やり遂げるってのはいいもんだな
「さあ皆、これが最後のお客様だ。盛大にお見送りして差し上げろ!」
「「「行ってらっしゃいませ、ご主人様!」」」
「うぉぉぉぉ! 拙者必ず、また来年も来でござる! 今から貯金をするでござるぞ!」
「ですな。とは言えまずは、年内を水と塩で乗り切るところから始めねば……」
あっという間に時が過ぎ、訪れた学園祭三日目。毎日通ってくれた常連のお客さんを見送ると、俺達は周囲からの拍手や歓声を浴びながら店内へと戻っていった。すると今度は共に戦った戦友達が俺を注目してくるので、俺はゴホンと咳払いをしてから徐に声をあげる。
「あー、ということで、これにて『猫耳水着メイドカフェ』は終了だ! 皆、お疲れ様でした!」
「テンチョーもお疲れ様ニャ」
「あー、楽しかったニャ! これなら来年もやってもいいニャ」
「でもここまで忙しいと、正直バイト代が欲しいニャ」
メイドという役目を終えた猫獣人の女の子達が、素の口調に戻ってそんなことを語り合う。そうしてしばらく経つと、皆が改めて俺に声をかけてきた。
「それじゃテンチョー、またニャー!」
「おう、ありがとな! 後でまた顔出すけど、ミーナ先輩にもよろしく言っといてくれ」
「わかったニャー」
俺の言伝に、メイドさん達が笑顔で頷き手を振って去っていく。俺の学園祭知識……出所は漫画やゲームだが……だとこの後皆で打ち上げとかあるんだろうが、そういうのはセッティングしていない。
だってあれ、強制参加だと部屋の隅でつまんなそうな顔をする奴とかが絶対出るし、任意参加にすると「空気読んで参加しろ・参加するな」って自分勝手な要望を押しつける奴が出てくるからな。
スーパーブラック企業勤めの俺は、そういうパワハラまがいの歓迎会など何度も経験している。なのでそういうのはやりたい奴が自主的に集まってやればいいから、こっちからはノータッチにすることにしたのだ。
うむうむ、我ながらいい判断だ。楽しみとは押しつけるものではなく、自ら手を伸ばすものなのだ。
「お疲れ様だな、シュヤク」
「ガスター先輩。どうも、お疲れ様でした」
と、そうして女の子達が帰っていくなか、ゲーム時代は名無しだったがリアルなら当然名前のある料理部の部長、ガスター先輩が厨房から出てきて声をかけてきた。俺が頭を下げると、先輩はニカッと輝くような笑顔で言う。
「ああ、疲れた! だが実にいい疲れだ。まさかこれほど客が来るとはな」
「すみません。ちょっと俺が読み違えたというか、こっちでもここまでの来客があるとは思ってなくて、先輩達にもご迷惑をおかけしました」
「ははは、気にするな。こちらも得難い経験ができたしな。これほど多数の客を相手にリアルタイムで料理を提供し続けるなど、よほどの繁盛店でもなければあり得ない。
だが流石にそんな場所で学生に全てを任せてくれたりはしないからな。今回のこれは本当に貴重な経験だったのだ。部員達も大きく成長することができて、こちらこそ感謝したい。ありがとう」
「そういっていただけると助かります」
「来年もやるのであれば、是非また声をかけてくれ。今度は最初から喜んで協力させてもらおう。では、またな!」
「あ、はい。またです」
俺の手を掴んでガッチリ握手すると、ガスター先輩が部屋から去っていった。それに続いて料理部の人達も去っていき、がらんとした室内に最後に残ったのは、俺とリナの二人だけ。
「……終わったな」
「そうね。アタシ的にはもっとこう、変な奴に因縁をつけられて売り上げ勝負になるとか、謎の組織に店の子を誘拐されるとか、そういう如何にもなイベントがあるかもって思ってたんだけど」
「おいおい、それは流石に……いや、ありそうではあるけどさ」
ゲーム内には学園祭でメイドカフェをやるなんてイベントはねーが、もしあったとしたらそういう横槍が入り、キャライベントなんかが連動して一騒動に繋がる流れは十分に考えられる。
だが実際に起きたのは、日本の飲食店でもあるようなちょっとした客とのトラブルくらいだった。この世界にはSNSはないので、初日のように軽い暴力で追い払っても炎上することもないし、こっちに正当性があればむしろ賞賛すらされるくらいなので、その手の客の対処は簡単で、問題って言うほどのものじゃなかったしな。
「問題か……強いて言うなら、忙しすぎて俺達は全然学園祭を見て回れなかったこととか?」
「そうよ! アタシすっごく楽しみにしてたのに、誰とも回れなかった!」
「そりゃ残念だったな。てか、別に休憩ってことで抜けたってよかったんだぜ? アリサ達なら誘えば会えただろ?」
俺とリナはこの店にかかりきりだったが、アリサやクロエ、オーレリアにセルフィなどのヒロイン達は特にそういうこともない。なのに何故そうしなかったのかと問う俺に、リナが声を大にして己の主張を口にする。
「それこそ嫌よ! だってこれって、今まで誰も経験したことのない新規イベントなのよ!? それを選ばない理由なんてないじゃない!」
「あー、そういう観点なら、まあなぁ」
ゲームでは、主人公は毎日一人のヒロインを選び、一緒に学園祭を回ることができる。行き先は三つなので三日間全て同じヒロインを選べばイベントコンプとなり更に特別な一枚絵が表示されたりもするが、逆に言えば学園内を自由に歩き回るようなタイプではなく、完全に見てるだけのイベントである。
まあでもゲームのイベントなんてそんなもんだし、サブヒロインまで含めると結構なパターンがあるわけだが、当然そのなかに「水着メイドカフェ」など存在しない。リナのようなやり込み勢からすれば、今まで見たこともない新規イベントがあったら、他の何を差し置いてもそれを選ぶというのは当然なんだろう。
「……それに、これはゲームに用意されたものじゃなく、アタシが自分で望んで、皆で頑張って作ったイベントじゃない。それを放り出して他に行くなんて、そんな勿体ないことできないわよ! アンタだってそうだったんじゃない?」
「…………まあ、な」
ニヤリと笑うリナに、俺は思わず苦笑する。確かに死ぬほど忙しかったが、それを乗り越えた今、俺の胸にはかつてデスマーチを乗り切った時のような、心地よい達成感がある。
窓から差し込む夕日が照らす、余人のいない室内。明確な「終わり」を示すその光景に、言葉にできない愛おしさすら感じられる。
「……楽しかったな」
「ええ、すっごく」
それ以上の言葉などいらない。たったそれだけのやりとりに、かつて俺が憧れた青春の全てが詰まっている気がする。
「なあ、リナ」
「何?」
「また来年もやるか?」
「やらいでか! 次はもっと大規模にして、服のバリエーションも増やして……あと個人的には犬耳ちゃんも気になってるのよね。でも猫獣人と犬獣人ってあんまり仲良くないみたいだから、その辺をどうするか……」
「おいおい、あんまり欲張るなよ?」
「欲張るわよ! 人生で三回……つまりあと二回しかないのよ! 毎回最大限まで欲張らなくてどうするのよ!」
「ハッ、お前らしいな」
拳を握って力説するリナに、俺は再び苦笑を浮かべる。きっと来年の俺は、今年よりずっと苦労するんだろう。だが来年の俺は、きっと今よりずっと満足していると確信できる。
(こりゃ今から根回しの手段を考えとかねーとな。まったく、店長業務も楽じゃねーぜ)
「それよりシュヤク、打ち上げやりましょ打ち上げ! やっぱ打ち上げやらないと終わったって感じが出ないじゃない!」
「打ち上げ? いいけど……何すんだ?」
「そりゃ勿論お酒……は駄目だから、ラーメンとかどう?」
「ラーメン!? え、ラーメンあるのか!?」
「フッフッフ、実は学園祭のイベント絵の隅っこに、それっぽい出店があるのよ。本当にラーメンかはわかんないし、そもそも今から行って間に合うのかもわかんないけど……でもラーメンよ?」
「行ってみる価値はありそうだな。なら行くか!」
「おー!」
部屋の片付けは明日の自分に任せ、俺達は部屋を出て行く。こうして俺達は最後の最後まで学園祭を楽しみ抜くのだった。
「あれ? そういえばモブローってもう帰ってたか?」
「知らない。帰ったんじゃない?」
「やっと皿洗いが終わったッス! さあ、後は女の子達と打ち上げを……って、誰もいないッス!? ギブミー猫耳! カモン水着メイド! 自分の学園祭はまだ終わってないッスよー!」