初日なのに色々ありすぎだろ
「どうやら僕が出るまでもなかったようだな」
「おっと、失礼致しました。お目汚しをご容赦ください、大旦那様」
「お前までその呼び方はやめろ! これ以上もてなされるのは敵わん……うっぷ」
騒ぎが収まったのを見て声を掛けてきたジュリオが、そういって口元を押さえる。どうやらデザートの「むちむちぷりりんジャンボパフェ」まで完食したようだ。バケツプリンとまでは言わねーけど、あれも結構量あったからなぁ……
「まったく、何であの量を食べきらねばならんのだ。普通余った分は持ち帰りとかにするだろう!?」
「ははは、すみません。持ち帰りにしちゃうと料理の品質というか、安全が保証できなくなっちゃうんで……それにこの店はあくまで『店内で楽しむ』のがコンセプトなんで、たとえ料理であっても外に出したくはなかったんですよ」
「そうか……まあ確かに、この店の雰囲気を外まで引きずられては、困る者もいるだろうからな」
苦笑いを浮かべた俺に、ジュリオもそういって頷いてくれる。メイドさんとの夢のサービスはあくまでここだけ。店の外でまで「旦那様と呼べ」なんて要求されたら単なる迷惑じゃすまなくなるので、その線引きはしっかりしないといけない。生徒会長であるジュリオなら、その辺は俺よりよくわかっていることだろう。
「それで先輩。当店のサービスは如何でしたか?」
「む? それは……まあ、うん。大分刺激的ではあったが…………如何わしい、とまでは言えないだろうな」
俺の問いかけに、クイッと眼鏡をの位置を直したジュリオが言葉を濁す。俺の視点では十分に楽しんでもらえたと思うんだが、それを素直に認めるのはやはり性格的に難しいんだろう。
だがだからといって、ありもしない欠点をでっちあげて否定したりもしない。堅くて実直なジュリオからすれば、これが最大限の賛辞なんだろうな。
「ははは、そりゃよかった。そういうことなら明日と明後日もVIP席を予約なさいますか? 次は有料ですけどね」
「しない! しないが……ちなみに幾らくらいだ?」
「そうですね、今日と同じフルサービスなら、最低でも一〇万エターくらいはいただくことになるかと」
「じゅっ!? それは流石に高すぎるというか、学園祭の催しの値段設定ではないのではないか?」
「いやいや、出してる料理はどれも一級品ですし、そもそもオムライスの材料にしてる金の卵なんて、普通に一つで三万エターくらいしますからね?」
金の卵はレアドロップなので、普通に高い。この店ではリナがレベリングのついでに集めたものを使っているからこの価格で出せているが、誰かが拾ったものを改めて買い取って使っていたら、一つ売れるごとに結構な赤字が出ていたことだろう。
ましてや物は食材だからな。欲しいからってすぐに大量に手に入るものでもないので、一気に数を集めようとなれば、どうしたって割高になるのだ。
ちなみに、学園祭の他の出店の商品は、焼きそばが一つ三〇〇エターとかだ。まあこの店だって普通にドリンクと料理を頼むくらいなら一五〇〇とか二〇〇〇エターで十分なわけだが、それでも桁が一つ違う。
だからこそここまで人が来るのは想定外だったんだが……
「それに外部からの一般のお客様はともかく、この学園の生徒なら、ダンジョンに潜ればそのくらい簡単に稼げるでしょ。
うちの子達は全員この学園の生徒ですから、そういう稼げる討魔士なわけです。そんな子が四人もサービスしてくれるんですから、むしろ一〇万エターは安いと思いますよ」
「む、むぅ。そう言われろと……何だか自分の金銭感覚がおかしくなりそうだ」
頭を抱えるジュリオに、俺も内心ではちょっと同意する。今の俺達が本気でやれば日に何十万エターと稼げたりするが、同時に能力に見合った装備品を揃えようとすると一つで何百万エターとか吹っ飛んでいくし、装備のメンテや消耗品なんかでも数万程度はかかってくる。
だがそれだけ出入金が大きくても、二五〇〇エターのステーキセットを頼むのはちょっとだけ勇気がいる。根本に根付いた金銭感覚ってのは早々変わるものじゃないのだ。
「はぁ……まあいい。それじゃ僕はそろそろ帰らせてもらうよ。他の出し物も査察しないといけないからね」
「次回の予約はどうします?」
「するか! イレーナ君、君もそろそろ……イレーナ君!?」
「どう? 似合うかなー?」
「ふぉぁぁぁぁぁぁぁ!!!イレーナお姉ちゃんの猫耳! こんなの最高すぎるわ!」
「お宝ッス! スクショ! スクショボタンは何処ッスか!」
ジュリオに釣られて視線を向けると、そこには猫耳カチューシャを頭に乗せるイレーナの姿があった。リナの頭から猫耳が消えていたので、おそらく貸したのだろう。
なおつけ尻尾もあるのだが、そっちは水着と一体化しているので流石に貸せなかったようだ。予備の水着はあるけど、下を全部脱がなきゃ着られねーだろうしな。
「イレーナ君! 一体何をしているんだ!?」
「あー、ジュリオ君! どう? 私可愛い?」
「か、可愛いとかそういうことではなくてだな!」
「……じゃあ、可愛くない? ほら、にゃーん!」
「ぐっ……わかった、可愛いからやめてくれ」
「わーい! ふふ、にゃーん!」
「可愛い! 最高に可愛いわよ、イレーナお姉ちゃん!」
「一生物ッス! これであと一〇年は戦えるッス!」
「……………………」
はしゃぐイレーナと囃し立てるリナとモブロー。だが俺だけは内心でちょっと引いていたりする。ゲームのキャラとしてなら何も感じなかったというか、普通に可愛いと思うんだが……駄目だな、現実の女として見ると、俺の中の苦い記憶がどうしても引っかかって受け入れられない。
いやまあ、完全に俺の被害妄想だから、イレーナに悪いところなんて何もないんだが。
「ほら、もう出るぞ! まだ回らなければならない場所が沢山あるんだ!」
「わかったよー! それじゃ皆、またねー!」
「大旦那様とお嬢様がお出かけだ! 皆、挨拶の準備!」
そんな二人が帰るというので、俺は再び店内のメイド達に声をかける。そうして総出で「行ってらっしゃいませニャー!」とお見送りすれば、生徒会の査察は終了だ。
「ふーっ。よし、ひとまず山は越えたけど、まだ初日の営業は半分残ってるし、二日目と三日目もある。皆、引き続き頑張ってくれ」
「「「ニャー!」」」
俺が声をかけると、皆がやる気一杯の声で応えてくれた。モチベはバッチリ、客の入りもいい。生徒会からのお墨付きも出たとなれば、あとは普通に誠実に商売を続けるだけだ。後は何事もなければいいんだが……
「学生のくせに如何わしい商売をしているというのは、ここかー!」
「テンチョー! 今度は先生が来たニャ!」
「何!? クソッ、教師となるとこっちも最後の切り札を切るしかねーか……リナ、準備は?」
「バッチリよ! 超特大のサプライズ、いけるわ!」
「なら最終兵器、ヴァネッサにゃんを投入だ!」
「了解! さあ先生、お願いします!」
「あの、本当にこんな格好で人前に出ないといけないんですか!?」
「何よ、相談したら協力してくれるって言ったじゃないですか!」
「そうですけど! でも先生はもっとこう、申請書類の書き方とか他クラス、他学年の子と一緒に仕事をするときの問題とかを相談されると思ったんです! こんな、こんな格好……私もう二六歳なのに……」
「若い若い! 二六歳とかピチピチのJKとそんなに変わんないですよ! ほらほら、お客様が待ってますから!」
「じぇいけー? ちょっ、モブリナさん!? 押さないで――」
「おい、何とか言ったら……ぬぁぁ、ヴァネッサ先生!? 何ですかその格好は!? 胸も尻もこぼれ落ちそうではないですか!」
「レイモンド先生!? ちが、違うんですよ! これには訳が……」
「はーい、先生の旦那様! 旦那様は当店自慢の新人猫メイド、ヴァネッサにゃんがご案内します! ほら、ヴァネッサにゃん、ご挨拶!」
「え!? えっと……お帰りなさいませ、旦那様?」
「ぐはっ!?」
「キャーッ!? レイモンド先生、大丈夫ですか!?」
「うわ、先生が鼻血を吹いてぶっ倒れたニャ」
「ヴァネッサにゃんのダイナマイトボディで一撃ノックアウトニャ! 凄いニャ!」
「先生! 起きて下さい、先生!」
「乳、尻、ふともも……そうか、ここが楽園か……」
「もーっ! ふざけないでください! ほら、保健室に行きますよ!」
ぶっ倒れたレイモンド先生を、ヴァネッサ先生が肩に担いで部屋を出て行く。流石は対教師用決戦兵器、ヴァネッサにゃん。一度しか使えないが効果は抜群だな。
てか、あの格好のままで学園祭の人混みの中を歩いてもいいんだろうか……? まあいいか、宣伝になるしな。
「さあ、これでまたお客が増えるぞ! 皆、気合いを入れまくれ!」
「「「ニャー!」」」
既に色々あった気がするが、今日はまだ初日。俺達の学園祭は始まったばかりなのだ。