何で俺はこれの実装を提言しなかったんだ……っ!
ミーア先輩から借りた馬車は、予想を遙かに超えて速かった。というのも幻影の猫は現実の馬と違って食事や休憩を一切必要としなかったし、大まかな方向を指定しておけば勝手に前進してくれる。
しかもそれでいて野良の魔物が襲ってくるなどの異常が発生した際には泣き声をあげて警告してくれるので、昼夜休まず進むことができたからだ。
ということで、俺達はたった三日で「真実の塔」の根元までやってくることができた。普通ならこの倍でもまだ辿り着かないはずなので、まさにミーア様々である。
「よっと……うわ、マジか。もう着いたのかよ」
「お尻が全然痛くない……高級車ってちゃんと凄いのね」
「うぅ、叫びすぎてちょっと喉が痛いニャ」
「お疲れ様です、クロエさん。はい、サバキャンディをどうぞ。あちらの黒猫さん達の分もありますよ」
「やったニャ! おいお前ら、ご褒美の時間ニャ!」
「「ニャー!」」
「ははは、のどかなものだ……しかし本当に楽な旅だった。これは是非とも欲しいな」
アリサがそっと車体を仰ぎ見て呟く。確かに俺もスゲー欲しい。でもこれ、ゲームには出てこなかったから手に入れる手段とかわかんねーんだよなぁ……こんな便利なのに何で出てこなかったんだ?
「なあリナ、なんでこの馬車ってゲームに出てこなかったんだと思う?」
「うん? あー、多分移動日数がちょっと減るだけだからじゃない? 現実のアタシ達は長距離移動に苦労してるけど、ゲームだと数字がちょっと減るだけだし。
そもそもプロエタって、日数制限なんてあってないようなもんだったじゃない。普通にやっても余るし、ちょっとガチ目にやり込んだら、最後の半年なんてひたすら寝て時間を経過させるみたいになっちゃうのよ?」
「あー、そう言われれば……」
三年という期限がある以上、ダンジョンへの移動時間は大きいと思われがちだが、実際には一度行けばショートカットから行けるから「通うのに時間が掛かるけど効率がいいダンジョン」みたいな天秤要素はなかったし、日数経過は行動を制限するというよりは、学生生活をよりリアルに感じさせるためのフレーバー的な存在でしかなかった。
そしてゲームでは、馬車の乗り心地なんて関係ない。現実の俺達が三〇日馬車に揺られたら尻が死ぬが、ゲームならパタパタ数字が切り替わるだけだ。なら劇的に早い乗り物……例えば空を飛ぶ船とか……でもなければ、馬車の種類を増やす理由がなかったのだろう。
チッ、こんなことなら移動する際に馬車のクオリティでパーティの状態が変化するようにして、高価な馬車に乗ったらバフがつく仕様でも提案するんだったな……まあそれはそれとして。
「さて、それじゃ皆。ダンジョンに入る前に、改めて注意事項を確認させてくれ」
俺の呼びかけに、皆の視線が俺に集中する。それを見て軽く頷いてから、俺は軽く後ろを振り向き、「真実の塔」を見上げた。
ダンジョン「真実の塔」……その見た目は、直径一〇メートル。高さ五〇メートルほどの細くて長い塔だ。外観は白い大理石のようなもので、何かそれっぽい感じの模様が刻まれている。
塔の先端部は青白く輝く涙滴状の宝石みたいなものに覆われており、全体像としてつくしのようなものを思い浮かべればほぼ正解だろう。
正直、何でこれがポッキリ折れずに立っているのか甚だ疑問だが、そこはまあダンジョンだしな。あとは……
「なーなーシュヤク、クロは不思議なのニャ。何でこんな目立つダンジョンが、今まで誰にも……ってわけじゃないけど、ほとんど誰にも見つかってなかったのニャ?」
と、そこでクロエが本筋とは関係ない、だが気になる疑問を投げかけてきた。確かに周囲は平坦な荒地であり、大分離れている街道からでもこの塔の存在は確認できそうな気がする。
なのに何故このダンジョンことが知られていないのか? それは――
「クロエさん、それは授業でやったでしょう? ダンジョンのなかには、存在することを自覚していないと、かなり近づくまで見る事ができないものがあるんです。
私達の場合シュヤクさんやリナさんの説明で『この辺にこのダンジョンがある』と確信していましたから遠くからでも見えましたけど、そうじゃなかったら……そうですね、それこそこの何もない荒野で偶然このくらいの距離に近づかなかったら、ダンジョンを見つけることはできなかったと思いますよ」
「フニャー、そう言えばそんなことを教わった気がするニャー……?」
「ハハハ、そういうことだ。見つけたダンジョンの情報は絶対に公開しなきゃいけないってわけじゃねーしな。少数が情報を独占してるダンジョンが、きっと世界に幾つもあるんだろうぜ」
ゲーム的な都合は、この世界だとそうなっているらしい。なので俺やリナであればゲームに出てきたダンジョンなら全部無条件で見つけられる可能性があるが……ゲーム中のダンジョンの表記って、尺度の小さいマップの上にアイコンが乗っかる形だからな。こういう見通しのいい場所ならともかく、入り組んだ地形の場所だと見つけるのは困難……違う違う、また話が逸れてるじゃねーか!
「悪い、話を戻させてくれ。塔の内部構造に関してだが、俺の知る限りでは特に複雑な構造はしてねーし、罠もアロートラップとか落とし穴とか毒ガスとか、致死性は高いけど今までと比べて特別に発見や対処が難しいってものもないはずだ。
出てくる魔物は奇数階がガーゴイルとかグレムリンとかの悪魔系の魔物で、偶数階がプチエンジェルとかキューピットシューターとかの天使系。悪魔系は物理寄りのステータスで聖属性が弱点、天使系は魔法寄りのステータスで、闇属性が弱点になる。
どっちもそれなりに強いんだが、今の俺達なら変に油断しなければ十分に対処できる範囲の強さしかない。注意する点は一部の状態異常攻撃で、キューピット系が使う『魅了』と、グレムリン系の『悪夢』だな。具体的には――」
馬車での移動中にも何度か説明した話だが、皆真剣に俺の言葉を聞いてくれる。学園に入学して半年ちょっとでその辺の一流を大きく超えるような経験を積んできた俺達だが、未熟さが驕りを打ち消し、実績が落ち着きを与えている実に理想的な状態だ。
これが逆だと「半年でテッペンとった俺達なら、どんなダンジョンでもヨユーっしょ!」みたいな見るに堪えない状況になるからな。本当にうちのパーティは恵まれてるぜ。
「――という感じだ。事前のロネットに用意してもらったポーションで対応は可能だが、数には限りがある。クロエはともかく、アリサはいつもより回避に意識を向けてくれ」
「わかった。瞬時に見分けるのは難しそうだが、善処しよう」
「事前に練習してもらうわけにもいかねーからなぁ。とはいえこのダンジョンは普通に外に出られるから、薬が減りすぎたら撤退も視野に入れるし、そこまで神経質にはならなくていい。基本的には安全を重視してくれ。
ロネットもだ。過度に節約を意識しないで、ヤバそうならガンガンポーションを投げちまってくれ。『魅了』や『悪夢』状態のアリサやクロエが暴れたら、そっちの方が大損害になるからな」
「わかりました」
「うし。それじゃこれで基本的な説明は終わったから……」
そこで一旦言葉を切ると俺は改めて振り返り、塔の頂上に視線を向ける。このダンジョンにしかない凶悪な仕掛け。それを突破しないことには、最上階には辿り着けない。
「最後はこのダンジョンの最重要課題。『絆の試練』について説明しよう」