偉い人相手は、挨拶だけでも気を遣うよな
その後、俺達はジョエルさんが言った通り、普通に客室に通された。多分お高いであろう紅茶を飲み、サクサクしたパイ生地……ちょっと違うか? とにかく何かの上に薄くスライスしたアーモンドっぽいものが乗っかったやたら美味い菓子……正式名称なんて知らん……を堪能していると、小一時間くらいしたところで扉がノックされる。
「旦那様の準備が整いました」
「む、そうか。では皆、行くとしよう」
ジョエルさんの言葉にアリサが立ち上がり、俺達もそれに続く。長い廊下をテクテクと歩き、立派な扉を超えた先では、どことなくアリサに似た四〇代くらいの中年男性が立っていた。
「旦那様、お嬢様とそのお仲間をお連れ致しました」
「ご苦労。私がアリサの父で、ガーランド伯爵家の現当主、エドウィン・ガーランドだ……久しいな、我が娘よ」
「お久しぶりでございます、お父様。この者達は、私が学園にてパーティを組んでいる仲間です。皆、挨拶を」
でかくて白い暖炉の上に高そうな壺が並んでたり、綺麗な風景画が壁に飾ってあったりする、立派な応接間。そこで中央にあるテーブルを挟んで座るガーランド伯爵の言葉に、アリサがそう言って俺達を振り返る。すると最初に口を開いたのは、多分一番こういう場に慣れているであろうロネットだった。
「お初にお目にかかります、伯爵様。私はロネット・アンデルセンと申します」
「デューイの娘か。なかなかに活躍しているようだな」
「父をご存じなのですか?」
「無論だ。利に聡い貴族であれば、アンデルセン商会の会頭の名を知らぬ者などおるまい。直接会ったことはないが、うちも何度か取引しているしな」
「それは光栄にございます。父共々、お見知りおきいただければ幸いです」
「うむ」
(おおー、スゲーなロネット)
そのそつのないやりとりに、俺は内心で感心の声をあげる。さっきのアリサもそうだけど、やっぱり本物……この世界で、そういう立場に生まれた人間ってのは違うんだなぁ。
「次はアタシね。初めまして伯爵様。アタシはモブリナと申します。田舎出身の浅学な者ですので、至らぬところがありましたらどうかご容赦ください」
と、次に声をあげたのはリナだ。そう言ってリナが頭を下げると、伯爵は少しだけ意外そうに眉を動かしてからその口を開く。
「む、そうか……公式な場というわけでもないし、娘の仲間に正式な作法を求めるほど無粋ではない。気楽に話せ」
「ありがとうございます。その寛大さに感謝致します……ほら、次はクロちゃんね」
もう一度頭を下げたリナが、クロエに促す。なるほど、これはクロエに対するフォローだったわけか。最初に許可をとっておけば、多少のあらは見逃してもらえるってことだな。
実際クロエはガチガチに緊張しており、リナにそっと背中を押されてビクッとその体を震わせる。
「は、はじ、初めましてニャ! クロはクロエですニャ! 伯爵様におかれ、おかり……えっと、よ、宜しくお願いしますニャ!」
「すみません伯爵様! この子は少し、緊張してしまっているようで……」
「フッ、構わん。正式な作法など求めぬと言ったばかりだからな。クロエと言ったな、そう肩肘を張らず、普通に話してもいいぞ?」
「そうニャ? なら……フギャッ!? あ、ありがとうごじゃりますニャ……」
いきなり悲鳴を上げたクロエが、微妙に噛みながらお礼を言って頭を下げた。多分リナが尻をつねったか何かしたんだろう。
まあ、そうだよな。普通に話していいって言われたからって、本当に普通に話していいわけじゃない。日本ですら無礼講を真に受けて上司の禿げ頭をペチペチやったりしたら翌日には左遷されるんだから、封建社会で貴族相手にそんなことしたらリアルに首が飛ぶことだってあるだろう。
リナの思わぬ機転に感心していると、最後に残ったのは俺だ。無言で向けられた視線に、俺は余裕の笑みを浮かべて応える。ふふふ、ブラック企業で取引先にペコペコしまくった日本の社畜の力を見せてやるぜ!
「最後は私ですね。初めまして伯爵様。私はアリサお嬢様と同じパーティに所属させていただいております、シュヤクと申します。討魔士の仲間として、お嬢様にはいつもお世話になっております」
「ふむ……?」
あくまでも「仲間」であるという部分を強調しながら丁寧に挨拶した俺に、伯爵がまたピクリと眉を動かす。あれ? 何か失敗したか? 俺やリナみたいな本気の田舎者が多少上手に挨拶できたことを意外に思ってるくらいならいいんだが……
「……そうか、挨拶を受け取ろう。それでアリサよ、このような時期に家に帰ってきたということは、何か私に用事があるのだろう?」
(ありゃ?)
何か突っ込まれるかと身構えていたのに、まさかのスルー。正直拍子抜けはしたが、何も聞かれないならその方がいいに決まってるので、俺は頭を下げたまま軽く一歩後ろに下がった。すると話しかけられたアリサが伯爵に向かって口を開く。
「はい。実は領内にあるダンジョン『覇軍の揺り籠』に入る許可をいただきたいのです」
「……何?」
その言葉に、にわかに伯爵の表情が厳しくなる。
「アリサよ、自分の言っていることの意味をちゃんと理解しているのか? あのダンジョンは我が領地にて良質な鉱物資源を産出し続けている重要な場所だ。如何に我が娘とて、悪戯に採掘計画を乱すようなことが許されると?」
「そうではありません。確かに鉱物資源を求めてはおりますが、採掘計画に影響のない部分で活動したいのです」
「……? 話が見えんな。単にダンジョン内の魔物を狩り、そのドロップアイテムを狙いたいということか?」
「それも違います。我が家の採掘部隊が入れないような奥地にて、採掘を行おうと考えているのです。それならば最初から入手する予定のないものですから、私達が手に入れても問題ないかと」
「採掘部隊が入れない奥地だと……!?」
伯爵の表情が驚愕に染まり、すぐに不快そうに歪む。さっきまでは無表情ながらも穏やかな感じだったが、今は馬鹿なことを言った子供を叱りつける親の顔そのものだ。
「アリサよ、お前はたった一年にも満たぬ学園での生活で、我が家で何十年と活躍し続けている部隊よりも強くなったと言いたいのか? お前の活躍は聞いているが、それは増長が過ぎるぞ?」
「確かにそう思われるのも無理はありません。ですが私も適当なことを言っているわけではないのです。私が知る限りのダンジョンの難易度とそこで活動している部隊の実績を鑑みて、我々なら十分に可能だと判断致しました」
「……おい、お前。シュヤクと言ったな?」
「あ、はい。何でしょうか?」
突然話を振られたが、俺は冷静に返事をする。何かスゲー睨まれてるけど、別に俺が怒られてるわけじゃないので余裕だ。
「アリサの話では、お前がパーティのリーダーであると聞いている。故に問うが、アリサの……娘の言っていることは本当か?」
「そう、ですね……」
伯爵の問いに、俺は軽く考え込む。ここが日本なら「いやいや、俺達なんて大したことありませんよ」とヘラヘラ愛想笑いを浮かべればいいだけだが、ここは日本ではなくプロエタの世界だ。
討魔士の仕事は、実力が全て。できないことをできると豪語して死ぬのは自業自得だが、できることをできないと謙遜して自分達の評価を下げるのもまた同じくらい愚かなことだと考えられる。
ましてや今は俺だけの評価ではなく、ロネットやクロエやリナ、そして何よりアリサの評価も含んだ判断だ。ならここは過不足のない客観的な実力を告げるのがいいだろう。
「私は伯爵様の雇われている部隊がどれほどのものなのかもわかりませんし、アリサ様の仰るダンジョンの難易度に関しても、軽く話を聞いた程度なので実際にどうなのかがわかりません。なのでそちらに関する判断は致しかねますが……
そうですね、王宮に勤められている近衛兵の方々。彼らと比較して概ね遜色のない程度の実力は持っていると思っております」
「…………は?」
俺の下した自己評価に、伯爵が鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。