まさかそこに行ける日が来るとはなぁ
「ほーら、スズキー。綺麗に毛繕いしてあげるニャー」
「にゃあ」
それから数日。ミーア先輩の知り合いから占い師との遭遇報告が途絶えたことで、俺達の仕事は完全に終了した。そしてその結果俺達が得た報酬がこれである。
「素晴らしい手触りの毛並みだな……これは世話をするのが楽しい」
「なーう」
半幻影の巨大な猫を、クロエとアリサがご機嫌でブラッシングしている。そしてそんな姿を、俺達は少し離れたところから見守っていた。
「お二人とも楽しそうですね。ミーア先輩の言葉では、意味はないとのことでしたけど」
「意味があることと価値があることは違うからなぁ。それに今回クロエは地味だけど頑張ってくれたからな。やりたいっていうならいいだろ」
幻影の黒猫は、当然ながら通常の生物ではない。魔力が途切れれば消えるし、改めて出した時は最初の状態に戻っているので、ブラッシングする意味があるかと言われれば、まあない。
だが意味がないからといって、世話ができないわけじゃない。クロエと……そして「実家の馬を思い出す」と言ってアリサが世話をするのを止める理由もまた、俺達にはないのだ。
ああ、ちなみにというか当然というか、勿論馬車そのものをもらったわけじゃない。あくまでも借りたい時に声をかければ、都合があえば貸してくれるというレンタル契約のようなものだ。
だがそれでもこれほど快適な長距離移動の手段を得られたのはとても大きい。俺達の今後の活動に、この馬車は大いに役立ってくれることだろう。
「さて、それじゃ便利な足も手に入ったことだし、今度こそ本格的に『久遠の約束』を攻略していかねーとなぁ」
学園祭だのなんだので随分と遠ざかってしまっていたが、俺達がやるべき事はあくまでもメインダンジョンの攻略だ。寒空の下巨大な猫を愛でるのはそれはそれで楽しくはあるが、やるべき事はきっちりやっていかねばならない。
「そう言えば、結局何階まで攻略してるの? アタシはレベリングで三五階までは降りたけど」
「俺達は全員四〇階を突破してるから、ならまずはリナを連れて四〇階の突破を目標だな。で、その流れのまま五〇階までは抜けちまおうぜ」
「五〇階ですか……凄くあっさり言ってますけど、卒業間近の三年生ですら、そこまで辿り着ける人なんてほとんどいないはずですよ?」
俺の言葉に、ロネットがしみじみとそんな事を口走る。特に意識はしてなかったが、言われてみると一般生徒の探索深度はそのくらいか。
そんなところに一年生が辿り着いたらどうなるか? 目立つ。そりゃあもう悪目立ちしまくるのは目に見えてるが……
「わかっちゃいるけど、でもここまできたらもう自重してもなあってのは、ちょっと思ってる」
「そうよね。もう目立たないとかどうやっても無理よね」
色々事情があったとはいえ、ゲーム時代と比較してすら、俺達のレベルアップのペースが早すぎる。ここから目立たないようにするとなれば、それこそ何もしないで一年寝て過ごすとかしかない。
だがそれは嫌だ。モラトリアムをダラダラと消費するのも学生の醍醐味ではあるんだろうが、魔王が責めてくるとわかっていて、準備が万端というわけでもないのに中途半端なところで時間を浪費するのは、俺の性分としてもの凄く落ち着かない。
いっそやりきって最初のレベル上限である一〇〇まで育ちきっているというのなら寝て過ごす日数スキップもありだろうけど、今の俺達だとまだ普通に魔王には負けるからな。
無理に焦る必要はねーけど、浪費するのは勿体ない。そんな微妙な立ち位置が現在なのである。
「あーでも、その前に装備はどうにかしねーとか……」
と、そんな皮算用をしていたところで、俺はふと自分の装備に視線を落として呟く。ダンジョンで手に入れた装備をいくつかつぎはぎして使ってはいるが、全体として統一感がないし、レベル的にも微妙だ。
「流石に五〇階層の攻略を目指すなら、もうちょっと耐性とかシリーズを意識した装備が欲しいよな。でもそうすると、材料がなぁ……」
「このくらいのレベル帯だと、『赤の山脈』とか? でもあそこって冬は無理よね?」
「『赤の山脈』? それはどんなダンジョンなんですか?」
「ん? 王都からだと北西にかなり行ったところにある、でかいダンジョンだな。前に戦ったレッドドラゴンみたいなのが雑魚としてゾロゾロ出てくる場所で、その分いい感じの素材も手に入るんだが……何せ山だからな。冬だと道が通じてねーんだよ」
ロネットの問いに、俺はゲーム時代の知識を思い出しながら説明する。三年のイベントで飛行船が解禁されているならひょいっと飛んでいけばいいだけだが、正確な位置すらわからないのに冬山に馬車で乗り込むのは、いくら何でも自殺行為だ。
「他よさそうなとこ……『残夏の古戦場』、『蠢く大森林』、あとは……」
「『白銀大瀑布』は水系統だから厳しいわよね。あそこのクラゲ、経験値は美味しいんだけど」
「お二人とも、本当にダンジョンに詳しいですね」
次々と名を上げていく俺とリナに、ロネットが感心したように言う。その後も俺達はあーだこーだと話し合い、猫の世話を終えたアリサとクロエも合流して色々話し合っていたのだが……
「ふむ。そういうことなら我が家の領地にあるダンジョンはどうだ?」
「アリサ?」
猫の手入れに満足したらしいアリサが、俺達の会話に入ってくる。だが領地のダンジョン……?
「領地ということは、ガーランド伯爵家の土地にあるダンジョンということですか?」
「ああ、そうだ。毎年このくらいの時期に、我が家の騎士団で魔物を間引いているダンジョンがあるのだがな。そこでは良質の鉱石がとれるのだ」
「それは魅力的ですけど……でも私達が採掘してしまっては、ガーランド家の方にご迷惑がかかるのではありませんか?」
ロネットの問いかけにアリサが答え、更にロネットが問う。ダンジョンの資源は基本的には無限だが、以前行った「火竜の寝床」のように、一度採掘してしまうと同じところで採れるようになるには相応の時間がかかる。
だがそんな懸念に、アリサが笑って首を横に振る。
「確かにそうだが……今の我々なら、おそらく騎士団が入るより奥まで行けると思うのだ。そこならそもそも採掘する予定がないから、我等が採ってしまっても何の問題もない。
無論行ったことがないのだから確実に鉱石が採れるとは言えぬが、丁度いいところがないというのであれば、潜ってみる価値はあると思う。我が家が管理しているダンジョンだから余人に探索を邪魔されることもないだろうし……どうだ?」
「そうだなぁ……」
アリサの提案に、俺はしばし思考を巡らせる。ゲーム時代において、アリサの出身であるガーランド伯爵領というフィールドは存在しない。いや、地図上にはあるんだろうが、目的地として表示されることはなく、プレイヤーがそこを訪れることはなかった。
つまり、今提案されているのはゲームでは行くことのできなかった、完全に未知のダンジョンの攻略ということだ。ゲームで知っている場所を現実として追体験するというのも楽しいが、完全に未知の場所に挑むというのは……
「ちょっと楽しそうだな。リナはどう思う?」
「アタシ? あー、いいんじゃない?」
「軽いな!? 全然知らないところに行くんだぜ?」
「そうだけど……正直今までも知ってるつもりでわかんなかったことって結構あるでしょ? ダンジョンの造りとかも大分違ってたし。ならそこまで気負わなくても大丈夫かなって。
それにアンタ、アリサ様の故郷よ! そんなの気になるに決まってるじゃない! 最近はアタシの我が儘で色々迷惑かけたから自重するつもりではいるけど、行っていいならそりゃ行きたいわよ!」
「おぉぅ……ハハハ、そっか」
意気込むリナに、俺は思わず笑い声を漏らす。そっか、そうだな。せっかくの人生、ゲームのシナリオを追っかけるだけで終わるのはもったいねーよなぁ。
「よし、なら行ってみるか!」
「行くニャー! ふふふ、またスズキ達に大活躍してもらうニャ!」
「にゃあ」「なーん」
「なら急いで伯爵様への手土産を考えないとですね。張り切っちゃいます!」
「そんなに気を遣う必要はないが……とはいえ確かにお父様に挨拶は必要だな。話は通しておこう」
「やったー! アリサ様のお宅訪問! どうしよう、ドレスとか来た方がいいのかしら?」
「学生だし、制服でいけるだろ……いけるよな?」
「そうだな。公式な訪問というわけでもないし、それで問題ない」
皆でワチャワチャと言い合いながら話が進んでいく。こうして俺達のガーランド伯爵領への訪問が決定した。