また随分と厄介なことになってんなぁ
学園祭の余火も消え去り、落ち着きを取り戻した一一月。俺はいつも通りにダンジョン攻略を……しておらず、その日は町を練り歩いていた。というのも、学園祭にて多大な借りを作ったミーア・キャトラリアに頼み事をされたからだ。
「様子がおかしい……ですか?」
「そうだニャー。最近王都のなかに、神出鬼没の占い師が出るんだニャー。で、そいつに占ってもらったウチの子達の様子が、どうもおかしいんだニャ-」
ミーアに呼び出された、上流マナー研究会の部室。指定通り俺一人でやってくると、テーブルを挟んで正面に座ったミーアが紅茶の入ったティーカップを置いてそう口にする。
「占い師……」
「何か心当たりがあるのかニャ?」
「……いや、ないですね」
占い師という言葉に、俺の脳内でイベントがひとつ浮かび上がった。だがそれと今回の占い師の一件が繋がることはあり得ない。何故ならその占い師は、ミーアがとある事情で情報収集するために手配した子であるためだ。
(あのイベントが発生するのは来年だし、そもそもミーアが主体のイベントなのに、ミーアが知らないってのはあり得ないよな? 占い師役だった女の子が、こっそり練習というか営業してる……流石に厳しいだろ。
それとも、俺を試してる? 何の為に――)
「シュヤクちゃん? 話を聞いてるニャ?」
「あ、すみません! 大丈夫です、聞いてます」
咎めるようなミーアの声に、考え込みそうになっていた思考を引き戻す。いかんな、半端にゲームの知識があるせいで目の前のことを蔑ろにしたら本末転倒だ、気をつけねば。
「それで、様子がおかしいってのは、具体的にはどういう状態なんですか?」
「カップルが増えたニャ」
「…………? えーっと?」
「だから、これまで片思いだった子達が、急に意中の相手を落としてカップルになったニャ。で、詳しく話を聞いてみると、占い師が相手の男の子のことを色々教えてくれたから、それを参考に行動したら上手くいったって話なのニャ」
「……それの何が問題なんです?」
話を聞いても、スゲー有能な占い師がいるということしかわからない。顔をしかめて問う俺に、ミーアもまた表情を険しくする。
「大ありニャ。味を占めたその子達は、また占って欲しくて町に繰り出しては占い師を探してるニャ。で、運良く出会えた子は更なる情報をもらうわけだけど、それを繰り返すことで格差が生まれてるニャ」
「格差? 占ってもらった回数とかですか?」
「そうじゃないニャ。情報格差ニャ。占い師はどういうわけか、どんな相手の個人情報でも詳細に調べられるみたいなのニャ。それは嫌いな相手の弱みだったり、親友の隠し事だったり、何なら教師が作ってるテストの問題すら当てられるみたいニャ。
でも一度につき絶対に一人の情報しか教えないらしいニャ。つまり占い師に会った回数が多いほど、沢山の人の情報……秘密を知っていることになって、立場が上になるニャ。何せ占ってもらった回数が多くなれば、それだけ自分の秘密を握られている可能性が高くなるわけだからニャ」
「なるほど、そりゃ確かに問題だな……」
占い師に出会い、意中の相手とカップルになったというなら、十中八九その時聞いたのは相手の男のことだろう。もし次に会ったなら、聞くのはライバルになりそうな他の女子とか、あるいは気に入らない相手とか……要は普段から強く意識している相手の可能性が高い。
だが三回四回と会えるなら、徐々に優先順位の低い人物の秘密を「せっかくだから」と聞くことになる。そうなると誰の秘密を聞いたかがわからなくなり、「誰か」が「自分」であることを否定できなくなっていくわけだ。
そりゃ疑心暗鬼になるし、下手な態度は取れなくなるだろう。誰にだってバラされたくない秘密の一つは二つあるだろうけど、相手がそれを知っているかどうかは、バラされてみるまでわからねーわけだからな。
「全員揃って占い師を無視すりゃそれで解決だけど、まあ無理だよな。絶対抜け駆けする奴が出て一人勝ちになるし、そう思うからこそ自分が少しでも優位に立つためには、必死になって占い師を探すしかねーんだから」
「そうだニャー。走り続けなければ置いて行かれる状況で自分だけ立ち止まれるのは、余程の策士か馬鹿だけニャ。それにこれにはもう一つ厄介なところもあるニャ」
「もう一つ……あー、情報操作か?」
すぐに思い至った俺に、ミーアがニヤリと笑って頷く。
「やっぱりシュヤクちゃんは聡いニャー。その通りだニャ。占い師のもたらす情報は、確認出来る範囲では全部正しかったニャ。するとそれを聞いた人間は、確認できない情報も正しいと思い込むニャ。
たとえばウチがシュヤクちゃんに脅されて、いいように利用されてる……とかニャ」
「は!? え、待ってくれ、何でそんなことに!?」
「そんなに驚くことじゃないニャ? 初対面の一年生にいきなりあれだけ協力したら、そりゃ何かあったと勘ぐられるニャ。それに全部が嘘ってわけでもないニャ。確かにシュヤクちゃんはウチの秘密を握ってるわけだからニャー?」
「うぐっ!? いや、でも俺は脅すつもりなんて――」
言葉に詰まる俺に、ミーアが楽しげに笑いながらティーカップの中身を一口飲む。
「勿論、シュヤクちゃんはそんなことしてないし、しないニャ。でもシュヤクちゃんを知らない子達がそれを信じるかと言ったら、まず無理ニャ。
そしてそれを証明するのはとても難しいニャ。やった証拠なら出せても、やってない証拠なんて存在しないから出せないしニャ。それじゃ誰も納得しないニャ。ウチが本当に女帝なんだったら違うだろうけどニャ。フフフ……」
「むぅ…………」
悪戯っぽく笑いながら言うミーアに、俺はしょっぱい顔で唸って答える。
本物の皇帝には、白いものを黒くする権力がある。逆らえば政治力や武力で相手をねじ伏せることができるので、余程の覚悟がなければ皇帝が黒と言ったものに「いいや、白だ!」と反論したりはしないだろう。
あるいは王族や貴族、グッとランクを落として生徒会長とかでも、「発言に責任があり、嘘を言うことそのものがペナルティになる」立場なら、それを逆手にとって広く明言することで説得力を持たせることもできる。
が、女帝と呼ばれていても実際にはただの女子生徒であるミーアの言葉には、影響力はあっても責任がない。ミーアが違うと言っても「それも言わされてるんですよね、わかります」と相手が勝手に納得してしまったら、その意志をねじ伏せて訂正するほどの力はないのだ。
「このままいくと、占い師の語る言葉が全部真実になってしまうニャ。その結果どうなるかは今はわからニャいけど、自分で考えることを放棄し、他人が与えてくれた餌を食って生きていくなんて、ろくな大人にならないのは確定ニャ。
かといって占い師そのものをどうにかするのも難しいニャ。学園内ならともかく王都の占い師なんてウチ達にどうこうする権限はないし、何より『占い師として普通に仕事をしているだけ』と言われたら、それこそ反論の余地がないニャ」
「そう、だな……わかった、いや、わかりました。でもそれを俺にどうしろと? その手の相談なら生徒会とか、それとも先生方に言うのがいいのでは?」
ミーアが悩んでいるということはわかったが、俺に求められている役目がわからない。俺が主人公であることを知らないミーアからすれば、俺は単なる「ちょっと強い一年生」でしかないのだから、できることなどたかが知れている。
それなら生徒会なり教師なりに訴え、正式に問題として取り上げてもらった方がいい。そう問う俺に、ミーアが真面目な顔で言葉を続ける。
「いい子ちゃんの生徒会や教師から頭ごなしに『占い師に関わるな』なんて言われて、それで納得するような子はそもそも問題を起こしたりしないニャ。むしろそれに反発する子がより地下に潜って占い師を探そうとするから、下手に大事にすると問題が悪化しちゃうニャ。
だからまずはウチが占い師を見つけ出して、その正体を暴く必要があるニャ。そしてシュヤクちゃんには、その手伝いをして欲しいのニャ。今回ばっかりはウチの子達には頼めないからニャア」
「あー、そういう! わかりました、俺でよければ手伝いますよ」
そりゃ今の状況で被害者候補を増やすわけにはいかねーよな。その点俺なら占いなんかに惑わされねーし、腕っ節もそれなりだから多少の荒事があったとしても自力で解決できる。まさにうってつけの人材と言えるだろう。
ふむ、ゲームのイベントっぽいのにイベントではないというなかなかの胡散臭さだが、この前の借りを返すには丁度いい機会でもあるな。ということで俺が二つ返事で引き受けると、ミーアが嬉しそうな笑顔になって、カップの中身をクイッと飲み干す。
「フッフッフ、シュヤクちゃんならそう言ってくれると思ったニャ。なら明日から宜しく頼むニャー」
そう言われ、翌日である今日、俺はミーアと共に町に出たわけだが……
「あの、先輩?」
「何ニャ、ダーリン?」
「てっきり手分けをするのかと思ったんですけど、何で一緒に歩いてるんですか? あと腕とか、その呼び方とか……」
「ニャハハ! それは勿論、この方がウチが楽しいからニャ! それに本命の方は、ちゃんと着いてきてくれてるみたいだしニャ」
「それは……」
楽しげに腕を絡ませるミーアが、俺の耳に唇を寄せて囁くように言う。すると背後から感じるプレッシャーが一層強くなり……はぁ。ま、これも自ら蒔いた種……いや違うか? まあとにかく世話になったんだし、このくらいの茶番になら付き合いますかね。