簡単にいけたからって、簡単だったわけじゃないぜ?
ダンジョン「真実の塔」、一一階。そこにあったのは何処までも広がる闇であった。ゲームだとありがちな表現だし、実際何度かこういうのは経験してるんだが……それでもただただ広くて暗い空間というのは、それだけで人を不安にさせる。
また、暗闇とはいってもダンジョンの内部であるためか、自然界における真っ暗闇とは違う。視界が通らないのはその通りだが、自分の体や装備品なんかは明るい光の下にいる時と変わらず見える。
これもいわゆる、ゲーム的な暗黒というやつだろう。ゲームで本当に画面を真っ暗にしたらプレイヤーが困るから、自分や仲間のキャラは普通に表示されているっていうやつだな。
そう、自分も……そして仲間も見えるはず。だが殿を歩いていた俺が階上に上がったとき、そこにはもう仲間の姿は一人としてなかった。未知のダンジョンの最上階にて、自分だけが取り残される……普通ならパニックを起こしてもおかしくない緊急事態だが、俺の方は落ち着いたもんだ。
だってここまで、全部予想通りだからな。
「さて、それじゃ行きますか」
立ち止まっててもいいのかも知れねーけど、ゲームだと歩いてたからな。俺もそれに倣って暗闇を歩き始めると、程なくして目の前の少し離れたところに、ポッと床から照明があがる。
そうして斬り裂かれた闇から出てきたのは、全く同じデザインをした水晶のクラスターみたいな形をした魔導具が、やや斜めに向き合うように二つだ。ゴテゴテと色々くっついた金属製の台座の中央には巨大なガラスのシリンダーが刺さっており、その中には人影がある。最近はコンプラも厳しいので、当然服のままだ。
「……む? これは……?」
「これはどういうことだ!? おい、出せ!」
俺が近づいた事がトリガーになったのか、中の人が声を上げ始める。見覚えのある顔、見覚えのある声……俺はその右側の、冷静な方に声をかけた。
「よう、アリサ。大丈夫か?」
「シュヤク……? なるほど、こういうことか……」
「シュヤク!? 私だ、アリサだ! 早くここから出してくれ!」
「消えてからのこと……は出てからでいいか。段々苦しくなるとか、そういうのはないか? あと中からガラスを割ったりは?」
「少し待て……毒が注入されているとか水が迫ってくるとか、逆に空気が抜かれているようなことはなさそうに思える。だが相当に窮屈だ。訓練した軍人ならどうということもないだろうが、一般人ならこれに長時間耐えるのは厳しいだろう」
「なるほどなぁ」
「おい、シュヤク! 聞こえないのか! 私はこっちだ!」
「内側から割るのは……フンッ! 無理そうだな。見た目は薄いガラスだと思うんだが……」
「そっか。まあ自力で割れたらこの試練の意味ねーしなぁ」
「シュヤク! 頼む! 私の話を聞いてくれ!」
「んじゃ最後に……自分を見た感想はどうだ?」
「うん? そうだな……」
「ガーランド伯爵家の地位も名誉も、皆お前のものだ! だから私を助けて……愛してくれ、シュヤク!」
正面のシリンダーのなか、泣いて縋る自分自身の姿を見て、アリサがフッと苦笑する。
「愛とは勝ち取るものだ。地位や名誉を差し出して恵んでもらうというのは、私のやり方ではないな」
「ハハハ、そりゃそうだ。じゃ、いくぞ」
俺は中身に傷を付けないよう慎重に、アリサの入っているガラスシリンダーに剣を叩きつけた。するとガラスシリンダーは見た目通りの脆さであっさりと砕け散り、中からアリサが出てきた。
「ほれ、手を貸せ」
「ああ、すまない。む……私は籠手や具足を身につけているからいいが、ロネットやクロエの時はガラスの破片に気をつけてやった方がいいぞ?」
「確かに。じゃあ次は厚手の布でも用意しとくかね」
そんなことを話ながら、アリサが俺の隣に立つ。するともう一つのシリンダーの方でも中身に変化が起きていた。
ゴボゴボゴボゴボッ!
「むぅ、これは……」
「実際見ると、結構エグいな……」
さっきまでアリサだったものが、濃い緑色の粘液となって崩れていく。やがてそれはゴボゴボと音を立てながら、シリンダーの底にあった排水溝のような部分に吸い込まれていった。
『絆の試練』……その内容は、本物と魔物が化けたそっくりの偽物を見分けるという、ただそれだけのものである。今回はアホみたいにあっさり見分けたけれど、これは事前に「こういうことが起きる」というのを自分が、そして何より捕らわれる方のアリサ達にもしっかり理解してもらっていたからだ。
だってそうだろ? いきなり仲間とはぐれたと思ったら狭いガラスシリンダーに捕らえられて、しかも目の前には自分そっくり……ゲーム的には同じキャラモデルを使っていたので、そっくりどころか完全に同一体……のやつがいて、自分こそ本物だと叫ぶのだ。
もし見捨てられたらどうなるのか? 偽物が自分に成り代わる? 自分は永遠にここに捕らわれたまま? 焦りと不安が正常な思考を狂わせるため、通常なら言わないようなことを口走る率も高くなる……つまり本物を見分けるのがとても難しくなる。
それでもゲームなら各キャラごとのやりとりをしっかり覚えていれば必ず判別できるようになっているが、現実にそんな保証はない。たとえどんな状況でも必ず相手のことがわかる、なんてのは、それこそ漫画やゲームのなかだけの話なのだ。
「なあシュヤク、もしシュヤクが向こう側のガラスを割ったなら、ひょっとして私もああなっていたのか?」
「いやいや、それはねーよ! その場合はあの偽アリサ……ドッペルゲンガーとの戦闘になってたはずだ」
ただまあ、唯一失敗のペナルティだけは救いだ。プロエタはヒロインが死んでバッドエンドフラグが立つようなシビアなゲームデザインにはなっていないので、もし間違えて偽物のガラスを割ってしまった場合、中のドッペルゲンガーが出てきて戦闘となる。
ドッペルゲンガーはコピーしたヒロインと完全に同じステータスを持つので強敵ではあるが、主人公と違ってアイテムは使えないので、ここまででアイテムが枯渇でもしていなければ、そうそう負けるものではない。ゲームならインベントリがあるしな。
そして勝てばドッペルゲンガーは消え、本物のヒロインが入っているシリンダーがパリンと割れて中身が出てくる。このゲームでは珍しく好感度が下がることとなるが、ペナルティらしいペナルティと言えばその程度だ。特殊台詞があるので、望んで間違えるプレイヤーもいたくらいで……要はその程度ってことだな。
それもまた、俺がこの依頼を受けた理由の一つだ。事前に打ち合わせしてネタバレさせておけるし、万が一失敗しても俺がヘマしてやられなきゃヒロイン達は無事という二重の安全策があったからこその選択なのだ。
「さて、それじゃ次に行くか。っと、その前に。なあアリサ、さっきの場所に閉じ込められるまでのことは、どのくらい覚えてる?」
「うん? そうだな。頭が一一階層に到達した瞬間、周囲が何も見えなくなったのは覚えている。とはいえ先を進むのが私の役目だ。そのまま階段を上り……一一階の床を踏みしめたところまで、だな。その次の記憶は、もうあのガラスのなかだった」
「ほーん。やっぱりこの闇って、ダンジョン側が見せたいものと見せたくないものを明確に区別できるんだな。それにその感じだと、捕まったってよりは眠らされたとかか?
いやでも、流石に全員を物理的に運ぶのは手間かかるだろうし、強制転移とか? 意識したら回避したりできねーかな?」
「随分と研究熱心だな? まさかまた来るつもりなのか?」
「一応だよ、一応」
今俺達がここにいるのは、俺の知っているゲームの正規サブイベントとは別の理由だ。もしそっちがきちんと発生するなら、また来る可能性は実はある。なら備えておくに超したことはないだろう。
(全員で駆け込んでみるとか……いや、あんまり変なことするのはマズいのか? でも……)
「ほら、シュヤク! 貴様の助けを待つ者が現れたぞ!」
「おっと、そうか」
アリサに指摘されて前を見れば、そこには新たな二本のシリンダー入り娘の姿があった。