確かにスゲーコスパいいな
――ということで重要な説明を終え、ダンジョンに突入してからの戦闘は、有り体に言って順調だった。無論ゲームと違って攻略法がわかっていたとしても、油断は大怪我や死に直結する。
だが俺達はこの歳ではあり得ない修羅場をくぐってきた主人公パーティだ。外観とは違い迷宮状になっているダンジョンを、一階二階と次々突破していく。
ポロローン! ふわぁ……
「くっ、『温かいオーラ』か……っ!」
四階。リュート? 多分そんな名前だったはずの楽器をとある天使が弾き慣らすと、その周囲にオレンジ色の光が広がり、近くにいたアリサが体を揺らがせる。デバフではなく「影響を受けた相手をリラックスさせる」というバフ効果のため、抵抗できないのだ。
そしてその隙を狙うように、性悪なニヤけ面をした天使が矢を放つ。当たると一定時間相手の思い通りに操られてしまう「魅了」の状態異常を与える、チャームアローの攻撃だ。
ビュンッ!
「チッ、クロエ!」
「お任せニャ!」
カキーン!
しかしそれを、クロエが間一髪のところで空中で撃ち落とす。魔法ではなく物理的な矢であるため、武器で防げるのだ。まあ魔法は魔法でマジックシールドみたいな防御魔法を合わせれば簡単に全周防御できちまうから、一長一短ではあるけど。
「助かった、クロエ!」
「いいってことニャ!」
「ほら、和んでねーで、まだ来るぞ!」
「うむ!」
「おうニャ!」
苦笑する俺に、二人がいい声で応える。その後の戦闘は特に問題なく進み、俺達は更に進行していく。
グパァー!
「『闇の吐息』! 全員意識をしっかり持て!」
七階。ぱっと見は耳のでかいゴブリンとサハギンを足して二で割ったような見た目をしたグレーターグレムリンの口から、場を埋め尽くすほどの黒い吐息が溢れ出る。
その霧に包まれた瞬間、俺の脳裏に浮かんできたのは、もはや遙かな過去となったとある女の幻影。
『そのファッション、もう少しどうにかしなさいよ。並んで歩く私の方が恥ずかしいじゃない! お金? 知らないわよ。バイトでもしたら? ああ、勿論デート費用をケチるなんてしたら許さないからね』
『もっと稼ぐの! お金稼ぐことくらいしか取り柄ないでしょ! それだってあの人に比べたら……いえ、何でもないわ』
『フンッ! 貴方程度が特別になろうなんて――
「うる……せぇ!」
気合い一閃、俺は黒い霧を自力で振り払う。慌てて周囲を見回すと、他の奴らも……
「ウギャー! クロのサバ缶が、全部ツナ缶になってしまったニャー!?」
「……対象、クロエ! ロネット、ポーションを! アリサとリナで敵を!」
どうやら一人だけ「悪夢」の抵抗判定に失敗したらしいクロエの側に、俺は慌てて駆け寄っていく。「魅了」と違って暴れたりはしないが、放っておくとどんどん精神が落ち込んでいってしまい、最終的には自殺しようとするからだ。
「すまん、クロエ」
「フニャ? シュヤク、クロはもう駄目ニャ……生きる気力が湧かないニャ……」
「クロエさん、行きます!」
パリーン!
背後から羽交い締めしたクロエに、ロネットのポーションが命中する。するとすぐにクロエの目に光が戻り、プルプルと顔を揺らして立ち直った。
「フニャ! 新たなサバ缶を求めて、クロは走り続けるニャ!」
「よし、いいな。向こうは……」
「アリサ様、合わせて! 『ハイエス・ウォーターボルト』!」
俺が振り向いた先では、リナが放った二重化魔法がグレーターグレムリンに命中していた。弱点属性ではないとはいえ、天使系の魔物と比べると悪魔系の魔物の魔法防御は低い。二重化したリナの魔法はしっかりとダメージを与え、グレーターグレムリンの目がギロリとリナの方を向いた、その瞬間。
「――残月一閃」
音もなくグレーターグレムリンの背後に移動していたアリサの一撃が、その胴体を真横に叩き斬った。その体はすぐにダンジョンの霧となり、それにて戦闘は終了だ。
「ふにゃー……みんな、ごめんニャ」
「気にすんなって。全体攻撃は回避しようがねーしな」
「そうよ。完全無効化アクセでもつけなきゃ、レベルがカンストしててもデバフの無効化率は九五%までだもの。クロちゃんが悪いわけじゃなくて、単に運が悪かっただけよ」
「さっきは私が助けられたのだから、これでおあいこ……いや、そんなことでもないな。回数など問題ではない。互いに助け合ってこその仲間だろう?」
「そうですよ、クロエさん。ほら、気分転換にサバクッキーをどうぞ」
「サバクッキーニャ! うまうま……」
ロネットが取り出したサバクッキーを受け取り、クロエがご機嫌で囓り始める。うちのパーティでは見慣れた光景だが……
「……なあロネット? お前って何でそんなにいつも、サバ関連のおやつを持ち歩いてるんだ?」
「え? だって費用対効果がいいじゃないですか」
「費用対効果?」
思わず首を傾げる俺に、近づいてきたロネットが小声で話しかけてくる。
「はい。その、クロエさんって討魔士としてはとてもムラがあるというか、その時の気分で能力が上下するタイプだと思うんです。勿論やる気が出ないからと手を抜いたりする人ではないですけど、やる気があるときの方がグッと結果が良くなるというか……」
「まあ、そうだな?」
人間誰だって、やる気が漲ってる時と落ち込んでる時なら、そりゃやる気があるときの方がいい結果が出るだろう。そしてクロエがそういうテンションの影響を受けやすいであろうことは大いに納得出来る。
「なら、お菓子一つでいつでもやる気を出してもらえるのは、下手なポーションを一つ持ち歩くより効果が高いと思いませんか?」
「……確かに」
某国民的RPGのように「スーパーハイテンションで能力二倍!」みたいなことはないが、お手軽にモチベをあげられるなら、持ち歩く価値は大いにある。
「色々考えてるなぁ、ロネット。偉い偉い」
「えへへー」
俺が褒めると、ロネットがとろけるような笑みを浮かべる。するとそれを見ていたのか、リナが遠くから大声をあげてきた。
「あー! シュヤクがロネットたんにセクハラしてる!」
「してねーよ! 何をどう見たらそうなるんだよ!」
「うっさいわね! アタシの可愛いロネットたんをそんなトロトロの笑顔にしといて、何もしてないとは言わせないわよ!」
「シュヤクよ、クロエやロネットだけがいい思いをするのは不公平ではないか? ここは私にも何かするべきだと思うが」
「えぇ? 何かって、何を?」
「そうだな……階段のところで子作りとかどうだ? 天使と悪魔の両方に祝福されれば、きっと凄い子供が生まれるぞ」
「飛躍ぅ! 要求が飛躍しすぎぃ! あと悪魔はともかく、天使って言っても魔物だし……魔物でいいんだよな?」
「いいんじゃない? てか、こんだけ倒しといて今更でしょ」
「神にお仕えする本物の使徒様は、人がどうこうできるような存在ではないと言われてます。こちらに襲いかかってくるうえに普通に倒せてしまう程度の存在ですから、魔物で大丈夫ですよ」
「そんな細かいことはどうでもいいではないか! さあシュヤク、私にもご褒美を――」
「さあ、次のフロア行くぞ! 今日中に天辺まで上り詰めちまうからな!」
「ふふふ、そう照れずともよかろうに」
「……………………」
色々なところから飛んでくる視線を強引に無視しつつ、俺達は更に進んで行く。八階を抜け九階を抜け、一〇階を抜け……
「ふぅー……よし、この先が最後。このダンジョンの最上階だ。皆、事前の説明はちゃんと覚えてるか?」
「うむ」
「覚えてるニャ!」
「はい!」
「勿論!」
「なら行くか」
塔の外周に沿うように丸みのある上り階段。その先は全く先の見通せない無明の闇に吸い込まれている。俺達は一段一段しっかりと階段を踏みしめながら、その闇に体を突っ込んでいった。