確かにそれも必殺技だけれども……
「FOOOOOOOO!」
「うおっ、これは!?」
突っ込んできたヴァルキリーの口がカパッと開くと、そこから緑色をした液体が噴き出してくる。その絵面の悪さに思わず飛び退くと、液体の落ちた足下からじゅわっと煙があがった。
「ロネットのアシッドポーションか…………」
「言わないでください、傷つきますから!」
俺は内心で「うわ、きったねぇ」という言葉を飲み込んだのだが、それがロネットには伝わっていたらしい。もの凄く複雑な表情を浮かべながらロネットが足下にポーションを投げると、床に残った酸が中和される。
「まったくもー! どうして私の印象が悪くなるような攻撃をするんですか!」
「FOOOO!」
プンプンと頬を膨らませるロネットだが、当然ヴァルキリーはそんなの気にしない。きりもみしながら突っ込んでくると、素早く剣を振り回す。俺の技である「乱れ斬り」だ。
「くっ、これしき!」
「クロエ、翼を!」
「合わせるニャ!」
アリサがそれを受け止めた瞬間、俺とクロエが左右から翼に斬りかかる。それはズバッと切れ込みを入れることに成功したが、すぐにそこが淡い光に包まれ、元に戻ってしまう。
「あー! アタシのヒール! 何でアタシより使いこなしてるのよ!?」
「うーん、自分達のことながら、バランスいいな……」
俺の技術とクロエの素早さ、アリサの堅牢さにロネットの補助、加えてリナの魔法と、ヴァルキリーの能力が高い水準で纏まってしまっている。こうなるとつけ込む隙が見つからず、お互いになかなか決め手が入らない。
(手数はこっちの方が五倍もあるんだ。普通にやりゃ追い詰められるはずなんだが……やっぱ空を飛ぶのがキツいよな)
「FOOOOOOOO!」
「って、考えた側からかよ!?」
「皆、こっちに! 『ウォーターシールド』!」
空に浮かんだヴァルキリーが、宙空から魔法を乱射してきた。リナの側に集まって防御魔法で防いだが、あまり長持ちする感じはしない。
「あー駄目、全然保たない! ロネット、魔力ポーションある?」
「どうぞ!」
「ありがと……うぷっ。これもそんなには飲めないわね……」
魔力回復ポーションは、飲まないと効果が出ない。そして人間というのは、液体を飲める量には限界がある。ましてや飲んですぐ激しく動かなければならないとなれば、その上限は精々二本か三本くらいまでだろう。
「せめて翼が落とせれば、もう少し反撃できそうなんだがなぁ」
「アリサのシールドバッシュでクロが飛ぶニャ?」
「いや、単純に跳んでも迎撃されるだけだ。隙をつけなければ意味はあるまい」
「私達の能力や性格を引き継いでいるというのであれば、サバ缶を投げたら気を引けないでしょうか?」
「それは流石に……いやでも、一応やってみるか?」
「ごめん、そろそろ限界!」
話し合う俺達の側で、リナが悲鳴をあげる。見れば俺達を守る水のシールドがチカチカと点滅しており、実にわかりやすく限界を表現している。
「ひとまずロネット案を採用だ! カウント五! 四、三、二、一……」
「えーいっ!」
「シールドバッシュ!」
「ニャー!」
かけ声のないゼロに合わせて、ロネットが缶詰を投げる。それに合わせてアリサが盾を振り、クロエが凄い勢いでヴァルキリーに向かって跳んでいったが……
「FOOOO!」
「駄目か!?」
「いや、まだだ! ハイエス・マナボルト!」
飛来するサバ缶に、ヴァルキリーは釣られなかった。ならば強引にヘイトを奪うべく俺が攻撃魔法を発動させ、ヴァルキリーの顔の側でバチリと青い閃光が炸裂する。
「FOOOOOOOO!」
「ギニャッ!?」
「クロエ!」
だがそれでも、ヴァルキリーの意識を逸らしきることはできなかった。盾に打たれて落下するクロエを、俺が全力で走って床に落ちる前に受け止める。何とか間に合ったが……ジロリと睨むヴァルキリーの目が、尻餅をついて動けない俺の目と合う。
クロエを抱き留めた衝撃で、すぐには動けない。俺達を助けるべくアリサがこっちに走っているが、間に合うタイミングじゃない。
ああ、こりゃ失敗した。思わず自嘲の笑みを浮かべつつ、俺はギュッとクロエの体を抱きしめ、少しでもダメージが防げるように身構えたのだが……
「FOOOOOOOOOOO!!!」
「…………うん?」
ヴァルキリーが胸の前で指ハートを作ると、変なポーズを決めながら雄叫びをあげた。え、何だあれ? いや、見たことあるモーションだけど……
「萌え萌えビーム!?」
「あっ!」
リナの言葉に、俺のなかでポーズの意味が理解を得る。あーそうか、あの偽物のリナの方が反映されてるから、そのスキルとしてあのポーズをしてる……のか?
「…………はっ!? 今だ、全力攻撃! リナ、翼を濡らして落とせ!」
「わかったわ! 『ミード・ウォーターボルト』!」
アホなポーズのまま固まっているヴァルキリーの翼に、リナの魔法が命中。それに一瞬後れてロネットのフリーズポーションが命中したことで、翼が凍り付いたヴァルキリーが床に落ちた。
そうなればあとはこっちのものだ。即座に起き上がった俺とクロエも加わり、ヴァルキリーに攻撃を撃ち込みまくっていく。すると程なくしてフルボッコにされたヴァルキリーはその形を失い、ダンジョンの霧となって消えていった。
『真に正しき絆の力、見事なり! さあ、相応しき報酬を得るがよい!』
再び響いたアナウンスと共に残っていた巨大なシリンダーの魔導具が消え、その奥に塔の天辺へと通じるであろう螺旋階段が出現する。それを確認すると、俺は何とも言えない気持ちのまま、ひとまず息を吐いて剣を収めた。
「ふぅぅ、何とか勝ったか……いや、勝ったんだが……」
「何とも締まらない終わり方だったな」
まさかこちらの勝因が「敵が萌え萌えビームを打ったから」というわけのわからんものになるとは、予想すらしていなかった。
だがまあ、それでも勝ちは勝ちだ。多少の怪我はあったものの、回復魔法やポーションで癒やせる範囲。強敵との戦いを終えた結果としては最上の部類だろう。
「さて、それじゃ最後にお宝を回収していきますかね」
「あの螺旋階段の先ですか?」
「ああ、そうだ。あそこから外に出られるんだよ。あーいや、外って言っても建物の外ってだけで、ダンジョンの外ではねーけど」
「ほら、塔の天辺、何か蝋燭の火みたいな感じになってたでしょ? あそこに出られるのよ……多分」
俺の説明を、リナが補足してくれる。ゲーム時代はそうだったというだけなので現実も同じとは限らねーが、今までの流れからすれば同じだろう。
「ああ! あれ、外から見た感じだと凄く綺麗というか、神秘的でしたよね! どうなってるんでしょう? ちょっと楽しみです」
「はは、すぐわかるさ。それじゃ行こうぜ。もう魔物も罠も何もねーはずだけど、一応慎重にな」
「ならクロが先に行くニャ!」
俺の言葉に、クロエが踊るような足取りで螺旋階段を上っていく。当然皆もその後をついていき……俺もまた最後の一人として、今回も最後尾を登って行くのだった。