こっちの強さを参照する敵ってウザいよな
「……………………」
「何よ。何か言いなさいよ!」
「いや、これはまた……」
クロエを見送り、やってきた最後の一人。二つ並んだシリンダーの前に佇む俺に、リナがムッとした声をかけてくる。その原因は、もう一つのシリンダーに入っているリナの偽物だろう。
「お願い! 助けてご主人様ー! 助けてくれたら、私何でもしちゃいますぅ!」
猫耳水着メイド服を着たリナが、もの凄く気持ち悪い感じに腰をくねらせ媚びた声をあげる。言うまでもないが偽物だ。というか、こっちが本物だったら色んな意味でヤバいというか、今後のリナとの付き合い方も考えるところだしな。
「にしても、何でここまで露骨に違うんだ? こんなの誰が見たって偽物だってわかるだろ?」
「そんなのアタシが知ってるわけないでしょ! それより早く出しなさいよ!」
「いやー、そこはほら、慎重に慎重を期すってことで、もう少し観察しても……」
「泣くわよ? シュヤクに穢されたってギャン泣きするわよ?」
「やめろよマジで! ったく、仕方ねーなぁ」
あらぬ誤解をばら撒かれるのは非常に不本意なので、俺は腰の剣を引き抜き、本物のリナが入っている方のシリンダーを割った。すると中からリナがデロリと流れ出てきて、代わりに偽物のリナがゴボゴボと音を立てて排水溝に吸い込まれていく。
「……よかった、ちゃんと向こうが偽物だったな」
「当たり前でしょ! あれに本物要素なんてこれっぽっちもなかったじゃない!」
「そうか? でもシステム的には、あれが『本物そっくり』のリナだったわけだろ? 何が基準になってたんだろうな?」
「そんなの知りたくもないわよ! ほら、さっさと皆と合流しましょ」
「へいへい」
お疲れの様子のリナに、俺は苦笑して歩き始める。するとすぐに三人が集まっているのが見えた。
「おーい、みんなー!」
「む、戻ったかシュヤク。どうやらリナも無事に助けられたようだな」
「あははー、まあね」
「うむうむ。実にわかりやすかった……イテェ!? 何で足踏むんだよ!?」
「べっつにー。それよりロネット、調子が悪かったって聞いたけど、大丈夫?」
「はい。少し休ませてもらったので、もう大丈夫です」
「クロも元気いっぱいニャ! 明日のサバが待ってるニャ!」
「明日? よくわかんないけど、確かにいつものクロちゃんね」
全員で軽い雑談を交わし、それぞれの無事を確認していく。その光景にホッと胸を撫で下ろしたいところだが、残念ながらまだ試練は終わっていない。
「よーし、皆無事に集まったってことで……でもこっからが本番だ。皆、気合い入れ直してくれ」
「てことは、ちゃんと全員当てたのね? アンタのことだから、うっかり一人や二人間違えると思ったのに」
「間違えねーよ! この俺に仲間間違えさせたら大したもんだよ!ったく……」
疑わしそうなジト目を向けてくるリナをそのままに、俺は周囲を軽く見回す。すると気づけばあれだけ目立っていたシリンダーの残骸は何処にもなく、辺りを満たしているのは再び無明の闇だけとなっていた。
(場が仕切り直されてる……なら確定だな)
今回やった「絆の試練」には、いくつかの段階がある。たとえば三人以上間違えていると『汝らに絆を語る資格なし!』と言われ、報酬も何もなしでダンジョンの外に強制的に飛ばされることになる。
そして一人、もしくは二人間違えた場合はここで終了で、正解した奴が入っていたシリンダーの魔導具の場所に宝箱が置かれることになる。その中身はキャラクターとの信頼度によって変化し、ちょっと高価な消耗品から専用装備まで色々だ。
そして全員を当てた場合のみ、更にイベントが続く。今回は当然そのケースだ。
『よくぞ試練を乗り越えた。真の絆に結ばれし者達よ』
不意に、頭上からそんな声が聞こえてくる。だが当然見上げたところでそこには何もなく……しかし声は淡々と語りを続ける。
『然れど如何に正しき絆とて、脆ければ意味がない。その絆に相応しき力を、今ここに示すべし!』
ゴゴゴゴゴゴ……
「ねえシュヤク。ゲームの頃から思ってたんだけど、これって誰の声なの? 前振りも後の説明も何にもないわよね?」
「言われてみると、確かに不思議だな……まあでも、今はいいだろ」
ゲーム時代は適当に流してたけど、指摘されると確かにここで喋るキャラクターは存在しない。ダンジョンの管理システム的な何かなんだろうが、そういうのが喋るって前提も特にねーしな。
が、今はそんなことを気にする場合ではない。俺達の目の前には、今までの三倍くらいのでかさのあるシリンダーの魔導具が轟音を立てながら床からせり上がってきている。
『選ばれず見捨てられた汝等の影よ! 今こそ集いて偽りの絆の力を試すのだ!』
巨大シリンダーの中に、さっきまで排水溝に吸い込まれていた謎の液体がせり上がってくる。ギュルギュルと渦を巻いて集まっていく光景に、盾を構えたアリサが声をあげる。
「皆、来るぞ! 私の背後に回れ!」
それに合わせて、皆がそれぞれ武器を構える。その間にも内容量が増え続け、圧力の限界を迎えたであろうシリンダーがバリンと割れると、中から出てきた液体が人の形を取り始め……
「FOOOOOOOO!」
現れたのは、先鋭的なデザインの金属鎧に身を包んだ女性騎士。右手には長剣、左手には盾を持ち、その背には白と黒の大きな翼を生やした、いわゆるヴァルキリーなんて呼ばれる魔物だ。
「FOOOOOOOO!」
「くっ、速い!?」
剣をまっすぐに構えたヴァルキリーが、空を滑るように突っ込んでくる。その一撃をアリサが盾で受け止めたが、その顔には苦悶の表情が浮かんでいる。
「やらせないニャ! 潜影突き……フニャ!?」
そんなヴァルキリーに影から飛び出したクロエの短剣が跳んでいったが、その一撃はヴァルキリーの黒い翼に吸い込まれて無効化されてしまう。それから白い方の翼をバサリと羽ばたかせると、今吸い込まれたのとほぼ同じ光の短剣が、クロエ目がけて数本降り注いだ。
「ギニャー!? 一杯振ってきたニャ!?」
「クロエ! くそっ、加速斬り!」
焦るクロエに降り注ぐ短剣を、俺の剣が打ち払う。その間にリナの魔法がヴァルキリーに命中したが、ヴァルキリーはそのまま優雅に空へと上がっていった。
「やっぱり強いわね……まったく、何でアンタもっと嫌われとかないのよ!」
「無茶言うなよ!」
ヴァルキリーの強さは、俺とヒロイン達の好感度によって増減し、基本的に好かれていればいるほど強くなる。加えて現在のスキルやステータスを反映してくるので、こっちがどれだけ強かったとしても、それに合わせて強くなってしまうのだ。
これこそがこのダンジョンってか「絆の試練」が、こっちが強くても油断できない最大の理由である。まあ裏技として試練開始前に全員の装備を剥ぎ取っておいたり、あえて弱点のあるスキル構成にしておくなんてのもあるんだが、現実でそれをやるのはなぁ……まさか素っ裸になってくれとは言えなかった。
「別にモテたかったわけじゃねーんだが、モテる男は辛いねぇ! ならモテた分だけ責任持って活躍しますか!」
「アンタそれ、自分で言ってて辛くない?」
「モテると自称するのであれば、私のことももっと積極的に受け入れてくれるとありがたいんですけど!」
「そうだぞシュヤク! 手始めに私を手込めにすべきではないか?」
「シュヤク、モテてるニャ?」
「……………………いくぞ!」
「FOOOOOOOO!」
攻めてくるモテの化身を前に、俺は皆からの言葉を右から左に聞き流しつつ、改めて剣を構えた。