そのくらいで物怖じしたりしねーぜ
「近衛兵と同等……だと!? 貴様、自分が何を言っているのかわかっているのか!?」
「はい。ああ、勿論実際に手合わせを願ったことがあるわけではないので、あくまでも予想ではありますが」
「予想!? 貴様は自分の想像……妄想で、陛下をお守りする近衛兵と自分達が同等だなどと言うのか!?」
伯爵が激しく声を荒げるが、俺はそれを冷静に受け止める。怒ってはいてもきっちり冷静さがあり話ができそうな状態なんて、社畜時代に理不尽なクライアントとのやりとりを極めた俺からすれば、穏やかに茶を飲みながら話してるのと変わらない。
「そう言われましても……私達はあくまで討魔士。直接人と戦うことは滅多にありませんので、実力を測る指標はダンジョンの探索深度くらいしかないのです。
その上での話となりますが、近衛兵の方々の多くはグランシール学園の卒業生で、学園における活動実績として『久遠の約束』のダンジョン攻略というのがあります。
で、過去の卒業生の先輩方の記録を鑑みると、既に四〇階層を突破し更なる探索を視野に入れている私達の実力は、ことダンジョン攻略という点においてであれば近衛兵の方々に劣らないと判断致しました」
「む……」
理路整然とした俺の説明に、伯爵が唸り声をあげる。
ちなみにだが、俺達の実力が近衛兵と変わらないという主張の最大の根拠は、ゲームにおいて彼らの平均レベルが六〇くらいだからである。
今の俺達は五〇レベルちょっとくらいのはずなので、レベル的には彼らの方が高いということになるのだが、俺達は主人公やヒロインキャラ……つまり基礎となるステータスの数値がそもそも違うので、俺の知らない特殊な補正が現実化によって生じていない限り、一般人の六〇レベルなら俺達の方が強いってわけだな。
だが当然伯爵はそんなメタ視点なんて持ってないし、自分の娘を含む一五歳のガキが、国王を守る最強の部隊と同等なんてのを易々とは認められないのだろう。思い切り顔をしかめ、視線を彷徨わせながら考え混み……やがてその重い口が開く。
「……アリサよ、そこまで言うからには、何か問題が生じたときには自分で解決できるのだな?」
「はい、勿論ですお父様。そもそも未踏の地に向かうのですから、私が帰還しなかったとして救助など不可能でしょう。その時はきっぱりと諦め、愚かな娘だったと笑ってやってください」
「愚か者。確かにお前は貴族の娘としては不出来極まりないが……実の娘の不幸を笑う親がいるものか」
「……失言をお許しください。ですがそのくらいの覚悟を以て言っているということは、どうかご理解いただければと思います」
素直に謝罪しつつも重ねたアリサの言葉に、伯爵がまた考え込む。そうして一分ほど沈黙が続くと、やがて伯爵が大きくため息を吐いた。
「…………はぁ、わかった。ならば好きにするがいい。ジョエル、アリサにダンジョンの探索許可を与える書状を用意せよ。それと『覇軍の揺り籠』の責任者にも連絡しておけ」
「畏まりました。すぐに手配致します」
「ありがとうございます、お父様」
「構わん。とはいえ流石に今日の今日とはいかんし、何より移動の時間もあるだろう。今日は仲間と共に屋敷に泊まり、明日出発するがいい。
ではもう下がっていいぞ……あ、いや、アリサだけは残れ。他の者はひとまず部屋で休むといい」
「わかりました。すまない、皆は先に部屋へ行っていてくれ。私も後から合流しよう」
「わかった。じゃあ後でな」
「では皆様、こちらへ」
アリサを部屋に残し、俺達はジョエルさんに案内されて個室に移動していく。だが五分もしないうちに、未だ戻らないアリサを除く全員が俺の部屋に集まっていた。
「あー、緊張した! でも何とかなったわね」
「ですね。クロエさんが普通に話そうとした時は少し焦りましたけど」
「うぅ、クロはこういうのは苦手ニャ!」
「ははは、まあ何とかなったからいいだろ。つか、ロネットは随分慣れてる感じだったな? リナも咄嗟にクロエのフォローができてたし……」
「私は子供の頃から父の商談を遠巻きに見たりしていましたから。それに商人ともなれば、目上の方とお話するのは日常ですしね」
「アタシは必死に猫被っただけよ。そう言うアンタこそ、随分いい感じに挨拶できてたじゃない?」
「ばっか、社畜舐めんなよ? 理不尽に切れ散らかすわけでもない相手との挨拶なんて余裕だっての」
「それを自慢するのはどうかと思うけど……」
笑う俺に、リナが何とも言えない表情を向けてくる。ふっふっふ、社会人経験で俺に勝とうなんて……確か四年くらい早いぜ!
「ま、アンタの不幸自慢はどうでもいいわよ。それよりアリサ様はどうしてるのかしら?」
「不幸自慢って……さあな。久しぶりに会ったんだし、親子水入らずで話してるんじゃねーの?」
「そうですね。余人がいてはできない話もあるでしょうし」
「家族と話すのは大事だニャ。クロも久しぶりに母ちゃんや皆と話したいニャー」
「家族、かぁ……」
そう言われて俺の脳内に浮かんだのは、この世界にいるシュヤクの母ではなく、日本人田中 明の母親の姿だった。仕事に追われて里帰りなんてしてなかったから、俺の主観時間では何年も会っていない母だが……こっちに転生なんてしちまった以上、もう二度と会うことはないのだろう。
その事実が、何だか無性に寂しく感じられる。あー、こんなことなら生命保険くらい入っときゃよかったかな。何百万かあった貯金は、ちゃんと母さん達の手に渡ったんだろうか?
わからん。何もわかんねーし、知る術はきっと何もない。今の俺にできることは、まだ六〇にもなってない両親が、第二の人生を満喫してくれていることを祈ることだけだ。
「ねえシュヤク? アンタが今何を考えてるか何となくわかるし、アタシもそういう気持ちはあるけど……こっちの世界の両親だって大事よ? ちゃんと連絡とか取ってるの?」
「うん? あー、それは…………」
リナに言われて、俺は渋い表情になる。学園に入学して八ヶ月くらいだが、こっちの世界の両親に連絡をしたことはない。
だって、ゲームにそんなシステムはなかったのだ。そもそも実家や親の存在そのものが最初のカットにしかなかったから、以後意識することなんて……
「……はぁ。そうだな、今度手紙くらいは書いとくよ」
湧き出してくるクソみたいな言い訳を飲み下し、俺はガリガリ頭を掻きながら反省する。そうだよな、日本の親孝行はもう無理だけど、こっちの親には今からだって何でもしてやれるんだ。
ならするべきだろう。正直あんまり親って気持ちはわかねーけど、向こうからすりゃ俺は間違いなく息子なんだ。今なら収入もあるし、手紙と……あと何かお土産的なものでも送っとくか? うん、王都に戻ったら何か調達しよう。
「すまん、待たせたか?」
「おー、お帰りアリサ」
ということで、俺の予定表に「親孝行」が書き加えられたところで扉が開き、アリサがやってきた。だがその表情は微妙に冴えないというか、やや疲れているように見える。
「どうしたのアリサ様!? お父さんに何か言われた? 年頃の娘に口出す父親なんて大抵ろくなもんじゃないから、忘れた方がいいわよ?」
「モブリナさん、それは流石に……」
「ははは、大丈夫だ。別に喧嘩をしたとかではない。ただ……なあ、シュヤク?」
「うん? 何だよ?」
「その……その、だな。ダンジョンを……『覇軍の揺り籠』を踏破してみる気はないか?」
「へ? 踏破?」
ちょっと深くまで潜るだけの予定が、まさかの完全攻略のお誘い。意味がわからず首を傾げる俺に、アリサが困った表情のまま、事の経緯を語り始めた。