レッツ追跡(捜索)大作戦!
今回と次回はモブリナ視点です。
「ぐぬぬぬぬ、シュヤクの奴、またあんなに姐御とひっついて……ああっ! 耳打ちまで!?」
建物の影からシュヤク達を見張りながら、アタシはそのやりとりに逐一反応して声をあげる。するとそんなアタシの隣で、アリサ様が呆れたように声をかけてきた。
「お前は本当に、よくそこまで反応できるな……あれが演技だということを、忘れたわけじゃないのだろう?」
「勿論! でもそんなの関係ないじゃないですか! あの残念イケメンがいつ姐御に手を出すか……あっ! 姐御の尻尾が、今シュヤクのお尻をシュルンって撫でた!? なんて羨ましい……グギギギギ」
「まったくお前という奴は……」
「というか、アリサ様は気にならないんですか? シュヤクの奴、あんなにデレデレしてるのに?」
極めて受け入れがたい事実ではあるけれど、アリサ様はシュヤクのことをかなり気に入っている。なので逆にそう問うと、アリサ様は一瞬驚きの表情を浮かべてから、すぐに苦笑する。
「私が? ハハハ、当然だ。これはあまり公に言うべきことではないんだろうが、貴族の女子は純潔を尊しとされるのに対し、男子はその逆……大抵の場合、家の手配でああいう感じの女をあてがわれるのだ」
「えっ!? そうなんですか?」
「うむ。表向きは知識や経験を身につけさせるというものだが、実際には裏でこっそり変な女に引っかかるより、そうして遊ばせ……場合によっては痛い目に遇うことまでセットで経験させることで、節度を身につけさせるのだという。
それに女はこっそり子など産めるものではないが、男は際限なくばらまけるだろう? 欲求を暴走させた結果、そこかしこからご落胤が生えてきてはたまらないからな」
「うわー……」
思った以上に生々しい話を聞かされ、アタシはげんなりした声を漏らす。別に皆が皆そうってわけじゃないでしょうけど、家とか血筋なんてのを何百年も維持しようとするなら、そりゃまともな人より節操なしの馬鹿の方に合わせなきゃ駄目だってのはわかるから、きっと仕方ないんだろう。
「ねえロネット、ロネットはどう……? あれ? 何書いてるの?」
とはいえ共感者は欲しい。一般人であるロネットに話を振ってみると、ロネットはジッとシュヤク達の方を見つめ、何やら熱心にメモを取っていた。だがアタシが声をかけた瞬間、ロネットはそっと手帳を閉じて小首を傾げてみせる。
「何ですか、モブリナさん?」
「いや、だからその手帳……」
「大したことは書いてませんよ。ちょっとした行動記録というか……色んなことに値札をつけているだけです。フフフ……」
「……あー、そうなんだ。あはははは」
本能が「これ以上踏み込んではいけない」と告げてきたので、アタシはとりあえず笑って誤魔化しておく。おかしい、ロネットたんにこんなヤンデレっぽい一面なんてなかったはずなんだけど……それもこれも全部シュヤクのせいね。都合の悪いことは全部アイツのせいってことにしておけば安定だから、今回もそうしましょう。
「にしても、本当にこんなことをしていて、件の占い師とやらに出会えるのか?」
「さあ? でも姐御……ミーア先輩が言うには、これが一番可能性が高いって話だったし……」
と、そこでアリサ様が根本的な疑問を口にする。そう、アタシ達が何でこんなことをしているかと言えば、ミーアの姐御が考えた作戦をシュヤク経由で聞き、その協力をしているからだ。
決して本気でストーキングをしているわけじゃない。当たり前だ。シュヤクがこっそり姐御とデートなんてしてたら、ストーキングなんてするまでもなく秒で詰め寄ってぶん殴ってるもの!
「男性に片思いしている女生徒が一番遭遇しやすい、ですか……確かにその条件なら、私達が適任でしょうけど」
「クロエが留守番なのが痛いな。あいつがいればこちらから探すこともできそうなんだが」
「アタシとしては、アタシ以外がこの場にいることの方が大問題よ? アリサ様は仕方ないにしても、まさかロネットまであの残念イケメンに引っかかるなんて……
あ、ちなみにというか言うまでもないことだろうけど、アタシは別にシュヤクのことは好きでもなんでもないわよ? 今アタシがこの場にいるのは、ミーア先輩を見たいからだから!」
「ふふふ、そういうことにしておきますね」
「むぅ、本当なのに……」
生暖かい笑顔を向けてくるロネットたんに、アタシは思わずむくれてしまう。シュヤクに対する恋愛感情なんて本当にこれっぽっちもないのだけれど、どれだけ力説したところできっと理解してもらえない。
それに、人間としてとか仲間として、友人としてなら、シュヤクは間違いなく大事な相手だ。アイツがハーレムなんて不埒なことを望まない限り、普通に幸せになって欲しいし、アタシにできることは協力するくらいの恩は感じてるから……
まあ、うん。はい、この話終わり! 今はあんな奴のことより、女帝ミーアがどうやって男を手玉にとるのか、その実演を眺めることの方が億倍重要なのよ!
「腕を搦めてさりげなく……いえ、結構露骨に肘を胸に押しつけてるわね。太もももスリスリ擦れてるし……うぅ、アタシもその柔らかさを堪能したい……」
「あの反応、なるほどシュヤクさんはああいうのが好きなんでしょうか? それはそれとして、これで六五〇〇〇……ふふ、次の商談は楽しくなりそうですね」
「はぁ……これは私がしっかりせねばな」
何故か横でアリサ様がため息を吐いていたけれど、そんなことはお構いなしにシュヤクとミーアの姐御とのデートは続いていく。
「シュヤクちゃん、ほっぺにクリームがついてるニャ?」
「ひゃっ!? ちょ、いきなり舐めないでくださいよ!? あと思いっきり指でなすりつけてましたよね!? 耳元に口でもなかったら、そんな位置にクリームはつかないですから!」
「なら、もっと唇のきわどいところをペロリとした方がよかったニャ? あ、お返しはウチのクリームまみれの指をペロペロチューチューしてくれたらいいニャ」
「セクハラぁ! 絶対やらないですからね!?」
「つれないニャア、シュヤクちゃんは。ならせめてハンカチで綺麗に拭いて欲しいニャ」
「むぅ、まあそのくらいなら……じゃあほら、手を出してください」
「優しくニャ。ああ、シュヤクちゃんの指先が、ウチの繊細なところをスリスリしてくるニャ……あっ、んっ…………」
「……あの、本当に勘弁してもらえないですかね? ここ王都の町中なんですけど?」
「なら続きはウチの部屋でするニャ?」
「大口開けてる魔物の腹に突入する趣味はないんで、遠慮しときます」
「むぅ、シュヤクちゃんはイケズニャ」
「ぐぁぁぁぁ……アタシに、アタシに力があったら、今すぐシュヤクを粉砕、玉砕、大喝采して成り代わるのに……っ!」
「やはりシュヤクさんは、露骨なお誘いは駄目みたいですね。それはそれとして、そろそろ二〇万……フフフフフ……」
「……なんだか頭が痛くなってきた。私は何をやっているんだろうか? それにそろそろ腹も減ってきたな」
「そう言えば、そろそろお昼ですね。アタシもお腹減ってきたかも」
「あっ、お二人がお店に入りましたよ! 私達も一緒に入って、ついでなので食事を済ませて――」
「キーッヒッヒッヒ! 随分と熱心な子達だねぇ」
「「「っ!?」」」
突如として聞こえた、アニメでしか聞かないような笑い声。アタシ達が慌てて振り返ると……
「どうだいお嬢さん方。このオババの占いはいらんかね?」
いつの間にか存在していた、何処に通じているのかわからない小道。先の見えない暗いくぼみでは、紫色のフードを深く被った老婆が、手前の台に置かれた水晶玉を撫でながら薄気味悪い笑顔を浮かべていた。