとそれに押されて背後のスケルトン軍団も倒れていき、敵はいきなり総崩れとなった。
なら後は、そこまでいって剣を振り回すだけだ。俺まで転んだらアホの極みだが、継続してダメージゾーンを形成するような魔法でもない限り、この手の効果はすぐに消えて残らない。
それがわかっているからこそ大胆に踏み込むと、倒れているスケルトン達の首を次々と飛ばしていく。四〇レベルも差があったとて、HPがないので首を斬られれば死ぬ俺にとって数の暴力は恐ろしかったが、倒れ込んでる奴を一方的に斬りつける分には関係ない。
斬って斬って斬りまくり……そうして生まれた大量の骨の山は、ほどなくして全てがダンジョンの霧へと変わっていった。
「ふーっ、討伐完了! アリサ、クロエ! こっちは終わったぞ!」
「こっちももう終わる! いくぞクロエ!」
「お任せニャ! フニャッ!」
残心を終えて振り向くと、背後でも最後の一体がアリサに吹き飛ばされ、クロエの短剣で首を飛ばされたところだった。「覇軍の揺り籠」……まさに軍と呼ぶに相応しい数のスケルトン部隊だったが、俺達をどうにかするには、もう一桁足りなかったみてーだな。