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前提の違い

今回は三人称です。

 やや時間が戻り、シュヤク達が退室した応接室。残されたアリサに対し、エドウィンは少しだけ力の抜けた表情で声をかけた。


「改めて……久しいな、アリサよ。もっとも私としては、お前が帰ってくるのは学園を卒業してからだと思っていたが」


「私もです、お父様。当初の予定では、これほど早く帰宅するなどあり得ませんでした。ですが帰宅するだけの理由が……いえ、これは後付けですね。帰宅しても問題ない程度の実績を、早々に得ることができましたので」


「まさかお前に、それほどの才能があったとはな……私の目も曇ったか」


 グランシール学園への入学を打診された時点で、アリサに才能があることはエドウィンもわかっていた。だが当時のアリサの実力は、そこまで突出したものではなかった。


 だというのに、今のアリサの成長は歴代どころか、歴史上でも類を見ないほどの速度だ。これほどの才を見逃していたという事実にエドウィンが苦笑すると、アリサもまた父と同じ表情を浮かべながら首を横に振る。


「いえ、それは違います。確かに私には才能があったのでしょうが……ここまでの成長ができたのは、偏に仲間の存在があればこそです。もし皆に……特にシュヤクに出会わなければ、私はお父様の予想通り、卒業までこの家に帰ることはなかったでしょう」


「シュヤク……あの少年か。お前の方が交際を申し込んでいるという話だったが、本気……いや、正気か?」


「正気と問うのは流石に酷くありませんか? 勿論本気です」


「いや、しかし……その意味がわからぬお前でもないだろう? 相手は平民なのだぞ?」


 ガーランド伯爵家にはアリサの上に兄が二人おり、家督は長男が継ぐことになっている。なのでアリサが他家の者と結婚すること自体は何の問題もないが、相手が平民となれば話が違ってくる。


 なにせ伯爵家の娘だ。同じ貴族か、せめて地方の権力者、有力者の息子であれば面子も立つが、単なる田舎村の男が相手となると、伯爵家の家格そのものに傷がついてしまう。現当主として、そして伯爵領を息子に継がせる親としても、それは流石に許容できなかった。


 しかしそんな心配を口にするエドウィンに、アリサは平然とその口を開く。


「それならば問題ありません。私とシュヤクが結婚することを口さがなく貶められる者など、すぐにいなくなります」


「? どういうことだ? まさか私に報告していないことがあるのか?」


 エドウィンには一つ、とても気になることがあった。それは先ほどのシュヤクの態度に、「貴族に対する畏れ」が一切感じられなかったことである。


 この世界の常識では平民からすると貴族は雲上人であり、その気分一つで自分どころか家族や集落すら簡単に潰してしまえるような存在だと思われている。


 勿論本当にそんなことをする馬鹿な貴族は滅多にいるものではないが、逆に言えば正当な……あるいはやむを得ない理由があるなら実行できる。貴族が多くの平民の生殺与奪権を持っているのは紛れもない事実である。


 王より認められ税を取る権利とそれを滞りなく実行するために軍を持つことを許される貴族と、何も持たずただそこに生きているだけの平民。そこには間違いなく、支配する者とされる者という決して超えられない壁があるのだ。


 だというのに、シュヤクはエドウィンに対して平民が当たり前に持つ「畏れ」を抱いていなかった。無論敬意は払っていたが、部下が上司にとか生徒が教師に対して抱く程度のものであって、決して貴族と平民のそれではない。


 その理由はシュヤクが転生者であり、日本人には貴族を畏れる気持ちなどないからだが、そんなことを知る由もないエドウィンからすると、シュヤクの心の在り方は決して理解できない……それこそ「実はシュヤクがやんごとない血を引く者であり、そういう教育を受けてきた」でもなければ納得できないことだった。


(以前に調べた時、あの少年におかしな部分などなかった。だがあの態度を見れば、もっと深いところに何かが隠れている可能性は十分にある。もしも(アリサ)がそれを知っているのだとしたら……)


 実の娘に、ジッと疑いの目を向けるエドウィン。しかしアリサが口にしたのは、そんな予想とは大きくかけ離れた内容だった。


「私も最近知った事ですので、お伝えしていないことはございます。ですがそれはお父様が想像するような内容ではないでしょう。それに私が今言ったこととそれは関係がありません」


「ならば何だと言うのだ!?」


「お気づきになられませんか? 以前にもご報告しているとおり、私は……私達は既に、『久遠の約束』の四〇階層を踏破しているのですよ? ならば私達が卒業する頃には、一体どれほどの高み……いえ、深み(・・)へ到達しているでしょう?」


「む? それは…………」


「お父様の懸念の一つに、私が学園で功績を得すぎることで、私が結婚した相手の影響力が強まりすぎることがあると思います。私こそが跡継ぎに相応しいなどと持ち上げる者が現れれば、お家騒動になってしまいますので。


 ですがそれはあり得ません。何故なら私が功績を得るなら、それと同じかそれ以上に、私の仲間達も功績を得るからです。なかでももっとも大きな功績を得るのは、当然パーティのリーダーであるシュヤクでしょう。


 そしてシュヤクならば、歴代の……それどころか歴史そのものに名を残すようなことをきっと成し遂げます。私が選んだ男は、伯爵家の娘に婿入りするのではありません。伯爵家の娘と結婚する程度(・・)のことを当然とするほどの名誉を手に入れ、堂々と私を連れて行くのです。


 ……まあ、そのためには私がシュヤクに選ばれなければなりませんし、それこそが今一番の悩みなのですが」


「……………………」


 少しだけ頬を赤く染め、そのうえで苦笑しながらの娘の告白に、エドウィンは言葉を失う。


 前提が違う。伯爵家の娘が平民に嫁ぐなど何事だと騒ぐ自分に対し、娘は偉大な存在となった相手に、たかが伯爵家の娘でしかない自分がどうやってもらってもらえるかを悩んでいると告げている。


 その食い違いを理解し……だからこそエドウィンは考え込む。


 恋に恋する娘が判断力を鈍らせ、馬鹿なことを言っていると斬って捨てるのは容易い。だが娘は勿論、シュヤクもまた現状で確かな結果を出している。この先どうなるかなど神にしかわからないことだが、少なくともまだ立ち止まってすらいない相手がこれ以上成長しないなどと言えるはずもない。


(果たして見誤っているのは私か? それとも(アリサ)か? 今はまだ判断材料が少なすぎる。であれば……)


「……わかった。お前がそこまで言うのであれば、一つ試してみようではないか」


「試す、ですか?」


「そうだ。先も言った通り、お前達には『覇軍の揺り籠』の探索許可を出す。そのうえで……見事『覇軍の揺り籠』を踏破してみせろ。そうしたら私はガーランド家の当主として、お前とあの少年……シュヤクとの交際を認めようではないか」


「えっ!? あの、お父様? 私はまだシュヤクと交際しているわけではないのですが……」


「何だ、大言を吐いておきながら自信がないのか?」


「いえ、そういうことではなくてですね。認めていただけるのは嬉しいのですが、私がシュヤクに受け入れられていないので……」


「フンッ! あの少年も『自分達は近衛兵に匹敵する』などと言ったのだ。アリサ、あの少年には『自分の言葉に責任を持て』と伝えなさい」


「お父様!? 話を、話を聞いていただけませんか?」


「いや、これで話は終わりだ。続きはお前達が見事試練を果たしたならば、その時に聞こう。さあ、部屋に戻って仲間達に伝えてきなさい」


「……………………」


 ぷいっと背を向けてしまった父に、アリサは言葉を失う。チラリと側に立つジョエルに視線を向けてみたが、ジョエルもまた執事としての領分をわきまえ、何も言わない。


「えっと……で、では失礼致します。お父様」


 となると、これ以上は何も言えない。アリサは「これは困った事になった……」と内心で頭を抱えつつ、皆の待つ部屋へと歩いていくのだった。

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